【#彼氏と彼女の身長差は13cmがベスト】
「#彼氏と彼女の身長差は13cmがベスト」って
私と彼の身長差は、13cm。
彼は確かに身長が低い方である。162cm。
「モデルみたいだね」と、人は言う。言葉を濁してるだけだ。モデルの様なのは身長だけで、顔も体型も、十人並。ただ単に、お前みたいなデカい女、中々居ねえよ、と言われてるみたいで、私は、モデルに例えられるのが好きじゃない。
「面!!!!」
対戦相手を密着状態から、思いっきり突き飛ばして、少し距離が生まれた瞬間に、竹刀を思いっきり面に叩き込む。コートの四隅の一角に居た主審が、手に持っている旗を上げた。一拍置いて、副審も旗を上げる。
一本。
私は、ふぅー、と呼吸を整えて、試合を終えた。これでベスト4だ。大学への推薦は確実な物になった。しかも、後、2回勝てば優勝。私は安堵の気持ちで、控え室に戻った。
「
「副キャプテン!流石です!」
同級生や後輩の剣道部部員達が、駆け寄ってきて、私を祝福してくれた。小夏……
「
「勝ったよ。彼もベスト4ね」
勝ったのか……中々やるな。
「今回は、何を賭けてるの?」
「どちらが『お別れを言うか』を賭けてるのよ」
「どういう事?」
「お互いに、気持ちがなくなってるのよ。でも、お互いに振られるのは嫌だから、『振る権利』を賭けてる」
身長差はアンバランスだったけど、気持ちのバランスは取れていた。毎日、部活で一緒に汗を流して、道場に通って、夜に公園やファミレスで他愛のない話をした。彼が大好きだった。
私が推薦入学を狙ってる大学のOBで、この間の夏合宿でコーチに来てくれた、
私達は、お互いに嫉妬と
この大会が終われば、私達は終わりを告げる。
私達の心の距離は、もう13cmなんかじゃなかった。
「柏木!やったな!」
「間宮先輩、来てくれてたんですね!」
控え室から出て、自動販売機で水を買っていると、間宮先輩が少し遠目から、大きな声で話し掛けてきた。体育会系!って感じの爽やかな男性。短髪で筋肉質の身体。大雅とは違って、スラっとした長い手足。少し低めの声。小走りに私の元へと駆け寄ってきてくれた。
「見事な一本だった。思わず、席から立ち上がったよ。これで推薦は確実だな」
「ありがとうございます。嬉しいなあ。来年は先輩と同じ大学ですね」
「柏木みたいに強い後輩が入ってくれると、嬉しいよ」
私は、自動販売機からペットボトルを取り出して、蓋を開けて、グイっと飲み干した。
「次の試合の相手、強いんだろ?」
「はい。前回大会の優勝者です」
目線が自然と、少し上を向く。身長差は13cm。なるほど、これが理想の身長差か。
「小夏!」
後ろから、声を掛けられて、私は振り返った。大雅が、マネージャーの酒井美穂と共に、ゆっくりと、こっちに歩いてくる。
「大雅、あんた、勝ったみたいね」
「お前もな」
クリクリとした大きな瞳で、真っ直ぐに私を見つめながら、大雅は胸を張った。
「次も勿論、勝つ」
「私だって負けないわ」
お互いに視線を合わせて、バチバチと火花を散らしてから、そっぽを向いた。
「間宮先輩、お久しぶりです」
「兼本、お前も推薦確実だな。来年から、よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
大雅は、ぺこり、と間宮先輩に頭を下げた後、酒井美穂に視線をチラリと向けて、2人して立ち去って行った。イラついて、空になったペットボトルを、ゴミ箱へ投げ捨てる。
「なんだ?お前ら、喧嘩でもしてるのか?」
「この大会が終わったら、多分、別れます」
「そうなんだ」
「誰か良い男、紹介してくださいね。出来れば、私より身長の高い男が良いです」
先輩は、考えておくよ、と言って応援席へと戻って行った。私はイラつきを抑えきれずに、ドスドスと足音を荒らげながら、控え室に戻った。
次の試合の準備をして、会場に向かった。心を落ち着けないと。剣道は精神に左右されるスポーツだ。
剣道のルールは単純。一対一での試合。一試合は三本勝負で、相手から有効打突を二本先取したほうが勝利。
今回の相手は強敵だ。けれど、必ず勝つ。勝って、大雅を振ってやるんだ。
審判が旗を振って、試合が始まった。
お互いに牽制し合って、中々、決まり手にならない。息が上がってきた。そろそろ動きを見せないと。押されてきている。
私は覚悟を決めて、相手との距離を詰めた。体格差で押し切ってやる。
飛び込んだ私を見て、逆に相手は後ろに飛び、距離を開けて私の小手に打ち込んできた。電光石火。見事な一本となり、試合は仕切り直し。
油断した。次は慎重に行こう。
そう考えた矢先、試合開始と共に、相手が飛び込んできた。焦って対応する。体格差はあるんだ。大丈夫。相手を突き飛ばして、思いっきり振りかざした竹刀を、相手の面に打ち込む。
貰った!と思った瞬間、凄まじいスピードで、相手は
主審が旗を振るのが見えて、私は大きく溜息を
負けた。悔いはない。相手が私より強かった。ただ、それだけだ。
控え室に戻って、汗を拭いていると、後輩達が泣きながら私の元に駆け寄ってきた。可愛い子達だな。私は、応援してくれてありがとう、と言って、ジャージに着替えた。
数分後には、男子の準決勝が始まる。大雅の試合。見たい様な、見たくない様な、不思議な気持ちになった。勝つ所も、負ける所も見たくない。どうしようか。
悩んでいると、マネージャーの酒井美穂が、控え室に入ってきた。
「柏木先輩、お願いがあるんですけど……」
か弱い小動物の様な、小さな体をしてるのに、意志の強い目をしてる。
「何かな?」
「ここでは、あれなんで、外に出ませんか?」
「いいよ」
私は控え室を出て、自販機の前にあるベンチに座った。
「で、お願いって何?」
「兼本先輩の事なんですが」
「大雅の?」
「試合、棄権する様に言ってくれませんか?」
「どういう事よ」
自然と声が低くなった。
「前の試合で、足首を痛めてます。最悪、折れてるかも知れません」
「なんですって!?」
「必死に止めたんですけど、私の言う事なんて聞いてくれません。柏木先輩、大雅先輩の彼女として、止めて下さい!お願いします!」
「……大雅とは別れるつもりなの」
「そんな事、言わないでください。お願いします」
「私が止めたって、あのバカは試合に出るわよ。一度決めた事を、途中で止めた所、見た事ない」
「選手生命が掛かってるんですよ?」
「……大雅の意志を尊重するわ」
「このっ……わからず屋!」
酒井美穂は、言い捨てて、何処かへ行ってしまった。
そろそろ試合が始まる。私は、試合会場に足を向けた。
応援席で、大雅が無事でありますように、と祈りながら、試合を応援した。相手が一本を取った後、大雅は直ぐに一本取り返した。
次、有効打撃を取った方の勝ちだ。
しかし、明らかに大雅の動きがおかしい。自慢の素早い脚さばきが、全く出来ていない。限界が来ているのが分かる。何度も相手に捕まりそうになって、必死で
「大雅!負けるな!負けたら、承知しないからね!」
私からの大きな声援を聞いて、ピクっ、と反応した後、大雅は脅威のスピードで相手を
相手が大雅のスピードについて行けなくなった、その刹那、大雅が放った渾身の突きが、相手の胴に刺さった。誰が見ても分かる華麗な一本だった。
歓声が沸き起こって、会場が揺れた。見事な勝利だった。
「勝ったぞ」
試合会場の外に出て、大雅は腕組みをしながら、私に自慢げに言った。あの後、怪我が悪化して、流石に試合に出れないと自分で判断したのか、監督に棄権します、と告げた様だ。
「おめでとう。私は負けたわ。約束通り、アンタから振って良いわよ」
「おう!」
泣きそうだ。早く振ってくれ。
心の中で、大雅との思い出を
「前の試合で怪我して、マネージャーにも止められたけど、次の試合、絶対に出るって決めてた」
「なんでよ」
「もし、負けたら、お前に『振る権利』が生まれるだろ……」
「何が言いたいのよ」
どうでも良いわ。泣きそうよ。早く振ってよ。
「絶対に振られたくなかったんだ。小夏。もし、この先、何があっても、俺はお前を嫌いにならない。ずっと俺の
予想外の言葉に、涙が
「私も絶対に別れたくなかった。私も大好き。これからも、よろしくお願いします」
足を痛めてる
そのまま、
「俺の方こそ、よろしく頼む」
強引にキスされた事に、ときめいて、思わず私は言った。
「13センチの身長差って、理想的かも」
大雅は、私の言葉を聞いて、カラカラと笑った。
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