【ペディキュア】

 彼氏と同棲を始めた。 


 大学の同級生。桜が散り始め、鬱々とした梅雨が始まる6月。親には内緒で一緒に住む事にした。彼は私が人生で最初の彼女らしく、とても大切にしてくれる。実家暮らしが長かった彼は、家事全般が出来ない。しょうがないわね、と言いながら毎日、彼がバイトから帰って来る前に夕食を作る。好物はカレーとハンバーグ。舌はお子ちゃま。生野菜が大嫌いで、サラダを出すと一瞬嫌そうにする。悟られてないと思っているのか、美味しいね、と言いながら食べる姿がたまらなく愛おしい。


 ある日、彼の実家に遊びに行く事になった。彼氏の親に会うのは、初体験だ。良い印象を持って貰いたくて、ナチュラルメイクに清楚系の恰好をした。彼の両親は、快く私を出迎えてくれた。


 彼の部屋に入った時に、少し気になる事があった。部屋に飾ってあるからのコルクボード。私は、そこに以前飾られていたであろう写真について、尋ねることが出来なかった。





 季節は変わって、夏。ターコイズ色のマニキュアを買った。両手の指をターコイズブルーで飾っていると、彼が足の指、俺が塗ってやろうか?と聞いてきた。





 何も出来ない彼が好きだった。下着の干し方も、コーヒーの淹れ方も、ご飯の炊き方も知らない彼が。なのに、どうして私に塗るペディキュアの塗り方は、そんなに上手いのかしら?


 誰に教育されたの?


 過去の思い出を一切語らずに、今日も彼は優しく微笑む。

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