【悪魔のオークション】‪‪❤︎‬


 そのオークションサイトでは何でも買えた。例えば、ゲームのアカウントや、免許の点数、誰に投票するかといった権利まで、何でも買えた。最近、私が買った物で高価な物と言えば「世界的に有名な女優のキス」だ。今日も私は、サイトに目を通す。この世界は、狂っていて面白い。


「処女売ります」

「臓器売ります」

「国籍売ります」


 金に困った人々は、明日を生きる為に何でも売った。まがい物も多かったが、金さえあれば大抵の物は買える。一部の富裕層は、そのオークションサイトを使って、自分達の生活に彩りを加えていく。それは綺麗な色ではなかったが、とがめる者は、誰も居なかった。


 何か面白い商品は出ていないかな、とPCの画面をクリックして、私はふと目を留めた。


「僕の人生を買ってください」


 商品詳細の欄をクリックして、私は、これは面白そうだぞ、と目を皿にした。売りに出したのは、12歳の少年。


『あなたの望みの人生を歩みます。条件は、生命活動を止めるなどの、危険な行為を行わない事、法律と倫理を守ってくれる方のみ、ご購入ください。ノークレームノーリターンで、お願いします。』


 値段は高かったが、少年を見て、私は直ぐに購入を決めた。この商品は掘り出し物だ。


 オークションで競り勝って、かなりの大金を支払ったが、私は少年を手に入れた。初対面の時、少年は緊張の所為せいか、震えながら、深々と頭を下げた。


「ご主人様、これから、よろしくお願い致します」

「ご主人様と呼ぶな。私の事は父と思え。手続きもしてある。緊張しているな?別に取って食おうと言う訳ではない。リラックスしたまえ」


 サイトで確認したが、少年は美しい顔立ちをしていた。髪は長くつややかで、瞳は宝石の様に輝いていた。応接室に少年を通して、メイドに飲み物を頼んだ。


「君には、最高の男になってもらう」

「最高の男……ですか……?」

 少年は、戸惑いの色を瞳に浮かべた。


「まずは勉学。そして体力だ。取り敢えず、君には、近くの進学校に通ってもらう。帰宅したら、一日六時間は勉学、二時間は運動して貰うぞ」

「僕は、それで構いませんけど……むしろ、感謝したいくらいなんですが……」


 コンコン、とノックが鳴って、メイドが紅茶と茶菓子を持って入ってきた。


「まあ、少しゆっくりしようじゃないか」

 紅茶を飲みながら、私は少年と会話を始めた。少年は、徐々に緊張が解けてきたのか、表情の強ばりが無くなってきているようだった。


「何故、自分の人生をオークションに掛けようと思ったんだ?」

「僕は、孤児院で育ったんです」


 少年は、自分を競りに掛けた理由を話し始めた。孤児院では、13歳になると出ていかなければならない事、まるで母親の様に接してくれた院長の事、家族の様な仲間達の事、孤児院の経営状態が悪化した事。せきを切ったように話し始めた少年は、ようやく全てを話終えると、冷たくなった紅茶を口に含んだ。


「なるほど。君は素晴らしい精神の持ち主の様だな。君を買って良かった。知性は後からでも身に付くが、感性や魂は先天的な物だと私は考えている」

「ありがとうございます」


 少年との会話は楽しかった。少年は頭が良い。私は頭の悪い人間との会話が、この世で一番嫌いだった。本当に良い買い物をしたぞ。私は腹の中で高笑いをした。


 少年は進学校に通い始めて、必死で勉学を学んだ。私は、特に理数系の勉学に力を入れろと命令したが、少年の能力は、文系に秀でていたようだった。それでも、私の言う通りに、理数系の科目を死ぬ気で学んで、少年は学年一位の座を、誰にも譲らないまでに成長した。


 部活動はヨット部に入った。上下関係の厳しい部活を選びなさい、と言う私の言付けを守って、少年はラグビー部とヨット部で迷った末に、ヨット部を選んだようだ。理由を聞くと、顧問の先生が学校で一番厳しいと評判だったからです、と真っ直ぐな瞳で答えた。


 恋愛を覚えなさい、と言った次の日に、彼女が出来ましたと言ってきたのには、驚いた。少年は性格も顔も良く、頭も良い。私が、そう育てた。だが他人から、しかも異性という厳しい目から見ても、魅力的に育った事が証明されて、私は歓喜した。いいぞ、この調子だ。少年に女性とは一年だけ付き合って、相手を骨抜きにしてから、次の恋愛を始めろと命じた。少年は素直に従った。


 少年が大学に進学する事が決まった日、私はそれなりの額の金を渡して、一人暮らしをする様に命じた。週末は屋敷に帰って来る事、仕事をする事を条件に加えた。


 少年は青年になった。


 青年は大学で医学を学んだ。本当は経営学を学びたい様だったが、これからの時代は手に職を付けておいた方が良いと、私は青年を説得した。青年にタキシードを着せて、社交界デビューをさせた。青年はそこで知り合った淑女達しゅくじょたちと、何度も浮名うきなを流した。


 私は、青年に社交界に来る、とある女性を落とす様に命じた。出来る事なら、婚約を取り付けてこいと言った。青年は任せてください、と言って、女性に近付いた。苦戦した様だが、半年後、青年は女性と婚約した。


「僕の後見人として、向こうの両親に挨拶して頂けませんか?」

「当然、行かせて頂くとも」





 遂にこの日がやってきた。





 会食は星付きのレストランで行われる事になった。私は特注のスーツを来て、わざとレストランに遅れて行った。


 部屋に入ると、向こうの両親が頭を下げた。私は軽く会釈をして、お久しぶりですね、と声を掛けた。向こうの母親が、動揺して、椅子から立ち上がった。


「そんな……あなたは……」





 別れた妻だ。




 私を裏切って、私の娘と共に、若い男と逃げた女。毎夜毎夜の悪夢の原因。この日が来る事を、どれほど待ち望んでいただろうか。


「少し失礼します」


 元妻は、レストランを出て行った。私は、ゆっくりと席に着き、食事を堪能たんのうした。これ程美味い食事をしたのは、一体、いつぶりだろうか。復讐と言う名のソースは、とても甘美だ。


 向こうの両親は、と言うよりも、別れた妻は破談にしたい様だったが、娘は結婚出来なければ、死ぬとまで言った。完璧だ。私は達成感で震えた。青年は娘と結婚した。結婚式に、別れた元妻は出席しなかった。


 私の養子と娘が結婚したのだ。間接的に私は親権を取り戻した。あまりの出来事に、プライドの高い元妻は、自責の念に駆られて、とうとう自殺した。私は復讐を果たした。


 青年に、全てを話す事にした。復讐を成し遂げた私には、もう何もかもが不必要だった。後は青年の自由に生きるのが良いだろう。私は週末の夜、帰ってきた青年に、どうして青年を買ったのかを告白した。


「私は復讐の道具だったんですね」

 青年は涙を浮かべながら、私に言った。


「今でも貴方を、本当の父親だと思っています。私の人生は、13歳の時に終わる筈でした。復讐の道具だとしても、貴方と過ごした十数年は、決して悪い物ではなかった。私に取って、貴方は神にも等しい存在でした」

「私はそんな清廉潔白せいれんけっぱくな人間ではないよ。私は神ではない。悪魔だ。君を競り落としたあの日から、私は悪魔なんだよ」


 私は、机の上にあるファイルから、書類を取り出して、青年の前に放り投げた。


「私の全財産を継いでくれ。そして、叶うなら、娘を幸せにしてくれると嬉しい」


 もういいだろう。この人生に悔いはない。


 引き出しに仕舞ってあった拳銃を、こめかみに当てて、私は最期の言葉を、青年に投げ掛けた。


「息子よ、どうか幸せに」





 乾いた音が鳴った。

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