【ボイスチャットで聞かせて】
クラスメイトの殆どは、俺の隣の席に居る、
彼女は失語症なのだろうか?しかし、彼女の唯一の友人とも言える、
一方的に田村さんが、東屋峰子に話し掛けて、東屋峰子はレスポンスとして、首を縦に振ったり、横に振ったりしていた。彼女が口を開くのは、お弁当を口の中へ運ぶ時だけだった。
俺の名前は
彼女の声を、初めて聞いたのは、1ヶ月前くらいの事だ。夜中だった。俺は、寝る前、いつも暇潰しに、個人がやっているオンラインラジオを聞いている。大手配信者の配信は、あまり好みではない。聞きながら、ゆっくりと眠れる、落ち着いた声の配信が好きだ。その夜も、いつもの様にスマホのアプリを起動させて、お気に入りの配信者の声を聞いて、眠ろうと思っていた。中々、配信が始まらなくて、その配信者のTwitterアカウントを覗くと、「風邪を引いてしまったので、今回の配信はお休みします」とツイートしてあった。
残念だ。そのまま眠っても良かったが、これを機会に、他の配信者の配信でも聞いてみるか、と思い立って、様々な配信を聞いて回った。
明るく話す配信、これはダメだ。テンションが上がって、眠れなくなる。リスナーが少なすぎる配信。これもダメだ。沈黙が多い。
中々、好みの配信者に出会えなくて、諦めかけていた、その時、『病み猫』と言うアカウントの配信者を見つけた。クリックすると、とても落ち着いた低い声で、優しくリスナーに話し掛ける女性の配信だった。
この配信者、良いな。俺は、この配信を聞きながら、眠る事にした。病み猫の声を聞いているだけで、とてもリラックス出来た。
病み猫が、リスナーから「最近、何か面白い事はありましたか?」と言う、コメントでの質問に、うーん、と少し悩んで、「最近、本で読んだ、『チンパンジー問題』って言うのが面白かったよ」と答えた。
彼女は話を続けた。
「例えば、『世界中の1歳児の中で、なんらかの病気に対して予防接種を受けている子供はどのくらいいるでしょう?』と言う問題。
(A)20%
(B)50%
(C)80%
さて、答えはどれでしょう?」
病み猫の配信にいる、十数人のリスナーの大半は、Aの20%を選んだ。俺も、同じ様に、Aだな、と頭の中で回答した。
「答えはね、Cの80%なんだ。他にも問題は沢山あるんだけど、様々な国の、様々な分野の人物に出題したら、平均正解数は3分の1を切ったんだって。人は色々な本能や、思い込みで、間違えてしまうみたい。世の中はどんどん良い方向に向かっているのに、まだまだ世の中は悪い状態だって信じるんだね。こう言う問題なら、チンパンジーに適当に選ばせた方が、3分の1で正解するから、チンパンジーの方が賢くなる問題。これが『チンパンジー問題』なんだ。どう?面白いでしょ?」
とても興味深い内容に、俺は、病み猫の配信にハマってしまった。その日は、病み猫が配信を終えるまで、ずっと聞いていた。病み猫の配信は、リスナーとのやり取りを大事にしていて、穏やかな空気感に、彼女の落ち着いた声がマッチしていて、とても心地良かった。
次の日、登校すると、友人が「数学のノートを写させてくれ」と、頼み込んできた。良いよ、と応えて、彼にノートを渡す。彼は俺の席の隣で、必死にノートを写し始めた。
「なあ、お前、世界中の1歳児の中で、なんらかの病気に対して予防接種を受けている子供はどのくらいいると思う?」
「んー?なんだよ、急に」
「良いから答えろよ」
「さあ?多分、アフリカとかじゃ、予防接種も受けられない子供が多いんだろ?20%くらいなんじゃないか?」
「やっぱり、そう思うよな」
「なんなんだよ」
「いや、気にしないでくれ」
俺は、自分の席に座って、スマホで『チンパンジー問題』を検索した。
ふと、視線を感じて、隣を見ると、東屋峰子が、少し驚いた目をして、俺を見つめていた。
「東屋、何か用か?」
俺からの問い掛けに、東屋峰子は、無言で、首を横に振った。
その日の夜も、病み猫の配信を聞いた。ベッドで横になりながら、スマホの画面を見つめる。配信が始まって、10分くらいした頃、病み猫は嬉しそうな声で、言った。
「今日ね、凄く驚いた事があったの。昨日の配信で話した、『チンパンジー問題』をね、隣の席の男の子が、話題にしてたんだよ」
俺は驚きの余り、ベッドから飛び起きた。まさか、そんな訳はない、偶然だろ、と思って、配信のボリュームを上げた。
「その子ってね、いつも明るくて、友達に囲まれてて、私の憧れなんだ。ボサボサの髪型にフレームが細いメガネの男の子」
ボサボサなのは、朝、中々起きれないからだし、黒縁メガネを掛けてたけど、当時の彼女に似合わないって言われたんだよ!
思わず、スマホに話し掛けそうになって、俺は確信した。病み猫は東屋峰子だ。あずまやみねこ、あずまやみねこ、あずま「やみねこ」。なるほど、そういう事か。
「いつか、学校でも、話が出来る様になれば良いな。まだ、その勇気が出ないよ。皆は、どう思う?」
病み猫……いや、東屋峰子は、少し落ち込んだ声で、リスナーに話し掛けた。リスナーは、無理しなくていい、いつか声を出せる様になるよ、とコメントしていた。
俺は訳が分からなかったので、彼女にコメントで、聞いてみる事にした。俺のユーザー名は『マミー』。間宮祥一郎の、『間宮』から
「初めまして。いつも楽しく配信を聞かせて頂いてます。最近、病み猫さんの配信を聞く様になったのですが、病み猫さんは、学校では声を出さないのですか?」
コメントし終えて、病み猫の回答を待った。
「マミーさん、コメントありがとう。少し暗い話題になるけど、大丈夫かな?」
はい、是非聞かせてください、と俺は素早くコメントを打った。
「ウチのリスナーは、皆、知ってるんだけど、私って声が、女性にしては低いでしょ?これが原因で、中学生の頃にからかわれて、軽く虐められた事があるの。凄くショックだったし、コンプレックスになってしまったわ。そのトラウマがあるから、大勢の前で声を出せなくなってしまったのよ。学校で話が出来るのは、保険医の先生と、中学からの親友だけ」
そうか……そんな事があったんだな。俺は、同情の気持ち以上に、彼女の力になりたい、と言う感情が芽生えたのを感じた。
それから、毎日、病み猫の配信に通った。いつしか、俺と病み猫……東屋峰子は、心の距離を縮めて、2人でオンラインゲームをしたり、メールのやり取りをする様になった。
ある日、病み猫が、マミーとなら、話が出来るかも知れない。今度、ボイスチャットでもしない?と、メールをくれた。俺は困った。そもそも、多分、病み猫は、俺の事を女性だと思ってるだろうし、実は、いつも隣の席で、最近、お前の事ばかり考えてる、バカな男子高校生だとは、思いもしないだろう。
俺は完全に、東屋峰子に惚れていた。
このまま、生温い関係でいたくない。俺は、東屋峰子に告白する事にした。その日の夜、ルーズリーフに、ありったけの想いを込めて、文章にした。
次の日、朝早くに、誰も居ない教室に入って、東屋峰子の机の中に、昨日、
登校してきた東屋峰子が、机の中のルーズリーフに気付いて、中身を読んだのを確認した。俺は変な汗を
昼休みのチャイムが鳴って、俺は校舎裏へと走った。これ以上、この空気に耐えられない。振られる予感がした。少しでも、俺に好意があるなら、無表情でなんて、居られないはずだ。
10分程、待っていると、東屋峰子がやって来た。俺は彼女を正面に見据えて、全てを告白した。
「東屋!実は、前からお前の事が好きだった!後、酷いと言われるかも知れないけれど、いつもお前の配信を聞いている、マミーって俺なんだ。偶々、お前の配信を見つけた。そして、お前の配信を聞いていて、益々、好きになってしまった。もうこれ以上、嘘を
真っ直ぐに、東屋峰子の目を見つめた。東屋峰子は、大きく深呼吸を始めた。
小さな声で、東屋峰子が言った。
「実は、マミーが間宮君なら良いな、って思ってた。私も間宮君が好き」
言い終えて、東屋峰子は青い顔になった。限界が来たんだろう。
「ありがとう、東屋。今は無理に話そうとしなくていい。今夜、ボイスチャットで聞かせてくれ」
回答として、東屋峰子は笑顔で
俺は東屋峰子の声を知る、数少ない人間の1人。そして、今日からは、東屋峰子の彼氏になる。今夜、病み猫の配信は盛り上がるだろう。俺は、配信を早く聞きたくて、ウズウズした。
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