【ヤンキーメイドとオタク委員長】★
秘密の一つや二つ、誰だって持ってる。けれど、それを
金色に染めた長髪を、後ろで束ねて、私は腕まくりをした。
目の前に居る、筋肉隆々の体つきをして、学ランを着た男が、私のその動きを見て目を細めた。
「女を殴る趣味はないんだが、まあウチの高校の連中が、何人もお前にシメられてるんでな。悪く思うなよ」
「ウダウダ言ってないでかかってきな。久しぶりに学校に来たから、学食で天ぷら蕎麦が食いたいんだ。時間がないんだよ」
私は
女だてらに、周囲の高校の不良どもを相手に百戦錬磨。負け知らず。
今日は、この地区でも『最強』の呼び声の高い男との一戦。絶対に負けねえ。
男は、口に
よし、
私も男と同じ様に、拳を握った。
「いくぞ」
「おう」
男が一気に距離を詰めてきて……
「先生!こっちです!高木さんが、また他校の生徒と揉めてます!」
急に聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。ちっ……と舌打ちをして、男は拳を解いて、走って道路を渡って立ち去って行った。
それを見て、私は声のした方を向いた。
「委員長!てめえ、お節介なんだよ!」
物陰から、長髪で中肉中背の男が出てきた。クラスの委員長、
「高木、久しぶりに学校に来たんだから、ちゃんと授業に出ろよ。進級出来なくなるぞ?」
「うるせえな、お節介。なんで、そんなに私に構うんだよ」
「俺だって、高木みたいな面倒な女の世話なんてしたくないよ。けど、お前の友人とか、先生とかから、頼まれてるんだよ。お前って意外と皆から好かれてるんだぜ?自覚しろ」
「はいはい」
「とりあえず、学校に戻ろう」
「そうだな。学食の天ぷら蕎麦、まだ残ってるかな?人気あるから、
「ウチの天ぷら蕎麦、確かに美味いよなあ」
「お?委員長、分かってるじゃん」
「偉そうにするな。戻るぞ」
委員長は、
私は素直に従って、委員長の前を歩いた。
「今日は、ありがとな。正直、助かった」
「いいよ。高木だって女の子なんだし、男が守るもんだろ」
振り返って、ぶっきらぼうに委員長に感謝すると、委員長は笑いながら返答した。
へえ、こいつ笑うと可愛い顔するじゃん。
私は、少しむず
秘密の一つや二つ、誰だって持ってる。けれど、それを
学校に着いて、高木と一緒に学食に向かった。昼休みは、残り20分強。二人して食券の販売機の前に立った。
「お?天ぷら蕎麦、残ってるじゃん。ラッキー!」
「良かったな」
「いえーい!ん?あれ?」
高木は、ポケットから小銭入れを取り出して、中身を見ながら言った。
「委員長……金貸してくれない?」
「は?」
「金……15円しかない……」
「お前は小学生かよ。仕方ねえな」
俺は誕生日に友人から貰った、緑色の長財布から千円札を1枚出して、高木に渡した。
「委員長、金持ちだね!」
「奢りじゃないぞ?貸すだけだからな?」
「けち!」
「『借りるときのえびす顔、返すときのえんま顔』って知ってるか?借りる時くらい、ニッコリ笑っておいた方がいいぞ」
ちぇっ……と軽く舌打ちをしながら、高木は、俺から受け取った千円札を食券の販売機に入れて、天ぷら蕎麦のボタンを連打した。
「委員長も天ぷら蕎麦?」
「おう!俺も大好物だ」
「わかった」
食券が1枚、販売機から吐き出されたのを見て、高木は、もう一度ボタンを押した。
「あれ?あ、ごめん、委員長」
「どうした?」
「今ので売り切れ。別の頼んで」
「はあ!?じゃあ、お前が別のを頼めよ」
「嫌だよ!」
「元々は俺の金だろ!」
「今は私のだよ!」
「お前はジャイ○ンか!」
漫才の様な口喧嘩をしながら、分かったよ、と言って、俺は親子丼にする事にした。こいつ、天ぷら蕎麦が食いたくて、学校に戻ってきてくれた様なもんだしな。
2人してカウンターに並んで、お目当ての食事をトレイに乗せて、席に着いた。
高木は、テーブルに置かれた七味の蓋を開けて、天ぷら蕎麦に浮いている、えび天の上に少しだけ七味を振った。
「委員長、さっさと食おうぜ」
「そうだな、腹減ったしな」
示し合わせたかのように、同時に手を合わせて、いただきます、と言って割り箸を割った。高木は、餓狼の如く、えび天に
「
「『
「うるせえよ、委員長、そう言うの、性差別だぞ」
時間がそんなにないので、俺も丼を左手で持ち上げて、親子丼をかき込んだ。美味しい。出汁が効いていて、卵もプリプリしてる。
「なあ、高木。午後からの授業、ちゃんと受けろよ」
食べ終わって、コップに入った水を飲みながら、俺は高木に言った。
「分かってるよ。私だって留年したい訳じゃないんだ」
「なあ、高木。なんで、学校に来ないんだ?お前、友達も多いし、成績だって悪い方じゃないだろ?」
「うるせえな、色々あんだよ」
「色々って?」
「色々は色々だよ」
口元を左手で隠して、爪楊枝を使いながら、高木は言った。
「そうか……言えないなら仕方ない。けど、進級出来るくらいには、学校に来いよ?」
「分かってるよ」
高木は立ち上がって、明日には、ちゃんと金返すわ、と言いながら教室へ向かった。
俺は高木が学校に来れない理由を推測しながら、コップの水を飲み干した。
授業が終わって、私は急いで下校した。今日は、例のバイトの日だ。職場には充分間に合う時間だけど、早めに行って、色々と準備したい。
職場までは電車で1時間弱。遠いけれど、普通のバイトの時給の2倍は貰えるので、これくらいの通勤なら余裕で元が取れるし、通勤中に授業の復習なんかも出来るので、無駄じゃない。交通費も、ちゃんと出るしね。
この時間帯の電車は、いつも空いている。私は席に着くなり、教科書とノートを膝の上に広げて、授業の復習を始めた。
1時間ほどして、駅に着いた。颯爽と改札を抜ける。そして、周りをキョロキョロと見渡した。よし、知り合いは居ないな。職場までは、徒歩5分。雑居ビルのエレベーターの前まで来て、私は、もう一度、用心深く周りを見渡した。
知り合いが誰も居ない事を何度も確認して、頬を両手で軽く叩く。営業スマイルを顔に貼り付けて、エレベーターに乗った。目的の階に着いて、店の扉を開けると、数人の同僚が出迎えてくれた。
「メイド長!お帰りなさいませ!」
そう……私、高木春香は、このメイド喫茶『リーフ』でバイトリーダーをしている。
SNSで噂になってるメイド喫茶があって、なんだか気になったので、俺は、その店を訪れる事にした。早めに帰宅して、伊達メガネとマスクをして、家を出た。
誰にも言っていないが、俺は生粋のオタク。中学の頃、オタクバレして、好きな女の子に嫌われた経験があって、高校では自分の趣味嗜好を一切明かしていない。真面目な委員長で通ってる。バレるのが怖いので、軽い変装もするし、少し遠目のメイド喫茶に通う様にしている。
通い詰めていたメイド喫茶が、昨今の不況の波に飲まれ、閉店してしまって、俺は意気消沈していた。そこで、新規開拓の為に、色々と情報を集めていたのだった。
共通のオタク趣味の友人(ネットだけの繋がりで、会ったことはない)も、その店をとても推していて、blogやTwitterで感想を書いていた。それを見ていると、中々のクオリティの様だ。期待で胸を膨らませて、俺は目的の店の最寄り駅に着いた。
改札を抜けて、キョロキョロと周りを見渡す。知り合いに見られたら、一巻の終わりだ。俺は、最終確認を済ませて、店がある雑居ビルのエレベーターに乗った。
目的の階に着いて、木目調の扉を開ける。様々なコスチュームに身を包んだメイドさん達が、一斉に俺の方を見て言った。
「お帰りなさいませ!ご主人様!」
めっちゃ可愛い子ばっかだ〜!!!ニヤニヤが止まらなくて、俺は受付カウンターへと足を運んだ。
「お帰りなさいませ!ご主人様。先ずはご主人様のプロフィールを、ここに書いて頂けますでしょうか?」
会員登録だ。俺は、渡された紙にスラスラとペンを走らせて、身分証を差し出した。
「ありがとうございます。では、お席まで案内させて頂きますね」
メイドの一人が、満面の笑みを浮かべながら、俺を席まで案内してくれた。
「ご注文は、何になさいますか?」
可愛いメイドさんに、ニッコリ微笑まれながら言われて、俺はメニュー表をチラリと見るなり、ドリンクとデザート、写真撮影権のついたセットプランを頼んだ。
「わあ!ご主人様、ありがとうございます!誰と写真撮影しますか?」
「えーと、少し考えさせてください」
「分かりました〜」
数分後、オーダーしたアイスコーヒーを、別のメイドさんが運んできてくれて……んんん!?
「は?」
「へ?」
俺の頼んだアイスコーヒーを運んできてくれたのは、メイド服に身を包んだ、高木春香だった。
バッチリ目が合った。
「あああああ、ご、ご主人様、ドリンクをお持ちしましたああああぁ!」
「あああああ、ありがとうございますうううぅ!」
あまりの衝撃の展開に、動揺を隠しきれず、俺も高木も慌てた。
なんで、ヤンキーがメイドやってんだよ!
なんで、委員長がオタクやってんだよ!
お互いに目線で会話して、俺達はお互いに干渉しない事にした。
「てめぇ、バラしたら殺す」
「こっちの台詞だ」
高木がアイスコーヒーを机の上に置く瞬間、小声でお互いに脅しを掛けた。
「メイド長〜!あちらのお客様が、写真撮影ご希望です!」
「はーい、ただいま!」
少し前まで俺の席に居た、笑顔の可愛いメイドさんが、高木に声を掛けた。
メイド長?高木が?
「ご主人様!デザートです」
高木と入れ違いに、さっきのメイドさんが、デザートを運んできてくれた。皿に美しく盛られたパンケーキ。
「魔法掛けますね!おいしくなーれ!おいしくなーれ!」
メイド喫茶では定番の萌え台詞を言いながら、ポーズを取って、メイドさんがパフォーマンスをしてくれた。本来なら、楽しんでキャッキャッ言うはずが、俺は高木の事があって無表情でメイドさんのパフォーマンスを見ていた。
「ご、ご主人様、楽しくないですか?」
「え!?いや、違うよ!ちょっと考え事してて!」
「良かったですぅ〜!怒らせてしまったのかと」
「そんな事ないよ!あ、君、チェキ撮ろう!」
「ええ?いいんですか?」
写真撮影の権利を、彼女に使う事にした。とても頑張ってるし、見ていて何だか微笑ましい子だし。
写真撮影には、働いてるメイドさんへのキャッシュバックがあるので、とても喜ばれる。
「じゃあ、ご主人様、こちらへ」
壁にメルヘンな絵が書いてある場所まで移動して、チェキを撮った。ありがとうございます、と満面の笑みになりながら、メイドさんは白いペンでチェキに色々と書き込んでくれた。席に戻って、急いでパンケーキを口に詰め込んで、アイスコーヒーで喉の奥へと流し込んだ。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「え?もうご帰宅されるんですか?」
「う、うん」
「また来てくれますか?」
瞳をうるうるさせて、メイドさんは言った。
「うーん。実は家から遠いから、あまり来られないと思うんだ」
嘘。高木が居るんだ……もう来る事はない。
「残念です」
「また機会があれば、来るね」
「はい!」
席を立って、出口に向かうと、メイドさん達は大きな声で言った。
「行ってらっしゃいませ!ご主人様!」
高木も笑顔で俺を見送ってくれたけど、目の奥が全く笑っていなかった。
帰宅して、シャワーを浴びた。混乱して、何が何だか分からない。高木が?あのヤンキーの高木が?メイド?俺は頭からシャワーを浴び続けながら、思考回路が停止するのを感じた。
浴室から出て、体を拭き、机の上に置いてあった携帯を見ると、メッセージが届いていた。高木からだった。
「委員長、今日の事はお互いの秘密にしようぜ。私も墓まで持っていくから、あんたも絶対に誰にも言うなよ」
直ぐに返信する。
「勿論だ。お前も絶対に俺がメイド喫茶に行ってたとか言うなよ」
「分かってるよ」
その日は、中々寝付けなかった。
次の日、教室に入るなり、高木が俺を見つけて近づいてきた。
「委員長、ちょっと来い」
「あ?なんだよ」
「いいから!」
高木に強引に腕を引っ張られて、教室を出た。人の殆ど居ない中庭まで来て、
「ここならバレないか……」
「なんだよ、高木!昨日の事なら、絶対に言わないって!」
「あー、その事なんだけどさ……」
高木は頭をポリポリと
「また……店に来てくれないか?」
「は?」
俺は呆然として、高木に言った。
「お前、言ってる意味分かってるか?」
「分かってるよ!」
「普通に考えて、有り得ないだろ!どういう心境の変化だ?」
「あー、えーと」
歯切れの悪い高木の口調に苛立って、俺は返答を急かした。
「なんだよ、早く言えよ」
「はあ〜。仕方ないか……」
高木は溜息混じりにボヤいた後、覚悟を決めて、俺に言った。
「昨日、委員長に『お給仕』した、ウチのスタッフ……モエミって言うんだけどさ、その子がアンタに一目惚れしたって言うんだよ」
「は?はあ……」
「凄く良い子なんだけど、昔から男との縁が無くてね……モエミには幸せになって欲しいからさ」
「で、でもよ……」
「でも、とか言うな!純粋で可愛いメイドが惚れたって言ってんだよ!オタク冥利に尽きるだろうが!?」
「そ、そりゃあそうだけどさー」
俺は、うーんと唸って腕組みをした。
「流石にお互い、不味くないか?」
「そうだけど、お互いに黙ってたら、どうせ誰にもバレないだろうし、秘密を共有し合ってるから、何かあった時には、フォローし合えるだろ?」
「なるほどなー」
言いくるめられて、俺は
「じゃあ、早速、今日待ってるから。モエミもシフト入ってるし」
「今日!?」
「なんだよ、嫌なのかよ」
「嫌じゃないけどよ」
「あ!そういや、忘れてた!金返すわ」
高木はポケットから茶封筒を取り出して、俺に差し出した。
「その金を足しにして、モエミとチェキ撮ってあげてよ」
「……分かったよ」
俺は茶封筒を受け取って、教室に戻った。
放課後、高木が俺の席まで来て、分かってるよな?と一言だけ呟いて、教室を出た。仕方ない、俺も覚悟を決めよう。モエミちゃん、可愛かったしなー。
委員会に出た後、俺は急いで帰宅し、いつもの変装をして、『リーフ』に向かった。途中で高木から、早く来いよ!とメッセージが来て、今向かってる!と返信した。
店に着いて、扉を開けると、定番の「お帰りなさいませ!ご主人様!」の声が聞こえた。会員カードを出して、席に着く。
帰宅した飼い主を見つけた子犬の様に、モエミちゃんが俺の席に来た。
「ご主人様、また来てくれたんですね!」
「あー、うん。とても楽しかったからね」
「嬉しいです!今日は何を飲まれますか?」
「えーと、今日はコーラにしようかな」
「分かりました!直ぐに持って来ますね!」
モエミちゃんは、とても嬉しそうにして、キッチンの方へと向かって行った。
「来てくれて、ありがとう」
背後から、高木が俺に言った。
「約束したからな」
「アンタ、ホントに律儀だね」
「性分だよ。ところで、俺達の事は、モエミちゃんには伝えてるのか?」
「ああ、同じ学校だって伝えてある」
「オッケー」
「他のメイドには内緒にしてあるから、発言には気をつけてくれよな」
「分かったよ」
話が終わると、高木は普段聞いた事もないような可愛い声を出して、接客を始めた。しかし、高木みたいなヤンキーが、なんでメイド喫茶で働いてるんだろう?
「ご主人様、コーラお持ちしました!」
モエミちゃんが、ドリンクを持ってきてくれた。コーラの上にバニラアイスが乗っている。
「あれ?俺、バニラアイス付けたっけ?」
「これは、今日も来てくれたから、モエミからのサービスです」
口に人差し指を乗せて、モエミちゃんは微笑んだ。か、可愛いっ!
俺は胸が弾んで、モエミちゃんと色々な話をした。モエミちゃんは、高木と同じくオープニングスタッフとして、この店で働いていて、高木には、とてもお世話になっている、と言った。
「へえ〜。まあ、高木って姉御肌だからなー」
「あ!ご主人様!ここではハルカちゃんって言わないとダメですよ!」
モエミちゃんに注意されて、俺は慌てて言い直した。
「ハルカ……ちゃん?はモエミちゃんと、仲良いんだね」
「はい!大親友です!ハルカちゃんは、とてもお給仕が上手くて、皆の人気者で、メイド長さんです」
「モエミちゃんは、どうしてメイド喫茶で働こうと思ったの?」
「私、昔から男の人と関わる事が少なくて……今も女子校に通ってるんですけど、このままだと、男性恐怖症になっちゃうんじゃないかな?と思って、思い切ってメイドさんになってみたんです。可愛い服も着れるし、スタッフの女の子もキラキラしてるし」
「そうなんだ。たか……じゃなかった、ハルカちゃんは、どうしてメイド喫茶で働いてるのか知ってる?」
「えーと、これ、内緒にして欲しいんですけど、ハルカちゃんお金が必要だ、って言ってました。将来、留学したいみたいです」
留学……そうか、高木には、そんな夢があったんだな。
2時間ほど滞在して、俺は店を出た。駅に向かってると、携帯が鳴った。高木からだった。
「もしもし、どうした?」
「あー、今日のお礼、言いたくてさ」
「いいよ、そんなの」
「いや、でもウチの店、それなりに値段するし」
「俺もバイト始めるよ」
「お?そうなのか。じゃあ、良いバイト紹介してやるよ」
「マジ?頼むわ」
「明日、学校でな」
「分かった」
通話を終えて、帰路に就いた。
「深夜のコンビニが、一番儲かるよ」
「コンビニか〜」
次の日、食堂で高木と天ぷら蕎麦を
「じゃあ、今週の金曜日に」
「分かった」
モエミちゃんの為だ!頑張ろう!
金曜日、高木の言う通り、コンビニの面接は一発合格で、その日の内に働く事になった。制服に着替えて、レジに入ると、高木が接客している所だった。
「お、委員長、制服似合うじゃん」
「ありがとう」
「早速だけど、マニュアル覚えてもらうね。結構、覚える事は多いけど、一度覚えてしまえば、後は単純にこなすだけだから、楽だよ」
「そうなのかー。よろしく、高木先輩」
「やめてよ。じゃあ、先ずはレジ打ちから」
その後、高木と早朝まで働いた。
帰り道、俺は高木に気になっていた事を聞いた。
「なあ、高木。お前が学校にあまり来ないのって、バイトしまくってるからか?」
俺の質問に、高木は少し苦笑いをしながら答えた。
「そうだよ」
「なんでそこまで金が要るんだ?」
「将来、留学したいってのもあるんだけど、一番の理由は生活費」
「……生活費か」
「ウチ、母子家庭でさ。母親、体弱いし、兄弟も3人居るし、色々大変なんだよ」
「そうか……なんか、事情も知らないのに、学校に来い来いって説教して、悪かったな」
「いいよ、気にしないで」
少し切なげな高木の横顔を見て、俺は自分の過去の行いを悔いた。
数週間後、いつもの様に『リーフ』に向かってると、高木と因縁のある、筋肉隆々の学ランを着た男子学生が、店の入っている雑居ビルに入って行くのが見えた。例の高校の番長だ。高木とケリをつけに来たのか!
マ、マズイぞ!俺は急いで高木の携帯に掛けたが、仕事中なのだろう、何度掛けても高木は出なかった。
トラブルになる前に、何とかしないと!俺は雑居ビルのエレベーターの前まで走って、ボタンを連打した。
急いで店の扉を開けた。
「高木!大丈夫か!」
店に入って、叫ぶ様に俺が言うと、目に飛び込んできたのは、モエミちゃんが番長を思いっきりビンタする所だった。
へ?
「お兄ちゃん!店には来ないでって言ったでしょ!」
「で、でもよー、モエミ〜。やっぱり、お兄ちゃんは、こういう店で働くのは反対だよ」
「こういう店って、どういう意味よ!皆に失礼だわ!」
お兄ちゃん!?番長は、モエミちゃんの兄だったのか。
「ご主人様、当店ではトラブルを起こした方は、来店禁止の措置を取らせて頂く事になっておりまして……」
店の奥から、高木が出てきて、番長を睨みつけながら冷たい声で言った。
「あ!お前!」
「お前?私はメイド長のハルカと申します。ご主人様達にご迷惑なので、少し外に出ませんか?」
「おう!外で待ってるぞ!」
怒気を含ませた声で、番長は吐き捨てる様に言って、店を出た。
「ハルカちゃん……警察呼ぼうよ」
モエミちゃんが、泣きそうな顔で言った。
「モエミ、あんなんでも、貴方のお兄ちゃんなんでしょ?少し話してくるわ」
「えー、ダメだよ!お兄ちゃん、格闘技とかやってるんだよ」
「大丈夫!外は人もいっぱいいるし、話してくるだけだから」
「うん……分かった。何かあったら、直ぐに電話してね」
高木は、軽く頷いて俺の方に歩いてきた。
「委員長、ちょっと行ってくるわ」
「待てよ」
俺は、高木の進行方向に体を向けた。
「どいてよ。アイツとは因縁があるんだよ」
「どんな因縁だ?」
「ウチの弟が、何度もアイツに殴られてる。許す訳にはいかないんだ」
「俺も行く」
「馬鹿なの?相手が誰だか分かってんの?」
「知らねえよ」
俺は店の扉を開けた。
外に出ると、番長はタバコを咥えながら腕を捲っていた。高木は、漸く決着が付けられるね、と言ってファイティングポーズを取った。番長は、俺が勝ったら、モエミには店を辞めて貰うからな、と言った。
番長がタバコを指先で弾いて、一気に距離を詰めてきた。その動作に合わせて、高木が渾身の右ストレートを、番長の顔面に叩きつける。クリティカルヒット。少し足に来ているようだが、番長も長い足を使って、何度も高木に蹴りを入れた。
群衆が周りを囲った。学ランの男VSメイド長。ストリートファイトとしては、高視聴率が約束された番組の様だ。皆が、そこだ!行け行け!と声援や野次を飛ばした。
決着は、直ぐに着いた。何処まで行っても体力には差がある。高木がスタミナを切らして、地面に膝を突いた。
「お前は中々強かったよ。じゃあな」
番長が放った後ろ回し蹴りを食らって、高木が吹っ飛んだ。それを見て、群衆は大盛り上がり。
「よお、次は俺の相手してくれよ」
俺は我慢出来なくなって、番長の前に立った。
「なんだてめぇ?」
「あー、俺?モエミちゃんのファンでね。彼女に辞められると困るんだよ」
「モエミに
言い放って、番長は殴り掛かってきた。俺は冷静に、それを
「ぐっ……」
今度は番長が膝を突く。
「おい、てめぇ……素人じゃねえな?」
「昔、ちょっとね」
俺は伊達メガネを外して、長い髪を後ろに束ねて、ポケットに入っているゴムで止めた。
隠していた、額にある傷を見て、番長が驚く。
「お……お前、まさか『袴田守』か!?」
「そうだよ。むかーし、地元じゃ最強って言われてた、暴走族の頭だった袴田だよ」
番長は、少し怯みながらも立ち上がって、再び殴り掛かってきた。それをカウンターのハイキックで沈めて、俺は言った。
「オタクなのがバレるのより、こっちがバレるのが怖かったんだよ」
完全にダウンした番長を背に、高木に駆け寄った。
「高木!大丈夫か!」
「うん……平気だよ。委員長、ありがとう」
「そうか……良かった……」
「委員長、バリバリのヤンキーだったんだね」
痛みを堪えながら、笑顔で高木は言った。
「お互いに秘密にしておこうな」
「そうだね」
高木を抱き抱えて、俺は近くの病院に向かった。
数日後、高木が退院して、登校してきた。俺は直ぐに高木の席に近付いて、話し掛けようとした。すると、高木は俺に言った。
「放課後、話があるから、それまで待って」
放課後まで待った。
放課後、高木は、ちょっと来て、と校門の方へと向った。そして、途中で足を止めて、俺の背中を押して、校門の外に行く様に言った。
そこにはモエミちゃんが待っていた。
「こんばんは!守さん」
「こんばんは、モエミちゃん」
モエミちゃんは、県内でも有数のお嬢様学校の制服に身を包んでいて、眩しいくらいに輝いていた。
「お兄ちゃんから聞きました。守さんは、昔、とても悪い人だったって。もう付き合うのは止めろって」
「……そうだよ。俺は昔、とても悪い人間だったんだ。どれだけ悔いても、取り戻せない過去だよ」
「それでも構いません!私、守さんが好きです!付き合ってください!」
俺は天を仰いだ。
「ごめん……俺はモエミちゃんとは付き合えない」
「……守さん、理由を聞いても良いですか?」
「……」
俺は自分の想いを口にする事にした。
「実は高木の事が気になってる」
「ハルカちゃんかあ……敵わないな」
「ごめん」
「正直に言ってくれて、とても嬉しいです。でも、辛いので、暫くは店に来ないでください」
「分かった」
モエミちゃんは泣きながら、走って駅の方へと消えた。
背後から、高木のドロップキックを食らった。
「おい、委員長!モエミを泣かしたな!」
「そうだよ!泣かしたよ!」
「あんな可愛い子から、告白される事なんて、もう未来永劫無いと思えよ!」
「分かってるよ!俺だって断腸の思いなんだよ!!!」
「じゃあ、なんで付き合わなかったんだよ!」
高木は泣きながら、俺の胸倉を掴んだ。
「お前が好きだからだよ!一生懸命、家族の為に働く姿とか、メイド服がやたら似合ってる所とか、なんか分からないけど、無茶苦茶好きなんだよ!」
そんな格好悪い告白を受けて、高木は掴んでいた俺の胸倉を離して、涙で濡れた顔を俺の胸に
「ちきしょう!モエミと、これからどうやって接すれば良いんだ!私も委員長が好きだ!」
会心のカウンターを食らって、俺は喜びのあまり、高木を強く抱き締めた。
「こんなオタク委員長でも良いのか?」
「こんなヤンキーメイドでも良いの?」
俺達は、同時に同じ様な言葉を口にして、見つめ合って笑った。
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