【転売ヤーは札束のプールを泳ぐ】


 人気のゲームソフトを家電量販店で、十数本購入して、別の店に居た仲間と合流した。全部で52本。1つ、2000円の利益を乗せるから、全部で10万円オーバー。俺は転売ヤー。今日も、間抜けな金持ち達に、高額な商品を売りつける。


 数年前、高校を出て、工場で働いていた俺は、酷い椎間板ヘルニアになった。労災認定もおりず、仕事もクビになった。その時は工場の社長を殺したい程、憎んでいたが、今はむしろ感謝している。お陰で、俺は天職を見つける事が出来たからだ。


 家に引きこもって、腰の治療をしながら、次の職を探していた時、転売ヤーの存在を知った。俺の趣味はゲーム。当時、人気だったゲームタイトルが、中々、手に入らずに諦めかけていた時、オークションサイトで値段が暴騰しているのを見かけた。転売ヤーが、商品を買い占めて、売っていた為である。


 転売ヤーとは、転売目的で商品を購入し、仕入れた商品を売った差額で利益を得る職業。


 人気アニメグッズ、文庫本の初版、高級ブランドのノベルティーグッズから、人気アーティストのライブチケットまで、幅広い商品を取り扱う。


 忌み嫌われる職業だが、転売行為自体は正当なビジネスであるため、しっかりと法律を守れば、何の問題もない。


 俺の周りには、フラフラと定職に付かず日銭を稼いでいる仲間が多かった。彼らに協力して貰って、俺は家電量販店で、「おひとり様1つまで」と書かれた、俺が買えなかった人気のゲームソフトを買った。仲間にはお礼として、昼飯を奢った。


 家に帰って、オークションサイトを見ると、正規の値段の倍で取引されていた。俺は驚きながら、オークションに数本の商品を出品した。ものの数分で、商品は完売。俺は一日で2万円弱の金を手に入れた。


 こんな簡単に稼げるなら、転売ヤーになろう。俺は、そう決意した。


 最初は上手くいかなかった。何が売れるのか、よく分からない。古本屋で、人気タイトルの漫画を購入して、オークションに出したが、全く売れなくて苦労した。値段をギリギリまで下げて、何とか売り抜けたが、利益は雀の涙程。これでは、努力しないと稼げないと言う現実を知った。


 そこから、努力に努力を重ねた。何が売れるのか、どういう入手経路を作ればいいのか。


 俺が真っ先に始めたのは、コネクション作りだった。後輩のバーテンダーに頼んで、色々な職業の人を紹介してもらった。


 初めて紹介して貰ったのは、アパレル関係に務めるホストみたいな男だった。「社割で安く商品を買えますよ」と言ってきて、俺は直ぐに彼と契約した。彼が務めているのは、人気のアパレルブランドで、若い男性から支持されていた。シーズン外れの商品や、売れない商品を、社割で40%で買い付けて、それをオークションサイトで売った。安定した収入を得る事が出来る様になった。今でも、彼には毎月、2万円を渡して、商品を仕入れている。


 次に紹介して貰ったのは、オフィス工事関係を仕事にしている男だった。彼には現場で廃棄される、オフィスの什器じゅうきや、中古のパソコン、会社に残っているノベルティーグッズなどを手に入れて貰った。


 俺の実家は古い家具屋だ。商品を置いておく為の倉庫や、商品を運ぶ為のトラック等があった事も大きい。オフィスの什器などは、大きくて重いが、金になる。


 こうして俺は、転売ヤーとして、今も何とか生き続けている。






 ある夏の暑い日、俺は日本限定販売のスニーカーを仕入れる為に、仲間とスニーカーショップに並んでいた。店が開いて、仲間は俺の支持した色とサイズのスニーカーを手に取って、レジに並んだ。俺も同じ様に、何足かのスニーカーを手に取った。


 これも必要だな、と思って、ショッキングピンクのスニーカーに手を伸ばした時、高校生くらいの少年が、俺と同じ商品に手を伸ばした。慌てて、商品を手にすると、少年は舌打ちをして、その場を去った。悪いな、この世界は弱肉強食なんだ。


 レジで精算して、沢山の袋を下げて店を出た。駐車場に停めてあった、軽トラまで行って、仲間から商品を受け取る。仲間に、今回の報酬を渡して、商品を軽トラに積んでいると、後ろから声を掛けられた。


「なあ、転売ヤー。1足売ってくれよ」


 さっき、俺と商品を奪い合った少年だった。俺と同じ様に、沢山の袋を下げていた。


「悪いが、定価じゃ売れないぜ?大事な商品なんだ」

 俺は、少年に冷たく言い放った。これは海外の客からも需要のある商品だ。恐らく、3倍の値段を付けても売れるだろう。


「幾ら?」

「3万6000円」

「高すぎない?2万円にしてよ。その代わり、儲け話を教えるからさ」

「儲け話?」

「俺も転売ヤーなんだ」

 少年はスマホを取り出すと、俺も使っている大手オークションサイトのページを表示させて、俺に見せてきた。そこには、少年の月間売上が載っている。60万円。俺と殆ど変わらない。


「へえ。お前、凄いな」

「でしょ?結構、苦労してるけどね。ところで、俺の儲け話に乗らない?」

「話を聞いてから判断するよ」

「分かった」


 近くの自動販売機で、缶コーヒーを2つ買って、少年に軽トラに乗るように言った。少年は素直に従って、助手席に座った。少年に缶コーヒーを渡す。エンジンを掛けて、冷房をガンガンにして、暫く待った。


「儲け話ってのを聞かせろ」

「いいけど、俺の話に乗るなら、売上の20%は俺にくれよ?」

「話次第だ」

「仕方ないな」

 少年は、『儲け話』を話し始めた。


「割引き価格でマンガを購入して、転売する方法があるんだ」

「どういう事だ?」

「とある販売サイトで、新規客として登録すると、マンガの購入代金が15%オフになる。先に人気タイトルのマンガを、オークションに出品しておいて、売れたら販売サイトで15%オフで買う。利益は微々たる物なんだけど、安定してるよ」

「そのサイトってのを教えろ」

「契約成立って事かな?」

「ああ。その代わり、マージンは20%じゃなくて、15%にしてくれ。利益が微々たるものなら、やっていけない」

「そうだね……OK。それで良いよ」

 少年はスマホでサイトを表示させた。


「このサイトだよ。一々、新規登録するのは面倒だから、大量に発注する事をお勧めするよ。規約違反だけど、登録はフリーメールアドレスで出来るし、バレる事はないと思う」

「よし。契約成立だ。お前の連絡先を教えろ。今度から俺と組め」

「いいね!相乗シナジー効果が期待出来そう」

 少年はニヤリと笑って、俺が差し出した手を握った。握手シェイクハンド。契約成立。


 それから、少年と組む様になった。少年の持ってくる情報は、俺の商売の幅を広げたし、俺も少年に情報提供をした。若い奴の感性は、とても参考になる。何が売れるか、と言ったマーケティングは、少年の方が優れていた。少年は、俺の『仲間』と言う労働力や、商品を置いておく倉庫が必要だったし、俺には少年のマーケティング能力が必要だった。


 1ヶ月後、少年に教えて貰った方法での収入が、10万円を超えた。


「なあ、たまには飯でもどうだ?」

「奢ってくれるの?」

「ファミレスで良いか?」

 俺は少年を連れて、駅の近くのファミレスに入った。


「お前、学生だよな?」

「俺のプライベートに興味あるの?」

「お前を仲間と認めた証拠だよ。俺の話も聞いてくれ」

 俺は何故、転売ヤーになったか、と言った話をした。


「へえ〜。中々、苦労してるんだね」

「お前は、なんで転売ヤーになったんだ?」

「暗い話になるけど、大丈夫?」

「聞かせてくれ」


 少年は、声のテンションを落として、話を始めた。


 少年の父親は、とある銀行に務めていた。父親は休日も夜遅くまで働く、真面目な性格の男だった。母親は、父親との時間が少ない寂しさから、新興宗教にハマった。その事が、父親を家庭から遠ざけた。父親も、母親も、夜になっても帰ってこない生活に、少年は耐える事が出来たが、少年の妹は孤独感にさいなまれていた。少年は、妹の為に出来る事は何でもしたが、妹は段々と生きる気力を失い、不登校になって、引きこもる様になった。


 ある夜、警察が自宅に来た。父親が横領をしていたのだ。父親は、母親との関係に疲れて、会社の同僚と不倫をしていた。父親は、横領した金で、女と海外へ飛ぼうとしていたらしい。母親は、それが切っ掛けで、新興宗教にどっぷり浸かって、家に帰って来なくなった。


 全てが壊れた。妹は自殺未遂を繰り返す様になり、少年は常に家に居ないといけなくなった。


 頼れる親族は居ない。然るべき機関に頼れば良いのだろうが、少年はそれを拒否した。必ず、俺が、妹を立ち直らせる。


 少年は、金を稼ぐ必要があった。そして、少年は、転売ヤーへの道を歩み始めた。


「まあ、ざっとこんな感じかな。今は、ホームヘルパーに、週に4回、家に来てもらってるんだ」

「妹さんは幾つだ?」

「15だよ。最近は笑顔を取り戻してきてる」

「妹さんが16になったら、ウチの家具屋でバイトさせてみないか?給料は、そんなに出せないけど、少しでも社会に関わらせた方が良いと思う」

「助かるよ。妹にも伝えておく」


 俺達は、本当の兄弟の様に、転売ヤーとして、札束で溢れかえったプールを泳ぎ始めた。毎日が楽しかった。


「今日、ウチに遊びに来ない?妹にも会わせたいし、俺の手料理を振舞ってやるよ」

「お前、料理するのか?」

「得意料理は天津飯だよ」

 その日、少年の誘いに乗って、閑静な住宅街に向かった。


「ただいま」

「お兄ちゃん、おかえりなさい。その人が、いつも言ってる人?」

「そうだよ。俺の相棒」

 少年は笑いながら、妹に言った。


「兄がいつもお世話になってます」

「俺が世話してやってんだよ。いいから、リビングに来いよ。今日は兄ちゃんが、お前の好物の天津飯、作ってやる」

「やったあ!」


 家に上がって、少年が料理をしている間、リビングで少年の妹と談笑した。


「君の誕生日は、いつなの?」

「実は、明日なんです」

「それはお祝いしないとな。あいつに伝えてるんだけど、誕生日になったら、ウチの家具屋でバイトしないか?無理にとは言わないけど」

「とても有難いお話です。是非、働いてみたいです」


 少年が、料理を机の上に並べ始めた。


「美味そうだな」

「お兄ちゃんの料理の味は、私が保証しますよ」


 3人で、少年の手料理を食べた。その後、3人で暫く談笑した。21時前になって、俺はおいとまする事にした。


「なあ、また来てくれよ」

「ああ、また天津飯食わせてくれ」

 俺は少年の家を後にした。







 次の日の朝、スマホの着信音で目が覚めた。少年からだった。


「どうかしたか?」

「今すぐウチに来てくれ。妹を頼む」

 切羽詰まった声で、少年は言った。直ぐに通話が途切れた。俺は急いで、少年の家に向かった。


 少年の家の前には、数人の警察官が居た。人集ひとだかりが出来ていて、俺はそこに居た年配の女性に話を聞く事にした。


「何かあったんですか?」

「ここの家の子、転売で捕まったんですって」

「どういう事です?」

「よく分からないんだけど、不正に商品を手に入れてたらしくて」


 例のマンガの販売サイトか……


 俺は、人集りを超えて、少年の家の前まで来た。


「この家には入れませんよ」

 警察官が俺を止めた。


「この家の住人の知り合いなんです。中学生の女の子が居る筈です」

「重要参考人です」

 警察官は、冷たく俺に言った。


「俺が身元引受人になります。彼女は、何処ですか?」

 警察官に、少年と少年の妹が居る警察署を教えて貰って、軽トラで向かった。警察署に駆け込んで、事情を説明する。こちらでお待ちください、と言われて、警察署内の椅子で報告を待った。数時間して、少年の妹が、部屋から出てきた。


「来てくれたんですね。お兄ちゃんが捕まってしまいました」

「大丈夫。初犯だし、未成年だ。重い罪にはならないよ。取り敢えず、俺の家に行こう」


 少年の妹を軽トラに乗せて、家に帰った。両親に事情を説明して、少年の妹を預かる事にした。


「お店を手伝わせて下さい。少しでも恩返しさせて下さい」

 彼女からの言葉に、俺の両親は頷くしかなかった。


 数日後、少年の元へ面会に行った。


「よお、来てくれたのか」

「相棒だからな」

「妹は?」

「今、ウチで預かってる。心配するな」

「本当にすまないな。この恩は必ず返す」

「で、お前はどうなるんだ?」

「留置所に行く事はなさそうだよ。数日で出れる」

「そうか」

「なあ……また俺と札束のプールを泳いでくれるか?」

「ああ。何往復もしような」

 透明な板が俺達を遮っていたが、2人して握り拳を作って、お互いの拳にぶつけるジェスチャーをした。


 少年が出てきたら、もっと稼げる方法を探そう。今度はプールなんかじゃない、札束の海へ繰り出そう。俺は転売ヤー。今日も、高額な商品を売りつける。

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