【勇者ギャルとイケメン魔王】

 その聖剣を岩から抜いた者は、勇者として魔王を倒す運命を持つと言われていた。数多あまたの冒険者が聖剣を抜こうと挑戦したが、ピクリとも動かない。誰しもが諦めて、最早もはや、誰も挑戦しなくなって数十年。いつしか聖剣が刺さってある岩は観光名所として有名になり、多くの観光客が訪れるようになった。


「はい!ここが有名な聖剣の刺さってある岩でーす!挑戦するには20ゴールド。貴重な経験になると思いますよ~!参加希望の方はコチラにお並びくださーい!」

 修学旅行先で訪れた村で、ツアーガイドのお姉さんがニコニコとしながら営業トークを始めた。へー、これが有名な聖剣か~、と思いながら、あーしは友人達と列に並ぶ事にした。お姉さんの言う通り、記念になると思ったし、おまけで付いてくる記念メダルも可愛い。旅行先での思い出作りの一環のつもりだった。


ゆうちゃんもやるの?」

「うん!」

 あーしは長い金髪をクルクルと指で回しながら、友人達に微笑んで言った。


「勇ちゃん、今日もメイクばっちりだね!」

「へへっ!何処に出会いがあるか分からないからね。あーしは油断しないよ~!」

「そういえば勇ちゃんっていつからギャルメイクする様になったの?」

「高校デビューだよ~!入試終わって、そっこーで日サロ行って肌焼いたんだ~!」

 友人達と他愛のない会話をしながら、参加料を払って列の最後尾に並んだ。


 順番が来てあーしの友人達が聖剣を抜こうと、つかを握った。うんうんと言いながら、目一杯の力を込めて抜こうとしたが、聖剣は微動だにしなかった。そりゃあそうだ。歴戦の戦士達が挑戦しても抜けなかったのだから。


「次、勇ちゃんの番だよ~」

「よーし!あーしに任しといて!」

 思いっきり力こぶを作って、真面目な顔で言うと、友人達は大笑いしてくれた。良い記念になるなー、と思って柄に手をやって軽く引いてみた。




 剣が抜けた。




「は?」

 あーしは驚いて口を大きく開けたまま、振り返った。友人達は吃驚びっくりして鳩が豆鉄砲を食ったようような表情をしている。


「え!?ええええええ!!!???」

 あーしが叫ぶと、周りの人達があーしに注目した。あーしは聖剣を握りしめながら、その場に立ち尽くした。


「お、おい、あの子、聖剣を抜いたぞ……」

「ほ、本当だ!聖剣が抜けた……だと……」

ぐに王様に報告しないと!」

ずは村長に伝えろ!」

 ざわざわと周りが騒ぎ始めた。あーしは怖くなって聖剣を地面に突き刺して、その場を去ろうとした。


「勇者様だ!この方が世界を救ってくださるぞ!」

 うおおおおおおお!という怒号と共に、あーしの元に何人もの男達がワラワラと集まってきた。もう逃げられない。あーしは覚悟を決めて、聖剣を手に取って、はあ……と嘆息たんそくした。


 その後、担任の教師と共に村の代表者……村長に会いに行く事になった。憂鬱ゆうつな気分で胃が痛くなったが、仕方がない。ここ数年、魔族との闘いは激化してきている。国民達は救世主を求めていた。


「貴方が勇者様ですか……」

 村で一番大きな建物の中で待っていると、頭の禿げあがった初老の男性が部屋に入ってくるなり、暗いトーンで言った。明らかに残念そうだ。まあ、仕方ないよね……あーしみたいなギャルが勇者だなんて。


「何かの間違いだと思います。偶々たまたま抜けてしまったとしか思えません。だって、この子、女子高に通う普通の女の子ですよ」

 担任の教師があーしをかばって、村長に熱弁してくれた。しかし村長は首を横に振って、溜息混じりに言った。


「聖剣が応えたのです。その子は間違いなく魔王を倒す運命を背負っている」

「ですが……」

「王様から直ぐに城へ来るようにとの連絡が来ております」

「そんな……」

 担任の教師は目を伏せて言葉を失くした。


「先生、あーしは平気!とりま、王様に会って来るわ。何かの間違いだと思うし」

「そうは言ってもですね、私は貴方を親御さんから預かる身として……」

「大丈夫大丈夫!直ぐに開放されるって!だって、あーしだよ?万年赤点で魔法も剣術の授業もサボってるあーしが、勇者だなんてありえないじゃん」

「……分かりました。気をつけて行くのですよ。何かあったら先生に連絡しなさい」

「はーい!」

 明るく応えたけれど、内心は不安でいっぱいだった。王様の居る城まで、村の男達が護衛してくれる事になった。馬車で8時間の長旅だ。あーしは宿舎から荷物を運んで、馬車に乗せた。


「では、勇者様。城までわたくし達が護衛させて頂きます!」

 屈強な男が数名、馬車の周りを囲んだ。ここから八時間。城に着くのは真夜中過ぎか。


「お疲れでしょうから、眠っていてください。城に着く前に起こしますので」

「ん-、大丈夫!あーし、夜型人間だから!」

「そうですか」

 馬に乗っている男が優しく声を掛けてくれたが、緊張で眠れそうにないので、断った。聖剣を抱きかかえて、外の景色を、ぼーっと眺める。抜き身だと危ないと言う事で、さやを用意してくれたのだが、鉄製の物だと作るのに時間が掛かってしまうので、なめし革を巻き付けただけの代用品。あーしの細腕でも軽く振れるほどに聖剣は軽かったが、あーし以外の人が持つと、とても重く感じるらしく不思議な力が宿っているのだな、と思った。


 段々と日が沈んで、夜の気配がしてきた。馬車の中から外を眺めていたあーしは、遠くに光る何かを見つけて、男に尋ねた。


「ねえ、あれ、なに?」

 あーしが指さした方向を見て、男が大声を上げた。


「モンスターの群れです!光っているのは眼です!お前ら!勇者様を守るぞ!」

 おー!と言う声と共に、男達が歩を止めて武器を握った。


 数分もしないうちに目を真っ赤に染めたモンスターの群れがあーし達を囲んだ。男達が臨戦態勢を取って、迎え撃とうとした時、あーしの手の中にあった聖剣が光った。


「勇者よ……我を解き放て……」

「え?聖剣が喋った???」

「お前の頭の中に直接語り掛けている……あの男達を救いたいなら、我を手に戦うのだ」

「え~、ネイル折れそうだからヤダなー」

「おい!早くせんか!」

「分かったわよ!」

 あーしは渋々、聖剣を手に馬車を降りて外に出た。


「ゆ、勇者様!危険です!中に居てください!」

「ん~、そうしたいのはやまやまなんだけど……」

 あーしは聖剣を構えて、モンスターの群れと対峙した。


「よし……では我を思いっきり振り下ろせ!」

「はーい」

 あーしはモンスターの群れを真ん前に見据えて、聖剣を振り下ろした。刹那せつな、聖剣から光の刃が放たれてモンスターの群れにぶつかった。巻き起こる大爆発。煙がこちらにまでやってきて、あーしはせてしまった。


「ゴホゴホ……」

「ゆ、勇者様!大丈夫ですか?」

「うん。あーしは平気。皆は?」

「我々は平気です。しかし聖剣の力……凄まじいですね。お見逸みそれしました……」

「あーしが一番驚いてる……」

 あーしは両手で握りしめた聖剣を見つめながら、溜息をいた。こんなの武器というより兵器じゃん。怖くなってきた。細かい震えを感じたのか、聖剣が話しかけてきた。


「勇者よ。我の力はまだまだこんなものではないぞ」

「ま?」

「うむ……まだ力の二割も開放しておらん」

「やばたにえん!あーし、マジで世界救ちゃうかも……」

「だが、魔王は強い……油断は禁物だぞ。我は少し休む……」

 そう言うと聖剣は光を失って、何も言わなくなった。


「勇者様、あと三時間ほどで城に着きます。少し、休まれては?」

「そうだね。じゃあ、ちょっと寝るね」

「分かりました」

 馬車に戻って横になると、急に睡魔が訪れた。聖剣に魔力を吸われたのだろう。あーしの意識はそこで途絶えた。





 体を揺すられて、目を覚ました。馬車の中は快適とは言えず、硬い椅子で寝たので体の節々が痛い。


「勇者様、目は覚めましたか?今から城門をくぐります。城までは後十数分ほどで着きます」

「んんん~。おはよ。じゃあ、メイクするね」

「メ、メイクですか?」

「当たり前じゃん!偉い人に会うなら、メイクしとかないと」

「は、はあ……そういうものですか」

「ギャルにとってメイクは正装なの!」

 あーしは荷物から化粧道具を取り出して、顔面工事メイクを始めた。十数分しかないらしいので、いつもより軽めのメイクにしないと。ファンデーションの後にコンシーラーを塗っていると、馬車を引いている男が話しかけてきた。


「勇者様は、今、おいくつなんですか?」

「17歳だよ~」

「……」

「なに?どうしたの?」

「うちの娘と然程さほど変わらないのですね」

「そーなんだ?」

「なのに、魔王を倒す運命を背負って冒険に出なければならないなんて……」

 男がうっすらと目に涙を浮かべた。


「大丈夫大丈夫!とりま王様に間違ってね?って聞いてみる!」

「はい……」

 男は手の甲で涙をぬぐった。




 城に入って直ぐに王様に謁見えっけんする事になった。段々と緊張してきて、あーしは自分の顔が強張こわばるのを感じた。


「お主が勇者か」

 王座に座って偉そうにしている白髪のお爺ちゃん(まあ、実際偉いんだけど)が、あーしを見て見定めるように言った。


「何かの間違いじゃね?ってあーしは思ってます」

「ふむ……村人の報告によると、お主、聖剣の力を開放したらしいが?」

「う……でも、あれは偶然で……」

「聖剣の声を聞く事は出来るか?」

「……はい」

「うーむ」

 白髪のお爺ちゃん……もとい、王様がたくわえてるひげを触りながら目を閉じた。


「おい、魔法使いを呼べ!この娘がどれほどの魔力を持ってるか、測定したい」

「はっ!」

 王様の隣にいた兵士が敬礼するなり、走って部屋を出て行った。数分もせずにローブに身を包んだ長髪の男が現れて、懐から眼鏡を取り出した。その眼鏡を掛けてあーしを見つめる。


「王様……今、魔法の眼鏡でこの者の魔力を測定しましたが、この娘の魔力は平均を少し上回る程度ですね……」

「なんと……」

「しかし、聖剣と魔力の糸で繋がっているのが見えます。間違いなく勇者でしょう」

「誠か!?」

「はい。事実です」

「仕方ない。お主を勇者と認めよう!」

 王様が立ち上がって、あーしの近くまでやってきた。あーしの肩を叩いて、嬉しそうに言葉を続ける。


「では、明日から何人かの兵士と共に魔王の城を目指してもらうぞ!」

「ま?」

 あーしは目を丸くして、王様に言った。


「いやいや、魔王って超強いんでしょ?あーしじゃ無理だよ」

「ああ……確かに強い。だが、聖剣の力があれば必ず勝てる!」

「え~!もし顔に傷とかついたらどーすんのよ!」

「その時は我が国最高の医者と治癒魔法の使い手がなんとかする!」

「大体、あーし魔王の顔とかも知らないんだけど?」

「魔王の肖像画がある。確認すると良い」

 王様が手を叩くと、召使らしき人が直ぐに魔王の肖像画を持ってきた。


「こいつが憎き魔族の長、魔王じゃ!」

 王様が忌々いまいまに見せてきた肖像画を見て、あーしは言葉を失くした。そこに描かれていたのは、ロン毛黒髪塩顔の美形。テンションが上がって、あーしは思わず叫んだ。


「ちょーイケメンじゃん!!!!!」

「な、なんじゃ!?」

「えー、まじ?ドタイプなんですけど?この人に会えんの?」

「う、うむ」

「行く行く!冒険の旅に出る!」

「そ、そうか……」

 王様は気圧けおされて、少し体を後ろに傾けて言った。


「で、では勇者よ!旅の幸運を祈る!」

 こうして、あーしは魔王に会うために冒険の旅に出た。





 色々な事があった。


 聖剣を狙う盗賊。魔王城への橋を守るドラゴン。動物に姿を変えられた姫。大臣の傀儡くぐつになってる隣国の王様。四天王。様々なイベントをクリアして、ようやくあーしは仲間と共に魔王城に辿り着いた。魔王城のモンスター達をなぎ倒して、魔王の居る部屋に突入する。魔王は玉座に座って、あーしを見つめて言った。


「よく来た勇者よ。わしが魔族の王、魔王だ。わしは待っておった。貴様のような強者が現れる事を……。もし、わしの味方になれば世界の半分を貴様にやろう。どうじゃ?わしの味方になるか?」

 イケメン魔王はその長い髪をかき上げながら、微笑んだ。


「その笑顔、マジできゅんでーす!世界の半分なんていらないから、あーしと付き合ってよ!」

「ななななな、なんじゃと!?」

「なに?彼女いるの?」

「いや……わしは女になど興味はない!」

「え?童貞なの?まじ可愛い~」

「やめろぉ!」

 魔王は耳を塞いで何度も首を横に振った。トラウマだったらしい。


「と、兎に角!世界の半分を貴様にやるから、わしの仲間になれ!」

「恋人にしてくれるならいいよ~」

「こ、恋人!?」

「うん」

「わ、わ、わしは恋人なぞいらん!」

「えー、じゃあ、あーしが勝ったら恋人になるってのは?」

「くくく……いいだろう……。わしの真の姿を見せてやる!」

 あーしは聖剣を構えた。魔王は目を赤く染めて、強力な魔法を放ってきた。絶対に勝って、幸せになってやる!あーしは聖剣に魔力を込めた。








 ……数年後、魔族と王国は平和条約を結ぶこととなる。これは一人の恋するギャルが、世界を救ったおとぎ話。






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