【かつて魔王だった君へ】

 かつて勇者だった俺は幾多の困難を乗り越えて、何度も人々を救った。魔王を倒した後、眠るように天寿を全うし、俺はこの世界に転生することとなる。普通の男として生まれ変わった俺は、憧れの平民ライフを送る事にした。


 幼少の頃から、前世の記憶があったので成績も運動も得意だった。古代魔法を覚える為に通った王立図書館での勉学!モンスター群れに追い掛け回されて鍛えた脚力!その前世での全てが今の俺の人生をイージーモードにしてくれた。


 このまま人生を送り、楽しく暮らしていこうと思っていた高校の入学式。俺はアイツと再会する事になる。




「はーい!じゃあ、皆、黒板の前に立って、自己紹介して!」

 担任の女教師の言葉に従って、クラスメートが一人一人、挨拶を始める。得意なスポーツだとか、入りたい部活だとか、人見知りそうな子は名前だけとか、挨拶ひとつ取っても十人十色。高校生活も明るくて楽しいものにしたいな、と思っているとロングヘアの美少女が黒板の前に立った。クラスメートがざわつく。アイドル級の可愛いらしい顔をしてるな~、と思いながら、俺は彼女の挨拶を待った。


「皆の者、我と同じクラスになれた事を誇りに思うが良い……」

 その発言に、先ほどのざわつき以上の声が聞こえる。な、なんだコイツ?


「我は!魔王ジェイスの生まれ変わり!杉村すぎむら真緒まおである!」

 俺は、その発言を聞いて、即座に机を蹴って黒板の前に移動した。そのまま、杉村真緒と自己紹介した女の子の手をつかんで教室を飛び出す。


「な、な、何をする、小僧!」

「うるせえ!良いから来い!」

 校舎裏に杉村真緒を引っ張って、周りに人が居ない事を確認してから、俺は小声で言った。


「お前、頭おかしいのか?前の世界と違うんだ!この世界じゃ、魔法も使えないし、お前の部下だって居ない。ただの中二病患者にしか見えないぞ?」

「……?」

「なんで理解出来ないんだよ、魔王ジェイス!俺だよ、俺!」

「お、お、お前、まさか勇者クロードか!?」

「そうだよ!絶対、他の奴に言うなよ!」

 魔王ジェイス……前世で俺が戦った魔王。まさか、こいつもこの世界に転生してくるなんて。


「クロード……本当にお前、クロードなのか?」

「何か質問してみろよ」

「お前の出身地」

「ハーミット村」

「仲間の名前」

「大剣豪ハザマ、大魔導士コット、神聖魔法使いルア、僧侶リリアナ」

「むむむ……」

 手をあごにやって、しばらく考えた後、杉村真緒は俺に飛びついてきた。


「うわーーーーん!クロードぉ!久しぶりだな!」

「なんだなんだ!?」

「この世界では誰も我の事を知らず、とても寂しかったのだ!我は中学二年の頃に記憶を取り戻し、普通にしているだけなのに『中二病患者』とののしられ……」

「分かった、分かった!分かったから離れろ!」

 俺の言葉に杉村真緒は冷静になったのか、一定の距離を取った。


「まあ、そういう事だから、お互いにこの事は内密にして、知らないふりをしようz……」

 いきなり、杉村真緒の拳が俺の頬をかすめた。


「クロード……今世でこそ、決着をつけようぞ!」

「だーめだ、こりゃ」

 この日から、俺、村田むらたいさむと、杉村真緒の戦いの火蓋は切って落とされた。




「図書委員!?何故、われが貴様とそんな係をせねばならんのだ!」

「馬鹿!じゃんけんで負けたんだから仕方ないだろ!」

「あんな稚児ちごの遊び……ちゃんとした勝負で地位や役職を決めるのが普通ではないのか!」

「だ!か!ら!前世とは違うんだよ!従え!」

「嫌だ!嫌だ!」

 杉村真緒は駄々っ子の様に地団駄を踏んだ。


「ま、まあ、あれだ。王立図書館の司書みたいなもんだぞ?光栄じゃないか!」

「お!そうなのか?」

「そうだよ!だってウチの高校の図書館は県内でも随一なんだぜ?」

「ほう……」

「な!やる気出てきたか?」

「うむ……では、その任務を果たしてやるか!行くぞ、クロード!」

「その名前で呼ぶな、馬鹿!」

 俺は杉村真緒の頭を思いっきりぶん殴った。





「おい!クロード!ここには魔導書がないではないか!」

「ふざけんなよ!そんな物騒なもん、あるわけねーだろうが!」

 つかみ合いの喧嘩を始めようとした瞬間、図書委員長に、静かになさい!と怒られる。俺達はその迫力にビビって、借りてきた猫の様におとなしくなった。


「おい、あの女から大魔王様並みの覇気を感じたのだが」

「そ、そうだな。あの先輩にだけは逆らわないでおこうな」

 俺達二人して無言でうなずいた。





「なあ、村田。お前、杉村さんと仲良さそうだけど、付き合ってんのか?」

 体育の授業中、クラスメイトが素朴な疑問、って感じに聞いてきて、俺は首をブンブンと横に振った。


「付き合う訳ねーだろ、あんな中二病患者!」

「でも、顔も良いし、頭も良い。更にスポーツも得意そうだし、割と人気あるみたいだぜ?」

「マジかよ。皆、見る目ないな」

「やっかまれないように気を付けろよ」

「おう」

 クラスメイトからの忠告を聞いて、俺は杉村真緒と距離を置くか、と考えていると、おおー!と言う歓声が聞こえてきた。目を歓声が沸いた方向へ向けると、バレーボールの授業で杉村真緒が大活躍している所だった。


 まあ、よく考えれば前世、魔王だった訳だし頭が良いのも運動が得意なのも頷ける。杉村真緒は相手のサーブを何度も拾い、強烈なスパイクを相手の陣地に叩き込んでいた。男女混合のチーム戦。次の相手は俺のチームだ。


「きたか……クロー……じゃなかった、村田勇!」

「お、おい、杉村。お前、何企んでるんだ」

「今日こそ決着をつけてやる!」

 ゲームスタート。開始早々、杉村真緒は、やたら俺を狙ってサーブやらスパイクを打ち込んできた。それを返しながら、執拗な攻撃に段々と腹が立ってきて、俺は叫んだ。


「おい!杉村!てめえ、覚悟しろよ!」

 俺は目一杯、力を込めて杉村真緒にサーブを叩きつけた。ボールが杉村真緒の顔面に直撃。俺は思わずガッツポーズをした。


「ほう。なかなかやるではないか」

 杉村真緒は、邪悪な微笑みを浮かべながら、サーブ位置に立った。


「紅蓮の炎よ……顕現けんげんせよ。灰塵かいじんと化せ!いくぞ!魔炎刃インフェルノ!!!」

 呪文詠唱!?俺は驚きながら、杉村真緒が放ったサーブを返そうとした。すると手元でクイッと球筋が変化して、上手く返す事が出来なかった。


「ふははははは。こんな球も返せないのか」

「……」

 今度は俺のサーブの番だ。


「光の波動よ……闇を照らせ!食らえ!光華球ライトボール!!!」

 俺の放った球は無回転でユラユラ揺れながらも、かなりのスピードで杉村真緒の手元へと飛んで行った。それを必死で返そうとして、杉村真緒は転んだ。


「はははは。ざまあみろ」

「……」

 その後も呪文を唱えながら、何度もサーブやスパイクの応酬をしていると、周りがザワザワとし始めた。


 授業が終わる頃には、俺達二人は「中二カップル」という渾名あだなで呼ばれるようになってしまった。




 不覚……あの女に乗せられて、まんまと俺まで中二病患者の汚名を着せられてしまった。少し落ち込みながら、放課後、教室の掃除を始める。同じ掃除のグループに杉村真緒が居て、俺は関わらないでおこうと、そっぽを向いた。


「おい、村田勇!何故、我から目を背ける!」

「……」

 無視だ、無視。


「おい!おい!」

「……」

 無視……無視……。


「そっちがその気なら、こちらにも考えがあるぞ?」

 鋭い殺気を感じて、思わず振り向くと、モップの柄の部分が俺の頭を掠めた。


「こ、殺す気か、お前!」

「かかってこい、村田勇!今日がお前の命日だ!」

「やってやるよ!この中二病患者!」

 俺もほうきで対抗する。柄の部分同士がぶつかる度に、バンバンと激しい音を鳴らす。ここいらで、しっかりと分からせてやる。


 力を貯めて、俺が箒を振りかざそうとした瞬間、図書委員長が部屋に入り込んできた。


「なにやってるの!あんたら二人、早く図書委員の仕事しなさい!」

「「はい!」」

 俺達は直ぐに姿勢を正して、真面目に掃除を始めた。







 図書委員の仕事を終えて、鞄を取ろうと教室に向かっていると、杉村真緒が教室の前で固まっているのが見えた。何だろうと思って近づくと、教室から女生徒の声が聞こえてきた。


「ねえ、あの杉村真緒って子、ウザくない?」

「だよね。なんかキャラ作ってるっていうか」

「村田くんにも色目ばっかり使ってるし」

 杉村真緒は傷ついた顔をしていた。それを見て、俺はバン!と教室のドアを開けて言った。


「丸聞こえだよ。高校生にもなって恥ずかしくないのか」

 俺の低い声を聞いて、女生徒達は蜘蛛の子を散らす様に教室を出て行った。


「おい、杉村。あまり落ち込むなよ」

「……我はこの世界でも忌み嫌われるのか」

 落ち込んでいる杉村真緒に、俺は優しく声を掛けた。


「なあ、今日は一緒に帰ろうぜ。途中でアイスクリームでも奢ってやるよ」

「ハーゲンダッツのストロベリー味が食べたい」

「お前、割と元気だろ?」

 二人して、駅まで帰っていると、クラスメイトに「よっ!中二カップル!」と揶揄からかわれた。


「お、お前の所為せいで俺まで中二病患者認定だよ!どうしてくれんだよ!」

「むむむ……しかも『カップル』とはな。わ、わ、私はそれでも構わんがな!」

 杉村真緒は顔を真っ赤にしながら、ハーゲンダッツを口にした。


「何照れてんだよ」

「五月蠅い」

「まあ、『中二病』ってのはいただけないが、カップルってのにはなってやらんでもないぞ?」

「ほ、ほんとか、クロード!」

「勇者に二言はねえよ」


 俺は、そっと杉村真緒の手を握った。

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