【いじめられっ子プレジデント】
「おい佐藤!俺達の焼きそばパン買ってこいよ」
「わ、分かったよ……」
いじめっ子の中村君に言われて、僕は購買部に走った。お金は全部僕持ち。僕はいじめられっ子。殴られるのが嫌で、毎日の様に購買部へ走る。
昔から人と関わる事が苦手だった。おっとりとしていて、のろまな僕は、いつも皆に、からかわれていた。いつしかそう言う、からかいは、虐めへと変化していって、僕は学校での居場所を確保する為に、いじめっ子の言いなりになった。
「おや、アンタ、またパシリかい?」
購買部のおばちゃんから、いつもの疑問を投げかけられて、僕は頷いた。
「焼きそばパンを3つ下さい」
「はいよ。360円だよ」
僕は財布の中から1万円札を取り出して、おばちゃんに渡そうとした。すると、おばちゃんは困った顔をして、僕に言った。
「もっと細かいのないかい?お釣りが無いんだよ」
「えーと、ちょっと待って下さいね」
僕は財布の中の小銭を掻き集めて、360円をおばちゃんに手渡した。
「毎度あり。アンタ、
「そうですね」
虐められてる事を気付かせない様に、僕は笑顔で、おばちゃんに言った。
教室に戻ると、中村君はイライラした表情で僕の頭を軽く小突いた。
「おせえーよ、佐藤!」
「ご、ごめんね、中村君」
僕は焼きそばパンを中村君に渡すと、自分の席に戻って数学の宿題を始めた。昼休みの間に仕上げないと。提出は放課後までだ。
「佐藤君、真面目だね。数学の宿題なんて、皆やってないよ」
隣の席の鈴木さんが話し掛けてきた。鈴木さんはクラスの委員長で、成績はトップクラス。人気者で姉御肌。僕の憧れだ。
「鈴木さんは宿題やってないの?」
「私はやってきたよ」
「なんだ!鈴木さんはやってるんじゃないか」
「まあ、委員長だしね。他の人達に示しがつかないじゃない?」
問題集とノートに視線を移動させて、一問一問、噛み締める様に問題を解いた。
「佐藤君、その問題分かるの?そこ、まだ習ってない所だよ?」
鈴木さんと会話してて、嬉しくなった僕は、いつの間にか次のページの問題を解いてしまった。慌てて、鈴木さんに言い訳をする。
「あ、うん。家庭教師の先生に教えて貰ったんだよ」
「そうなんだ!佐藤君って頭良いもんね」
「僕は、そんなに成績良くないよ。鈴木さんは、いつもトップクラスで凄いよね」
「えとね……」
鈴木さんは、言葉を選ぶ為に、視線を左上に向けて、少しの間、考えた後に僕に言った。
「なんて言うのかな……テストの点じゃなくて、日頃の考え方とか、意見とかが、凄く大人っぽくて知性的に見えるんだよね」
ドキっとした。それは、恋の予感の様に甘酸っぱい物ではなくて、隠し事がバレそうになった時の不安な気持ち。
「そんな事ないよ。あ、そろそろ昼休み終わるね」
「そうね。佐藤君、また話しましょう」
「うん」
なんとか誤魔化せたかな?僕は安堵の溜息を
放課後、中村君達に掃除当番を押し付けられた僕は、一人で教室の掃除をしていた。誰も居ない教室で、黙々と机や椅子を運んでいると、胸ポケットに入れた携帯が鳴った。
チラっと、発信元を見て、僕は溜息混じりに通話のボタンを押した。
「もしもし、社長……」
「ねえ、この時間には掛けてこないでって言ったよね?」
「大変、申し訳ございません」
「どうしたの?」
「実は昨日、社長に書いて頂いたプログラムのコードを理解出来る社員が少なくて……お手数ですが、一度、社員に説明して頂けませんか?」
「確かに、あのコードは難しいけどさ……分かったよ。社員の皆の成長が最優先だ。長期的に見れば、必要な事だよね。ありがとう。帰宅したら、いつもの様に顔を隠してテレビ会議に出るよ」
「ありがとうございます、社長」
「用事は、それだけかな?」
「緊急性の低い用件で、申し訳ございませんでした」
「いいよ。仮にも僕は社長だし。あ!そうだ!あまり、社員の皆に残業させないでね。最近、残業の量が多いよ。そう言う管理も田中さんの役割の一つなんだから」
「承知致しました」
じゃあね、と電話を切った時、背後に気配を感じた。慌てて振り向くと、鈴木さんが立っていた。
「佐藤君?今の電話って何?」
「え……あー、バイト先の後輩からだよ」
「『社員の皆』が、どうのこうの言ってなかった?」
「えーと、えーと」
ヤバイ……誤魔化しきれないかも知れない。
僕は、とあるプログラミング開発会社で、社長をしている。中学生の頃に、開発した「スマホで、買った商品のレシートを撮る」と、その人の
僕は学生である事を隠している。学生である事がバレれば、社員のモチベーションが下がるかも知れない。学生に雇われる事を良しとする人は多くないだろう。実務や会社の顔として、父親の友人である田中さんに協力して貰った。僕は社員にすら顔を知られない、一介のプログラマーとして、偶にテレビ会議に出る。社員達には、社長のお抱え凄腕プログラマーだと思われてるみたいだ。
「佐藤君って社長なの?」
「えーと、えーと」
「なんて会社?」
駄目だ。誤魔化しきれない。僕は白状する事にした。
「誰にも言わないって約束してくれる?」
鈴木さんに、事情を説明すると、鈴木さんは何度も驚いて、息を呑んでいた。
「佐藤君って、あのベンチャー企業の社長だったんだね!」
「まさか、信じるの?」
「私、佐藤君が嘘をつく時の癖、知ってるんだ。だから、佐藤君が言ってる事が本当だって分かるよ」
「え?僕ってそんな癖あるの?どんな癖?」
「内緒だよ」
「えー!教えてくれよ」
「良い事聞いちゃったな!佐藤君は社長さんかあ〜!じゃあ、掃除手伝うから、帰りにアイスクリーム奢ってよ!」
「
「口止め料じゃない」
「ちぇっ。分かったよ」
鈴木さんに手伝って貰って、数分で掃除を終わらせた。帰りの方向が一緒で、降りる駅も一緒だった。駅の中のアイスクリーム専門店に、二人で入った。
「今日、暑いから、丁度アイスクリーム食べたかったのよね」
「今回だけだからね!」
「そうはいかないわよ〜!」
「えー、止めてくれよ」
鈴木さんは、どれにしようかな〜、とショーケースにカラフルに展示されている商品を見つめた。
「佐藤君は何にするの?」
「僕はバニラかストロベリーにするよ」
「そんなスタンダードなフレーバーより、ちょっと変わったフレーバーの方が良くない?」
「僕は変わり種は嫌いなんだよ」
「私は、このパッションオレンジソルベにする!」
「いいよ。サイズは?」
「勿論、Lサイズ!」
店員さんに、注文を伝えて、レジでクレジットカードを出す。
「金持ち〜!ガンガン集る事にするね!」
「も〜!分かったよ!いつでも言って」
やったー!と鈴木さんが喜んでいるのを見て、微笑ましくなった。これが中村君だったら、多額の金銭を要求される所だ。500円もしないアイスクリームを、美味しそうに、プラスチックのチープなスプーンで
「ねえ、佐藤君って、ひょっとして、いつもテストで手を抜いてる?」
「手を抜いてる……と言う訳じゃないよ」
「でも、賢くないとプログラミングって出来ないんでしょ?」
「あー……プログラミングって、勉強は、そんなに関係ないよ」
「そうなんだー!」
雑談を終えて、じゃあね!と鈴木さんが手を振った。僕も、じゃあ、と手を振って別れた。早く家に帰って、テレビ会議に出ないと。
次の日、また中村君に「焼きそばパン買って来いよ」と言われて、僕は購買部に走った。
「焼きそばパンを3つ下さい」
「あら!また、アンタかい?いつもご苦労さまだね」
購買部のおばちゃんは、やれやれ、と言った表情で焼きそばパンをカウンターの上に置いた。
「はいよ、360円だよ」
僕は財布の中から1万円札を取り出して、おばちゃんに渡そうとした。
「ダメダメ!釣り銭を切らしてるんだ。1000円札ないのかい?」
「ないんです」
「友達にお金借りてきな」
完全に僕のミスだ。普段、カードで支払いをするので、キャッシュを下ろす時は、まとめて5万円くらい下ろす。小銭がない。
慌てて教室に戻ると、中村君が怒りの表情で僕に言った。
「おい!佐藤!てめえ、なんで焼きそばパン買ってきてねえんだよ!」
「ごめん、中村君。お金がなくて」
「ふざけんなよ!舐めてんのか!」
中村君は拳を握りしめて、顔を真っ赤にして僕に近付いてきた。
「止めなさいよ!」
鈴木さんが止めに入った。
「なんだよ、委員長!これは俺と佐藤の問題なんだよ」
「馬鹿じゃないの?ただの虐めじゃない!」
「虐め?違うよな?佐藤。俺ら『友達』だよな。たまたま佐藤が金持ってて、俺らに奢ってくれるって言ったんだよな?」
どうしよう……このままだと、鈴木さんが虐めの標的になってしまうかも知れない。
「そ、そうだよ、鈴木さん。中村君の言う通りだよ」
「佐藤君も馬鹿ね!そろそろ限界よ!先生に言いつけてやろうかしら?」
鈴木さんはズカズカと、僕と中村君の間に歩いてきて、僕を
「中村!もう我慢出来ないわ!あんたの根性、叩き直してやる!」
鈴木さんはファイティングポーズを取った。
「へえ?委員長。俺とやろうってのか?」
中村君はボクシング部のエースで、地区大会優勝経験もある。ゆっくりと、中村君もファイティングポーズを取った。
僕は慌てて2人を止めようとした。
「は?」
中村君は驚いて、もう一度、両手を顔の近くに構えた。その隙間を
「鈴木、てめえ!」
「たかだか地区大会優勝くらいで、調子に乗らないで欲しいわね」
中村君が右ストレートを鈴木さんに放った。それをギリギリで
中村君が仰向けに倒れた。完全にノックアウト。
信じられない光景に、クラスメイトからは拍手喝采。中村君の取り巻き達が、中村君を背負って保健室へと連れて行った。
「す、鈴木さん、ありがとう」
「あー、もう!ずっと隠してたのに!佐藤君の
少し照れながら、鈴木さんは僕に言った。
「私の家、ボクシングジムなのよ。小さい頃から仕込まれてて、高校を卒業したら、プロになるつもりなの。あーあ、皆には内緒にしてたのにな。姉御肌の委員長キャラで通してきたのに、これからは暴力女キャラだよ。責任取ってよね、佐藤君!」
その日の放課後、鈴木さんと一緒に帰った。
「今日もアイスクリーム奢ってよ」
「良いけどさ……体重制限とかないの?」
「上の階級にしたいから、少し太らないといけないのよ」
笑いながら、鈴木さんは言った。
二人で前と同じ様に、アイスクリーム専門店へ入った。僕はバニラアイスを、鈴木さんはラムレーズンを頼んだ。
「鈴木さん、本当にありがとう。鈴木さんのお陰で、先生達に虐めの事が伝わったみたい。どうなるかは分からないけれど、一歩前進したよ。これからは、あの地獄から抜け出せそう」
「ねえ、佐藤君。お礼に、もし私がプロになったら、スポンサーになってくれる?」
「勿論だよ」
「あと、もう1つお願いがあるんだけど」
「何?」
鈴木さんは、少しだけ照れくさそうに言った。
「私と付き合ってよ」
突然の告白に、僕は
「いやいやいやいや、僕と?お金が目当てなの?」
僕は、動揺して、思わず右手を左右に振った。
「正直、お金が目当てってのはある!でも、前から佐藤君の事が良いなって思ってたのよ。どう?いじめられっ子プレジデント。私は良いボディーガードになるわよ?」
「ぼ、僕は鈴木さんの事、そんな風には見てないよ」
「嘘ね」
「な、なんで分かるんだよ」
「前に言ったじゃない?佐藤君が嘘をつく時の癖の話。佐藤君、嘘をつく時は、眉毛がピクピク動くのよ」
僕は両手で自分の眉毛を触った。ピクピク動いてる。
「どう?私の渾身の告白。右ストレートより強烈でしょ?」
鈴木さんの微笑みに、僕は完全にノックアウトされた。
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