【#彼氏と彼女の身長差は13cmがベスト】




「#彼氏と彼女の身長差は13cmがベスト」って話題ハッシュタグが、SNSで盛り上がった。話題となった原因は、とある女性向け雑誌の特集を、テレビのゴールデン番組で取り扱ったからみたいだ。13cm……なんで13cmなのかは知らないが、確かに横に並んでもさまになるだろうし、キスをする時にも、丁度、良い。ときめいてしまう距離だ。


 私と彼の身長差は、13cm。はたから見れば理想のカップルに見える。問題なのは、「私の方が13cm高い」ってこと。これでも理想ベストと言えるのかな?


 彼は確かに身長が低い方である。162cm。所謂いわゆる、チビだ。けれど、男のチビは、まだ救いがあると、私は思う。だって、自分より身長の低い女子は、結構、沢山、居るじゃない?日本の女性の平均身長は158.5cm。彼くらいの身長なら、半分以上の女性よりは、背が高いってことになる。対して、私の身長は175cm。日本の男性の平均身長は171.5cm。日本の男性の半分以上が、私より背が低い。


「モデルみたいだね」と、人は言う。言葉を濁してるだけだ。モデルの様なのは身長だけで、顔も体型も、十人並。ただ単に、お前みたいなデカい女、中々居ねえよ、と言われてるみたいで、私は、モデルに例えられるのが好きじゃない。





「面!!!!」

 対戦相手を密着状態から、思いっきり突き飛ばして、少し距離が生まれた瞬間に、竹刀を思いっきり面に叩き込む。コートの四隅の一角に居た主審が、手に持っている旗を上げた。一拍置いて、副審も旗を上げる。


 一本。


 私は、ふぅー、と呼吸を整えて、試合を終えた。これでベスト4だ。大学への推薦は確実な物になった。しかも、後、2回勝てば優勝。私は安堵の気持ちで、控え室に戻った。


小夏こなつ!おめでとう!」

「副キャプテン!流石です!」

 同級生や後輩の剣道部部員達が、駆け寄ってきて、私を祝福してくれた。小夏……柏木かしわぎ小夏こなつ。私の名前。夏生まれなのは、字面を見れば分かると思うが、「小」の字が似合わな過ぎて、私は自分の名前が好きじゃない。


大雅たいがは?」

「勝ったよ。彼もベスト4ね」

 勝ったのか……中々やるな。


「今回は、何を賭けてるの?」

「どちらが『お別れを言うか』を賭けてるのよ」

「どういう事?」

「お互いに、気持ちがなくなってるのよ。でも、お互いに振られるのは嫌だから、『振る権利』を賭けてる」


 兼元かねもと大雅たいが。私の彼氏。中学からの付き合いで、ずっと同じ剣道道場に通っている。彼氏彼女になったのは、高校1年の夏。同じ高校に進学して、同じクラスになって、同じ部活をしていて、私達の距離は、とても近かった。お互いに意識していた。私は、彼の真っ直ぐで男らしい性格に惚れていた。その年の夏祭り、夜空に解き放たれた花火を背景バックに、思わず「好き!」と口にすると、「ちょっと待ってくれよ。今日、俺が言うつもりだったのに。こう言うのって、花火が終わってから言うもんじゃねーの?」と返されて、交際がスタートした。


 身長差はアンバランスだったけど、気持ちのバランスは取れていた。毎日、部活で一緒に汗を流して、道場に通って、夜に公園やファミレスで他愛のない話をした。彼が大好きだった。


 私が推薦入学を狙ってる大学のOBで、この間の夏合宿でコーチに来てくれた、間宮まみや祥次郎しょうじろうさん。身長は188cm。私と13cm差。そして、大雅を狙っている新入女子マネージャーの、酒井さかい美穂みほの身長は149cm。大雅と13cm差だ。


 私達は、お互いに嫉妬と猜疑心さいぎしんさいなまれて、ケンカをする様になった。初めは些細な物だったのに。


 この大会が終われば、私達は終わりを告げる。


 私達の心の距離は、もう13cmなんかじゃなかった。





「柏木!やったな!」

「間宮先輩、来てくれてたんですね!」


 控え室から出て、自動販売機で水を買っていると、間宮先輩が少し遠目から、大きな声で話し掛けてきた。体育会系!って感じの爽やかな男性。短髪で筋肉質の身体。大雅とは違って、スラっとした長い手足。少し低めの声。小走りに私の元へと駆け寄ってきてくれた。


「見事な一本だった。思わず、席から立ち上がったよ。これで推薦は確実だな」

「ありがとうございます。嬉しいなあ。来年は先輩と同じ大学ですね」

「柏木みたいに強い後輩が入ってくれると、嬉しいよ」

 私は、自動販売機からペットボトルを取り出して、蓋を開けて、グイっと飲み干した。


「次の試合の相手、強いんだろ?」

「はい。前回大会の優勝者です」

 目線が自然と、少し上を向く。身長差は13cm。なるほど、これが理想の身長差か。





「小夏!」

 後ろから、声を掛けられて、私は振り返った。大雅が、マネージャーの酒井美穂と共に、ゆっくりと、こっちに歩いてくる。


「大雅、あんた、勝ったみたいね」

「お前もな」

 クリクリとした大きな瞳で、真っ直ぐに私を見つめながら、大雅は胸を張った。


「次も勿論、勝つ」

「私だって負けないわ」


 お互いに視線を合わせて、バチバチと火花を散らしてから、そっぽを向いた。


「間宮先輩、お久しぶりです」

「兼本、お前も推薦確実だな。来年から、よろしくな」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 大雅は、ぺこり、と間宮先輩に頭を下げた後、酒井美穂に視線をチラリと向けて、2人して立ち去って行った。イラついて、空になったペットボトルを、ゴミ箱へ投げ捨てる。


「なんだ?お前ら、喧嘩でもしてるのか?」

「この大会が終わったら、多分、別れます」

「そうなんだ」

「誰か良い男、紹介してくださいね。出来れば、私より身長の高い男が良いです」

 先輩は、考えておくよ、と言って応援席へと戻って行った。私はイラつきを抑えきれずに、ドスドスと足音を荒らげながら、控え室に戻った。





 次の試合の準備をして、会場に向かった。心を落ち着けないと。剣道は精神に左右されるスポーツだ。


 剣道のルールは単純。一対一での試合。一試合は三本勝負で、相手から有効打突を二本先取したほうが勝利。


 今回の相手は強敵だ。けれど、必ず勝つ。勝って、大雅を振ってやるんだ。





 審判が旗を振って、試合が始まった。


 お互いに牽制し合って、中々、決まり手にならない。息が上がってきた。そろそろ動きを見せないと。押されてきている。


 私は覚悟を決めて、相手との距離を詰めた。体格差で押し切ってやる。


 飛び込んだ私を見て、逆に相手は後ろに飛び、距離を開けて私の小手に打ち込んできた。電光石火。見事な一本となり、試合は仕切り直し。


 油断した。次は慎重に行こう。


 そう考えた矢先、試合開始と共に、相手が飛び込んできた。焦って対応する。体格差はあるんだ。大丈夫。相手を突き飛ばして、思いっきり振りかざした竹刀を、相手の面に打ち込む。


 貰った!と思った瞬間、凄まじいスピードで、相手はかがみこみ、私の胴に竹刀を叩きつけた。


 主審が旗を振るのが見えて、私は大きく溜息をいた。


 負けた。悔いはない。相手が私より強かった。ただ、それだけだ。




 控え室に戻って、汗を拭いていると、後輩達が泣きながら私の元に駆け寄ってきた。可愛い子達だな。私は、応援してくれてありがとう、と言って、ジャージに着替えた。


 数分後には、男子の準決勝が始まる。大雅の試合。見たい様な、見たくない様な、不思議な気持ちになった。勝つ所も、負ける所も見たくない。どうしようか。


 悩んでいると、マネージャーの酒井美穂が、控え室に入ってきた。


「柏木先輩、お願いがあるんですけど……」

 か弱い小動物の様な、小さな体をしてるのに、意志の強い目をしてる。


「何かな?」

「ここでは、あれなんで、外に出ませんか?」

「いいよ」

 私は控え室を出て、自販機の前にあるベンチに座った。


「で、お願いって何?」

「兼本先輩の事なんですが」

「大雅の?」

「試合、棄権する様に言ってくれませんか?」

「どういう事よ」

 自然と声が低くなった。


「前の試合で、足首を痛めてます。最悪、折れてるかも知れません」

「なんですって!?」

「必死に止めたんですけど、私の言う事なんて聞いてくれません。柏木先輩、大雅先輩の彼女として、止めて下さい!お願いします!」

「……大雅とは別れるつもりなの」

「そんな事、言わないでください。お願いします」

「私が止めたって、あのバカは試合に出るわよ。一度決めた事を、途中で止めた所、見た事ない」

「選手生命が掛かってるんですよ?」

「……大雅の意志を尊重するわ」

「このっ……わからず屋!」

 酒井美穂は、言い捨てて、何処かへ行ってしまった。


 そろそろ試合が始まる。私は、試合会場に足を向けた。




 応援席で、大雅が無事でありますように、と祈りながら、試合を応援した。相手が一本を取った後、大雅は直ぐに一本取り返した。


 次、有効打撃を取った方の勝ちだ。


 しかし、明らかに大雅の動きがおかしい。自慢の素早い脚さばきが、全く出来ていない。限界が来ているのが分かる。何度も相手に捕まりそうになって、必死でかわす大雅を見ていて、いつの間にか、応援席から立ち上がって、大声で叫んでいた。


「大雅!負けるな!負けたら、承知しないからね!」


 私からの大きな声援を聞いて、ピクっ、と反応した後、大雅は脅威のスピードで相手を翻弄ほんろうし始めた。


 相手が大雅のスピードについて行けなくなった、その刹那、大雅が放った渾身の突きが、相手の胴に刺さった。誰が見ても分かる華麗な一本だった。


 歓声が沸き起こって、会場が揺れた。見事な勝利だった。





「勝ったぞ」

 試合会場の外に出て、大雅は腕組みをしながら、私に自慢げに言った。あの後、怪我が悪化して、流石に試合に出れないと自分で判断したのか、監督に棄権します、と告げた様だ。


「おめでとう。私は負けたわ。約束通り、アンタから振って良いわよ」

「おう!」


 泣きそうだ。早く振ってくれ。


 心の中で、大雅との思い出を反芻はんすうしていると、大雅が言いにくそうに、言葉を発した。


「前の試合で怪我して、マネージャーにも止められたけど、次の試合、絶対に出るって決めてた」

「なんでよ」

「もし、負けたら、お前に『振る権利』が生まれるだろ……」

「何が言いたいのよ」


 どうでも良いわ。泣きそうよ。早く振ってよ。


「絶対に振られたくなかったんだ。小夏。もし、この先、何があっても、俺はお前を嫌いにならない。ずっと俺のそばに居てくれ。好きだ。これからも、ずっと」


 予想外の言葉に、涙がこぼれた。溢れる涙を、必死で両手で押さえて、言った。


「私も絶対に別れたくなかった。私も大好き。これからも、よろしくお願いします」


 足を痛めてる所為せいだろう。大雅は、片足を引きりながら、ゆっくりと近づいて来た。


 そのまま、うつむいている私の顔を、強引に引き寄せて、唇を重ねる。


「俺の方こそ、よろしく頼む」


 強引にキスされた事に、ときめいて、思わず私は言った。


「13センチの身長差って、理想的かも」


 大雅は、私の言葉を聞いて、カラカラと笑った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る