【ナイトメア・ファーム】
睡眠障害を患っている私は、
もう一度、眠れるだろうか?私は少しの焦燥感を抱きながら、寝室に戻った。眠れなくても、目を閉じて横になるだけでも、起きているより、かなりマシらしい。
目を閉じて、十数分した頃、やはり眠れないな、と思って目を開けた。すると、私は何かの気配を感じて、寝室の床に目をやった。
そこに丸々としたフォルムの化け物……獏が居た。
驚いて、私はベットから飛び起きた。
「こんばんは。いや、おはようございます?かな?驚かせてごめんなさい」
獏は優しく私に話し掛けてきた。
「貴方って獏よね?信じられない。本当に居たんだ」
「わあ!直ぐに理解してくれて嬉しいよ。そう、僕は獏。悪夢を喰らう存在」
「私の悪夢を食べに来てくれたの?」
私は、自分の『眠りたい』と言う望みが叶うかも知れないと思って、獏に、願いを込めて尋ねた。
「君の夢からは、とても美味しそうな匂いがするね。是非、ご馳走になりたいな」
丸々とした可愛らしいフォルムからは、想像も付かない、似つかわしくない低い声で獏は言った。
「眠れる様になるかしら?」
「君の不眠症は不安からくる悪夢が原因だよ。僕が眠らせてあげる」
獏は優しく
一瞬で朝になった。頭がスッキリしている。こんな感覚は
出社して直ぐに、会議が始まった。昨日までは眠気に襲われて、苦痛で仕方なかったが、今日は、どんどんとアイデアが浮かんで、会議で様々な提案をした。上司から褒められて、私は有頂天になった。
昼休みになった。いつもは昼寝をして過ごしていたが、同僚とランチに出掛けた。充実している。睡眠とは、これ程までに大切な物だったのか。
その日、充実した1日を過ごして、私は逆に怖くなった。今日は眠れるのだろうか?また眠れない日々に戻ったら、どうすれば良いのか?あの苦しみを、また味わうのか?
夕飯を済ませて、お風呂に入り、睡眠薬を飲んで、直ぐに寝室へ移動した。体は疲れて、重かったが、やはり寝付く事は出来なかった。
ここの所、毎晩、悪夢に
眠るのが、怖い。
閉じ込められる
愛する人の裏切り
死
迷う、迷子
けが、傷つく
歯が抜ける
人前で裸になる、露出する
試験に落ちる
追いかけられる
高い所から落下する
様々な悪夢が私を襲う。
もう嫌だ。逃げ出したい。
頭の中は苦しみでいっぱいだった。
死すら願った。
「こんばんは」
ベッドで上半身を起こして、
「獏!お願い!今日も私の悪夢を食べて!」
「こちらからお願いしたいくらいだよ。君の悪夢は、フレンチのフルコースより美味だった」
獏は、その口を私の頭に向けた。一瞬で私の意識は途絶えた。
朝になっていた。時計を見ると、出社するにはギリギリの時間だった。私は急いで身支度をして、会社に向かった。
今日も頭はスッキリとしていて、業務を
家に帰って、食事も風呂も、すっ飛ばして、睡眠薬を口にした。寝巻きに着替えて、寝室へ向かう。目を閉じた。勿論、眠れる訳はない。時計は、まだ、19時にもなっていなかった。それでも、私は祈る様に頭の中で獏を呼んだ。
「こんばんは」
低い声がした。その声を聞いた瞬間、私は飛び上がって、声の主……獏に向かって、叫ぶ様に
「早く、私の悪夢を食べて!眠らせて!」
「構わないけれど、最近、体調はどうだい?不眠症から過眠症に変わってないかい?」
気付かなかった。確かに、どんどん睡眠時間が増えている。昨日は22時に寝て、起きたのは8時だった。10時間も寝たのか。
「悪夢を食べるのは構わないさ。
「そんな……あの恐怖に耐えろと言うの?」
「君の為だよ」
「嫌よ!お願い……お願いします。どうか今夜も眠らせて下さい」
「……明日は、耐えるんだよ?」
「ありがとう!」
獏は、いつもの様に、口を私の頭に向けた。
目を開けると、小鳥の鳴き声がした。時計を見ると、8時。昨日は20時過ぎに寝たから、12時間、寝た事になる。出社まで時間が無い。私は、昨日と同じ様に、急いで身支度をした。
同僚に、最近、顔色が良いね、と言われた。常に、
帰宅して、食事を取って、風呂に入った。
寝たい。寝たい。寝たい。
睡眠欲で、頭の中が、いっぱいだった。
耐えられなくなって、残っていた睡眠薬を、全て、一気に飲んだ。
寝室へ移動して、直ぐにベッドに倒れこんだ。これは眠れそう。頭の中が、グルグルと回って、瞼が勝手に下がった。
そして、何時間も悪夢を見た。
夜中に目が覚めて、私は絶望感でいっぱいだった。もう薬に頼るのは止めよう。眠れたとしても、悪夢を見るだけだ。
獏、獏に会いたい。
その日は朝まで寝付く事は出来なかった。
仕事に行って、同僚に朝の挨拶をすると、今日は体調悪いの?と聞かれた。睡眠不足で、化粧のノリも悪い。肌だけでなく、胃や、頭もボロボロだった。その日は仕事で、細かいミスを沢山した。
「獏!獏!何処に居るの?助けて!」
帰宅して、玄関から直ぐに寝室へ移動した。助けを請う私の叫びを聞いて、獏はゆっくりと私の元に来た。私は獏を抱き抱えて、スーツ姿のまま、ベッドに倒れ込んだ。
「これ以上は止めておいた方が良い。どうなっても知らないよ」
「構わない!悪夢に殺されるよりはマシよ」
「分かった」
獏に悪夢を食われて、私は睡魔に襲われた。そのまま、眠りに就いた。
起きると、夜だった。そんなに眠れていないのか?と思って、携帯を見た。会社から、何件もの着信履歴が残っている。数件、メッセージが届いていて、どうして無断欠勤したのか?と問い詰められていた。
つまりは、24時間、寝ていたのか。
食事をして、風呂に浸かった。そして、また眠たくなってきた。もう獏なしでは、生きていけない。
寝室の床に、獏は居た。
「またお願いできるかしら?」
私の許しを乞う様な声色を聞いて、獏は溜息混じりに言った。
「もう、どうなっても知らないよ」
「ええ。早く眠りたいわ」
「ここがそうなの?」
同僚の獏に聞かれて、僕は
「お腹減ったんだよね。早く、その
「ここだよ」
マンションの一室に彼女を案内して、僕は照明を付けた。十数個のベットに、何人もの人間達が眠っている。
「彼等は永遠に悪夢を見続ける。僕達に取っての農場だよ。オススメは最近、入荷した20代OLかな。フレンチのフルコースの様に、濃厚で様々な味が楽しめるよ」
「頂くわ」
1口食べて、目を見開き、その味に賞賛する同僚を見て、僕は彼女を農場に連れてきて良かった、と思った。
「農場をこれから、どうして行く気なの?」
「手広く、商売にするよ。お願いがあるんだけど?」
「何かしら?」
「僕のパートナーとして、公私共に支えて欲しい」
僕は彼女にプロポーズした。
現代社会、眠れない人間は、これからも増え続ける。僕のビジネスの未来は明るかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます