【ヤンキーメイドとオタク委員長】★



 秘密の一つや二つ、誰だって持ってる。けれど、それをあばかれた時に、致命的なまでに人生が終わる程の秘密を持っている人は、少ないと思う。私、高木たかぎ春香はるかには、そんな致命傷になり得る秘密がある。







 金色に染めた長髪を、後ろで束ねて、私は腕まくりをした。


 目の前に居る、筋肉隆々の体つきをして、学ランを着た男が、私のその動きを見て目を細めた。


「女を殴る趣味はないんだが、まあウチの高校の連中が、何人もお前にシメられてるんでな。悪く思うなよ」

「ウダウダ言ってないでかかってきな。久しぶりに学校に来たから、学食で天ぷら蕎麦が食いたいんだ。時間がないんだよ」



 私は所謂いわゆる、『不良』と言われるカテゴリーに属する人間。毎日のように喧嘩に明け暮れ、夜遅くまで家に帰らず、学校にも、ほとんど行かない。


 女だてらに、周囲の高校の不良どもを相手に百戦錬磨。負け知らず。


 今日は、この地区でも『最強』の呼び声の高い男との一戦。絶対に負けねえ。


 男は、口にくわえてたタバコを地面に放り投げて、拳を握った。周りには男に連れられてきた連中がギャラリーになって、今か今かと喧嘩が始まるのを待っている。


 よし、ずは様子見で、軽く顔面にでも拳を叩き込んでやるか。


 私も男と同じ様に、拳を握った。


「いくぞ」

「おう」




 男が一気に距離を詰めてきて……








「先生!こっちです!高木さんが、また他校の生徒と揉めてます!」


 急に聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。ちっ……と舌打ちをして、男は拳を解いて、走って道路を渡って立ち去って行った。


 それを見て、私は声のした方を向いた。


「委員長!てめえ、お節介なんだよ!」


 物陰から、長髪で中肉中背の男が出てきた。クラスの委員長、袴田はかまだまもる。成績優秀で、生徒会所属。来年は生徒会長になるだろうと言われている人徳の持ち主だ。頭が固すぎる所があるが、どこか憎めない性格。愚直を絵に書いた様な真面目さが、意外に女子受けが良くて、割とモテる。


「高木、久しぶりに学校に来たんだから、ちゃんと授業に出ろよ。進級出来なくなるぞ?」

「うるせえな、お節介。なんで、そんなに私に構うんだよ」

「俺だって、高木みたいな面倒な女の世話なんてしたくないよ。けど、お前の友人とか、先生とかから、頼まれてるんだよ。お前って意外と皆から好かれてるんだぜ?自覚しろ」

「はいはい」

「とりあえず、学校に戻ろう」

「そうだな。学食の天ぷら蕎麦、まだ残ってるかな?人気あるから、たまに売り切れるんだよなあ」

「ウチの天ぷら蕎麦、確かに美味いよなあ」

「お?委員長、分かってるじゃん」

「偉そうにするな。戻るぞ」


 委員長は、あごをクイッと動かして、学校へ続く道に移動するように指示した。


 私は素直に従って、委員長の前を歩いた。


「今日は、ありがとな。正直、助かった」

「いいよ。高木だって女の子なんだし、男が守るもんだろ」

 振り返って、ぶっきらぼうに委員長に感謝すると、委員長は笑いながら返答した。


 へえ、こいつ笑うと可愛い顔するじゃん。


 私は、少しむずがゆくなって、歩くスピードを速めた。








 秘密の一つや二つ、誰だって持ってる。けれど、それをあばかれた時に、致命的なまでに人生が終わる程の秘密を持っている人は、少ないと思う。俺、袴田守には、そんな致命傷になり得る秘密がある。




 学校に着いて、高木と一緒に学食に向かった。昼休みは、残り20分強。二人して食券の販売機の前に立った。


「お?天ぷら蕎麦、残ってるじゃん。ラッキー!」

「良かったな」

「いえーい!ん?あれ?」

 高木は、ポケットから小銭入れを取り出して、中身を見ながら言った。


「委員長……金貸してくれない?」

「は?」

「金……15円しかない……」

「お前は小学生かよ。仕方ねえな」


 俺は誕生日に友人から貰った、緑色の長財布から千円札を1枚出して、高木に渡した。


「委員長、金持ちだね!」

「奢りじゃないぞ?貸すだけだからな?」

「けち!」

「『借りるときのえびす顔、返すときのえんま顔』って知ってるか?借りる時くらい、ニッコリ笑っておいた方がいいぞ」


 ちぇっ……と軽く舌打ちをしながら、高木は、俺から受け取った千円札を食券の販売機に入れて、天ぷら蕎麦のボタンを連打した。


「委員長も天ぷら蕎麦?」

「おう!俺も大好物だ」

「わかった」


 食券が1枚、販売機から吐き出されたのを見て、高木は、もう一度ボタンを押した。


「あれ?あ、ごめん、委員長」

「どうした?」

「今ので売り切れ。別の頼んで」

「はあ!?じゃあ、お前が別のを頼めよ」

「嫌だよ!」

「元々は俺の金だろ!」

「今は私のだよ!」

「お前はジャイ○ンか!」


 漫才の様な口喧嘩をしながら、分かったよ、と言って、俺は親子丼にする事にした。こいつ、天ぷら蕎麦が食いたくて、学校に戻ってきてくれた様なもんだしな。


 2人してカウンターに並んで、お目当ての食事をトレイに乗せて、席に着いた。


 高木は、テーブルに置かれた七味の蓋を開けて、天ぷら蕎麦に浮いている、えび天の上に少しだけ七味を振った。


「委員長、さっさと食おうぜ」

「そうだな、腹減ったしな」


 示し合わせたかのように、同時に手を合わせて、いただきます、と言って割り箸を割った。高木は、餓狼の如く、えび天にかぶり付いた。


美味うまい!」

「『美味おいしい』って言えよ。女の子だろ。下品だな」

「うるせえよ、委員長、そう言うの、性差別だぞ」


 時間がそんなにないので、俺も丼を左手で持ち上げて、親子丼をかき込んだ。美味しい。出汁が効いていて、卵もプリプリしてる。


「なあ、高木。午後からの授業、ちゃんと受けろよ」

 食べ終わって、コップに入った水を飲みながら、俺は高木に言った。


「分かってるよ。私だって留年したい訳じゃないんだ」

「なあ、高木。なんで、学校に来ないんだ?お前、友達も多いし、成績だって悪い方じゃないだろ?」

「うるせえな、色々あんだよ」

「色々って?」

「色々は色々だよ」

 口元を左手で隠して、爪楊枝を使いながら、高木は言った。


「そうか……言えないなら仕方ない。けど、進級出来るくらいには、学校に来いよ?」

「分かってるよ」

 高木は立ち上がって、明日には、ちゃんと金返すわ、と言いながら教室へ向かった。


 俺は高木が学校に来れない理由を推測しながら、コップの水を飲み干した。







 授業が終わって、私は急いで下校した。今日は、例のバイトの日だ。職場には充分間に合う時間だけど、早めに行って、色々と準備したい。


 職場までは電車で1時間弱。遠いけれど、普通のバイトの時給の2倍は貰えるので、これくらいの通勤なら余裕で元が取れるし、通勤中に授業の復習なんかも出来るので、無駄じゃない。交通費も、ちゃんと出るしね。


 この時間帯の電車は、いつも空いている。私は席に着くなり、教科書とノートを膝の上に広げて、授業の復習を始めた。



 1時間ほどして、駅に着いた。颯爽と改札を抜ける。そして、周りをキョロキョロと見渡した。よし、知り合いは居ないな。職場までは、徒歩5分。雑居ビルのエレベーターの前まで来て、私は、もう一度、用心深く周りを見渡した。


 知り合いが誰も居ない事を何度も確認して、頬を両手で軽く叩く。営業スマイルを顔に貼り付けて、エレベーターに乗った。目的の階に着いて、店の扉を開けると、数人の同僚が出迎えてくれた。


「メイド長!お帰りなさいませ!」








 そう……私、高木春香は、このメイド喫茶『リーフ』でバイトリーダーをしている。









 SNSで噂になってるメイド喫茶があって、なんだか気になったので、俺は、その店を訪れる事にした。早めに帰宅して、伊達メガネとマスクをして、家を出た。


 誰にも言っていないが、俺は生粋のオタク。中学の頃、オタクバレして、好きな女の子に嫌われた経験があって、高校では自分の趣味嗜好を一切明かしていない。真面目な委員長で通ってる。バレるのが怖いので、軽い変装もするし、少し遠目のメイド喫茶に通う様にしている。


 通い詰めていたメイド喫茶が、昨今の不況の波に飲まれ、閉店してしまって、俺は意気消沈していた。そこで、新規開拓の為に、色々と情報を集めていたのだった。


 共通のオタク趣味の友人(ネットだけの繋がりで、会ったことはない)も、その店をとても推していて、blogやTwitterで感想を書いていた。それを見ていると、中々のクオリティの様だ。期待で胸を膨らませて、俺は目的の店の最寄り駅に着いた。


 改札を抜けて、キョロキョロと周りを見渡す。知り合いに見られたら、一巻の終わりだ。俺は、最終確認を済ませて、店がある雑居ビルのエレベーターに乗った。


 目的の階に着いて、木目調の扉を開ける。様々なコスチュームに身を包んだメイドさん達が、一斉に俺の方を見て言った。


「お帰りなさいませ!ご主人様!」


 めっちゃ可愛い子ばっかだ〜!!!ニヤニヤが止まらなくて、俺は受付カウンターへと足を運んだ。


「お帰りなさいませ!ご主人様。先ずはご主人様のプロフィールを、ここに書いて頂けますでしょうか?」

 会員登録だ。俺は、渡された紙にスラスラとペンを走らせて、身分証を差し出した。


「ありがとうございます。では、お席まで案内させて頂きますね」

 メイドの一人が、満面の笑みを浮かべながら、俺を席まで案内してくれた。


「ご注文は、何になさいますか?」

 可愛いメイドさんに、ニッコリ微笑まれながら言われて、俺はメニュー表をチラリと見るなり、ドリンクとデザート、写真撮影権のついたセットプランを頼んだ。


「わあ!ご主人様、ありがとうございます!誰と写真撮影しますか?」

「えーと、少し考えさせてください」

「分かりました〜」


 数分後、オーダーしたアイスコーヒーを、別のメイドさんが運んできてくれて……んんん!?




「は?」

「へ?」






 俺の頼んだアイスコーヒーを運んできてくれたのは、メイド服に身を包んだ、高木春香だった。


 バッチリ目が合った。







「あああああ、ご、ご主人様、ドリンクをお持ちしましたああああぁ!」

「あああああ、ありがとうございますうううぅ!」


 あまりの衝撃の展開に、動揺を隠しきれず、俺も高木も慌てた。






 なんで、ヤンキーがメイドやってんだよ!


 なんで、委員長がオタクやってんだよ!






 お互いに目線で会話して、俺達はお互いに干渉しない事にした。


「てめぇ、バラしたら殺す」

「こっちの台詞だ」

 高木がアイスコーヒーを机の上に置く瞬間、小声でお互いに脅しを掛けた。



「メイド長〜!あちらのお客様が、写真撮影ご希望です!」

「はーい、ただいま!」

 少し前まで俺の席に居た、笑顔の可愛いメイドさんが、高木に声を掛けた。


 メイド長?高木が?





「ご主人様!デザートです」

 高木と入れ違いに、さっきのメイドさんが、デザートを運んできてくれた。皿に美しく盛られたパンケーキ。


「魔法掛けますね!おいしくなーれ!おいしくなーれ!」

 メイド喫茶では定番の萌え台詞を言いながら、ポーズを取って、メイドさんがパフォーマンスをしてくれた。本来なら、楽しんでキャッキャッ言うはずが、俺は高木の事があって無表情でメイドさんのパフォーマンスを見ていた。


「ご、ご主人様、楽しくないですか?」

「え!?いや、違うよ!ちょっと考え事してて!」

「良かったですぅ〜!怒らせてしまったのかと」

「そんな事ないよ!あ、君、チェキ撮ろう!」

「ええ?いいんですか?」

 写真撮影の権利を、彼女に使う事にした。とても頑張ってるし、見ていて何だか微笑ましい子だし。


 写真撮影には、働いてるメイドさんへのキャッシュバックがあるので、とても喜ばれる。


「じゃあ、ご主人様、こちらへ」

 壁にメルヘンな絵が書いてある場所まで移動して、チェキを撮った。ありがとうございます、と満面の笑みになりながら、メイドさんは白いペンでチェキに色々と書き込んでくれた。席に戻って、急いでパンケーキを口に詰め込んで、アイスコーヒーで喉の奥へと流し込んだ。



「じゃあ、そろそろ行くよ」

「え?もうご帰宅されるんですか?」

「う、うん」

「また来てくれますか?」

 瞳をうるうるさせて、メイドさんは言った。


「うーん。実は家から遠いから、あまり来られないと思うんだ」


 嘘。高木が居るんだ……もう来る事はない。


「残念です」

「また機会があれば、来るね」

「はい!」


 席を立って、出口に向かうと、メイドさん達は大きな声で言った。


「行ってらっしゃいませ!ご主人様!」

 高木も笑顔で俺を見送ってくれたけど、目の奥が全く笑っていなかった。





 帰宅して、シャワーを浴びた。混乱して、何が何だか分からない。高木が?あのヤンキーの高木が?メイド?俺は頭からシャワーを浴び続けながら、思考回路が停止するのを感じた。


 浴室から出て、体を拭き、机の上に置いてあった携帯を見ると、メッセージが届いていた。高木からだった。


「委員長、今日の事はお互いの秘密にしようぜ。私も墓まで持っていくから、あんたも絶対に誰にも言うなよ」


 直ぐに返信する。


「勿論だ。お前も絶対に俺がメイド喫茶に行ってたとか言うなよ」

「分かってるよ」


 その日は、中々寝付けなかった。







 次の日、教室に入るなり、高木が俺を見つけて近づいてきた。


「委員長、ちょっと来い」

「あ?なんだよ」

「いいから!」

 高木に強引に腕を引っ張られて、教室を出た。人の殆ど居ない中庭まで来て、ようやく高木は立ち止まった。


「ここならバレないか……」

「なんだよ、高木!昨日の事なら、絶対に言わないって!」

「あー、その事なんだけどさ……」

 高木は頭をポリポリといて、俺に言った。


「また……店に来てくれないか?」

「は?」

 俺は呆然として、高木に言った。


「お前、言ってる意味分かってるか?」

「分かってるよ!」

「普通に考えて、有り得ないだろ!どういう心境の変化だ?」

「あー、えーと」

 歯切れの悪い高木の口調に苛立って、俺は返答を急かした。


「なんだよ、早く言えよ」

「はあ〜。仕方ないか……」

 高木は溜息混じりにボヤいた後、覚悟を決めて、俺に言った。


「昨日、委員長に『お給仕』した、ウチのスタッフ……モエミって言うんだけどさ、その子がアンタに一目惚れしたって言うんだよ」

「は?はあ……」

「凄く良い子なんだけど、昔から男との縁が無くてね……モエミには幸せになって欲しいからさ」

「で、でもよ……」

「でも、とか言うな!純粋で可愛いメイドが惚れたって言ってんだよ!オタク冥利に尽きるだろうが!?」

「そ、そりゃあそうだけどさー」

 俺は、うーんと唸って腕組みをした。


「流石にお互い、不味くないか?」

「そうだけど、お互いに黙ってたら、どうせ誰にもバレないだろうし、秘密を共有し合ってるから、何かあった時には、フォローし合えるだろ?」

「なるほどなー」

 言いくるめられて、俺はうなずいた。


「じゃあ、早速、今日待ってるから。モエミもシフト入ってるし」

「今日!?」

「なんだよ、嫌なのかよ」

「嫌じゃないけどよ」

「あ!そういや、忘れてた!金返すわ」

 高木はポケットから茶封筒を取り出して、俺に差し出した。


「その金を足しにして、モエミとチェキ撮ってあげてよ」

「……分かったよ」

 俺は茶封筒を受け取って、教室に戻った。



 放課後、高木が俺の席まで来て、分かってるよな?と一言だけ呟いて、教室を出た。仕方ない、俺も覚悟を決めよう。モエミちゃん、可愛かったしなー。


 委員会に出た後、俺は急いで帰宅し、いつもの変装をして、『リーフ』に向かった。途中で高木から、早く来いよ!とメッセージが来て、今向かってる!と返信した。


 店に着いて、扉を開けると、定番の「お帰りなさいませ!ご主人様!」の声が聞こえた。会員カードを出して、席に着く。


 帰宅した飼い主を見つけた子犬の様に、モエミちゃんが俺の席に来た。


「ご主人様、また来てくれたんですね!」

「あー、うん。とても楽しかったからね」

「嬉しいです!今日は何を飲まれますか?」

「えーと、今日はコーラにしようかな」

「分かりました!直ぐに持って来ますね!」

 モエミちゃんは、とても嬉しそうにして、キッチンの方へと向かって行った。


「来てくれて、ありがとう」

 背後から、高木が俺に言った。


「約束したからな」

「アンタ、ホントに律儀だね」

「性分だよ。ところで、俺達の事は、モエミちゃんには伝えてるのか?」

「ああ、同じ学校だって伝えてある」

「オッケー」

「他のメイドには内緒にしてあるから、発言には気をつけてくれよな」

「分かったよ」


 話が終わると、高木は普段聞いた事もないような可愛い声を出して、接客を始めた。しかし、高木みたいなヤンキーが、なんでメイド喫茶で働いてるんだろう?


「ご主人様、コーラお持ちしました!」

 モエミちゃんが、ドリンクを持ってきてくれた。コーラの上にバニラアイスが乗っている。


「あれ?俺、バニラアイス付けたっけ?」

「これは、今日も来てくれたから、モエミからのサービスです」

 口に人差し指を乗せて、モエミちゃんは微笑んだ。か、可愛いっ!


 俺は胸が弾んで、モエミちゃんと色々な話をした。モエミちゃんは、高木と同じくオープニングスタッフとして、この店で働いていて、高木には、とてもお世話になっている、と言った。


「へえ〜。まあ、高木って姉御肌だからなー」

「あ!ご主人様!ここではハルカちゃんって言わないとダメですよ!」

 モエミちゃんに注意されて、俺は慌てて言い直した。


「ハルカ……ちゃん?はモエミちゃんと、仲良いんだね」

「はい!大親友です!ハルカちゃんは、とてもお給仕が上手くて、皆の人気者で、メイド長さんです」

「モエミちゃんは、どうしてメイド喫茶で働こうと思ったの?」

「私、昔から男の人と関わる事が少なくて……今も女子校に通ってるんですけど、このままだと、男性恐怖症になっちゃうんじゃないかな?と思って、思い切ってメイドさんになってみたんです。可愛い服も着れるし、スタッフの女の子もキラキラしてるし」

「そうなんだ。たか……じゃなかった、ハルカちゃんは、どうしてメイド喫茶で働いてるのか知ってる?」

「えーと、これ、内緒にして欲しいんですけど、ハルカちゃんお金が必要だ、って言ってました。将来、留学したいみたいです」

 留学……そうか、高木には、そんな夢があったんだな。


 2時間ほど滞在して、俺は店を出た。駅に向かってると、携帯が鳴った。高木からだった。


「もしもし、どうした?」

「あー、今日のお礼、言いたくてさ」

「いいよ、そんなの」

「いや、でもウチの店、それなりに値段するし」

「俺もバイト始めるよ」

「お?そうなのか。じゃあ、良いバイト紹介してやるよ」

「マジ?頼むわ」

「明日、学校でな」

「分かった」

 通話を終えて、帰路に就いた。





「深夜のコンビニが、一番儲かるよ」

「コンビニか〜」

 次の日、食堂で高木と天ぷら蕎麦をすすりながら、バイトを紹介してもらった。高木も働いているコンビニで、欠員が出て、バイト募集中らしい。店長には話しておいたから、履歴書さえ持ってくれば、即日で働けるよ、と言われて、俺は了承する事にした。


「じゃあ、今週の金曜日に」

「分かった」

 モエミちゃんの為だ!頑張ろう!




 金曜日、高木の言う通り、コンビニの面接は一発合格で、その日の内に働く事になった。制服に着替えて、レジに入ると、高木が接客している所だった。


「お、委員長、制服似合うじゃん」

「ありがとう」

「早速だけど、マニュアル覚えてもらうね。結構、覚える事は多いけど、一度覚えてしまえば、後は単純にこなすだけだから、楽だよ」

「そうなのかー。よろしく、高木先輩」

「やめてよ。じゃあ、先ずはレジ打ちから」

 その後、高木と早朝まで働いた。


 帰り道、俺は高木に気になっていた事を聞いた。


「なあ、高木。お前が学校にあまり来ないのって、バイトしまくってるからか?」

 俺の質問に、高木は少し苦笑いをしながら答えた。


「そうだよ」

「なんでそこまで金が要るんだ?」

「将来、留学したいってのもあるんだけど、一番の理由は生活費」

「……生活費か」

「ウチ、母子家庭でさ。母親、体弱いし、兄弟も3人居るし、色々大変なんだよ」

「そうか……なんか、事情も知らないのに、学校に来い来いって説教して、悪かったな」

「いいよ、気にしないで」

 少し切なげな高木の横顔を見て、俺は自分の過去の行いを悔いた。



 数週間後、いつもの様に『リーフ』に向かってると、高木と因縁のある、筋肉隆々の学ランを着た男子学生が、店の入っている雑居ビルに入って行くのが見えた。例の高校の番長だ。高木とケリをつけに来たのか!


 マ、マズイぞ!俺は急いで高木の携帯に掛けたが、仕事中なのだろう、何度掛けても高木は出なかった。


 トラブルになる前に、何とかしないと!俺は雑居ビルのエレベーターの前まで走って、ボタンを連打した。


 急いで店の扉を開けた。


「高木!大丈夫か!」

 店に入って、叫ぶ様に俺が言うと、目に飛び込んできたのは、モエミちゃんが番長を思いっきりビンタする所だった。


 へ?


「お兄ちゃん!店には来ないでって言ったでしょ!」

「で、でもよー、モエミ〜。やっぱり、お兄ちゃんは、こういう店で働くのは反対だよ」

「こういう店って、どういう意味よ!皆に失礼だわ!」


 お兄ちゃん!?番長は、モエミちゃんの兄だったのか。


「ご主人様、当店ではトラブルを起こした方は、来店禁止の措置を取らせて頂く事になっておりまして……」

 店の奥から、高木が出てきて、番長を睨みつけながら冷たい声で言った。


「あ!お前!」

「お前?私はメイド長のハルカと申します。ご主人様達にご迷惑なので、少し外に出ませんか?」

「おう!外で待ってるぞ!」

 怒気を含ませた声で、番長は吐き捨てる様に言って、店を出た。


「ハルカちゃん……警察呼ぼうよ」

 モエミちゃんが、泣きそうな顔で言った。


「モエミ、あんなんでも、貴方のお兄ちゃんなんでしょ?少し話してくるわ」

「えー、ダメだよ!お兄ちゃん、格闘技とかやってるんだよ」

「大丈夫!外は人もいっぱいいるし、話してくるだけだから」

「うん……分かった。何かあったら、直ぐに電話してね」

 高木は、軽く頷いて俺の方に歩いてきた。


「委員長、ちょっと行ってくるわ」

「待てよ」

 俺は、高木の進行方向に体を向けた。


「どいてよ。アイツとは因縁があるんだよ」

「どんな因縁だ?」

「ウチの弟が、何度もアイツに殴られてる。許す訳にはいかないんだ」

「俺も行く」

「馬鹿なの?相手が誰だか分かってんの?」

「知らねえよ」

 俺は店の扉を開けた。


 外に出ると、番長はタバコを咥えながら腕を捲っていた。高木は、漸く決着が付けられるね、と言ってファイティングポーズを取った。番長は、俺が勝ったら、モエミには店を辞めて貰うからな、と言った。


 番長がタバコを指先で弾いて、一気に距離を詰めてきた。その動作に合わせて、高木が渾身の右ストレートを、番長の顔面に叩きつける。クリティカルヒット。少し足に来ているようだが、番長も長い足を使って、何度も高木に蹴りを入れた。


 群衆が周りを囲った。学ランの男VSメイド長。ストリートファイトとしては、高視聴率が約束された番組の様だ。皆が、そこだ!行け行け!と声援や野次を飛ばした。


 決着は、直ぐに着いた。何処まで行っても体力には差がある。高木がスタミナを切らして、地面に膝を突いた。


「お前は中々強かったよ。じゃあな」

 番長が放った後ろ回し蹴りを食らって、高木が吹っ飛んだ。それを見て、群衆は大盛り上がり。


「よお、次は俺の相手してくれよ」


 俺は我慢出来なくなって、番長の前に立った。


「なんだてめぇ?」

「あー、俺?モエミちゃんのファンでね。彼女に辞められると困るんだよ」

「モエミにたかる蝿か。一瞬で叩き潰してやるよ」


 言い放って、番長は殴り掛かってきた。俺は冷静に、それをかわしてローキックを入れた。


「ぐっ……」

 今度は番長が膝を突く。


「おい、てめぇ……素人じゃねえな?」

「昔、ちょっとね」

 俺は伊達メガネを外して、長い髪を後ろに束ねて、ポケットに入っているゴムで止めた。


 隠していた、額にある傷を見て、番長が驚く。


「お……お前、まさか『袴田守』か!?」

「そうだよ。むかーし、地元じゃ最強って言われてた、暴走族の頭だった袴田だよ」


 番長は、少し怯みながらも立ち上がって、再び殴り掛かってきた。それをカウンターのハイキックで沈めて、俺は言った。


「オタクなのがバレるのより、こっちがバレるのが怖かったんだよ」

 完全にダウンした番長を背に、高木に駆け寄った。


「高木!大丈夫か!」

「うん……平気だよ。委員長、ありがとう」

「そうか……良かった……」

「委員長、バリバリのヤンキーだったんだね」

 痛みを堪えながら、笑顔で高木は言った。


「お互いに秘密にしておこうな」

「そうだね」

 高木を抱き抱えて、俺は近くの病院に向かった。




 数日後、高木が退院して、登校してきた。俺は直ぐに高木の席に近付いて、話し掛けようとした。すると、高木は俺に言った。


「放課後、話があるから、それまで待って」

 放課後まで待った。





 放課後、高木は、ちょっと来て、と校門の方へと向った。そして、途中で足を止めて、俺の背中を押して、校門の外に行く様に言った。



 そこにはモエミちゃんが待っていた。


「こんばんは!守さん」

「こんばんは、モエミちゃん」

 モエミちゃんは、県内でも有数のお嬢様学校の制服に身を包んでいて、眩しいくらいに輝いていた。


「お兄ちゃんから聞きました。守さんは、昔、とても悪い人だったって。もう付き合うのは止めろって」

「……そうだよ。俺は昔、とても悪い人間だったんだ。どれだけ悔いても、取り戻せない過去だよ」

「それでも構いません!私、守さんが好きです!付き合ってください!」

 俺は天を仰いだ。


「ごめん……俺はモエミちゃんとは付き合えない」

「……守さん、理由を聞いても良いですか?」

「……」

 俺は自分の想いを口にする事にした。


「実は高木の事が気になってる」

「ハルカちゃんかあ……敵わないな」

「ごめん」

「正直に言ってくれて、とても嬉しいです。でも、辛いので、暫くは店に来ないでください」

「分かった」

 モエミちゃんは泣きながら、走って駅の方へと消えた。






 背後から、高木のドロップキックを食らった。


「おい、委員長!モエミを泣かしたな!」

「そうだよ!泣かしたよ!」

「あんな可愛い子から、告白される事なんて、もう未来永劫無いと思えよ!」

「分かってるよ!俺だって断腸の思いなんだよ!!!」

「じゃあ、なんで付き合わなかったんだよ!」

 高木は泣きながら、俺の胸倉を掴んだ。


「お前が好きだからだよ!一生懸命、家族の為に働く姿とか、メイド服がやたら似合ってる所とか、なんか分からないけど、無茶苦茶好きなんだよ!」

 そんな格好悪い告白を受けて、高木は掴んでいた俺の胸倉を離して、涙で濡れた顔を俺の胸にうずめた。


「ちきしょう!モエミと、これからどうやって接すれば良いんだ!私も委員長が好きだ!」

 会心のカウンターを食らって、俺は喜びのあまり、高木を強く抱き締めた。



「こんなオタク委員長でも良いのか?」

「こんなヤンキーメイドでも良いの?」


 俺達は、同時に同じ様な言葉を口にして、見つめ合って笑った。

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