魔法珠の加護

 その日の夜、家族は私の誕生日と共に、エドとのこともお祝いしてくれた。私以外は皆、エドが今日私にプロポーズするつもりだと知っていたのだ。


「ベル、おめでとう」

「うん、ありがとう」


 家族からエドのことをお祝いされるのは、少し胸がむず痒い。


 両親は私のために、エドに下賜された屋敷の完成に合わせて家具一式を贈ってくれると言った。

さらに、貴族の屋敷の女主人となるための教育を受けていない私のために、家庭教師を付けてくれることになった。王女である私がこれまでやることがなかったような、帳簿の見方、屋敷全体の召使いの扱い方、夜会の主催の仕方などを学ぶためだ。


 お兄様からは、これから外出する機会が増えるだろうからと美しい染めのショールを贈られた。


 私は何も知らなかったけれど、エドと私の婚約の話はエドが魔法伯を叙爵された直後から進んでいたようだ。すでに議会でも承認されており、来週には国民や諸外国に向けて婚約発表がされるという異例の速さだ。


「もしかして、エドが最近ずっと忙しそうにしていたのは叙爵のことだけじゃなくて、そのせいもあるの?」と私は尋ねる。


「ああ、そうだよ。これについては、エドが信じられないくらい猛烈な働きを見せてくれたよ。よっぽどベルを早く娶りたいのだろうな」


 お兄様はエドの働きっぷりを思い出したのか、けらけらと楽しげに笑う。


(そうだったのね……)


 エドが私のためにそんな風に頑張っていてくれたなんてちっとも知らなかった。

 じんわりと胸の内に温かさが広がる。


「よかったな」

「うん、ありがとう。お兄様」


 私ははにかんだ笑みを返した。





 夕食後、私はふわふわとした高揚した気分のまま、自室へと戻った。

 毎年誕生日はとても素敵な日だけれど、今年は人生で一番素敵だったわ。

 ふと自分の左手の指に嵌められた大きな赤い石が目に入った。私は今日の昼間のことを思い返す。


 ─

 ───

 ───────


『これは、どんな魔法をかけているの? 護りの加護?』


 贈られたばかりの指輪を見つめ、私はエドに尋ねた。魔法珠を贈る際は、何かしらの魔法、多くの場合は守りの加護をかけることが多いのだ。


『護りの加護ではありません。姫様の願い事が叶いますように、と』

『私の願い事?』


 私は小首を傾げる。


『そうです』


 私の願い事は──。


『もう、叶っているわ。私の願い事は、エドと幸せになることだもの』


 エドは少し驚いたように目を見開いたが、すぐにふわりと笑う。


『また別の願い事ができるかもしれません。そのときのために取っておいて下さい。守りの加護は、魔法石に込めてプレゼントします』

『うん、ありがとう。でも、わたくしはエドにもう守りの加護の魔法石をもらっているわ』


 私は右手で赤い魔法珠のネックレスを触れる。


『ああ、そうでしたね。それも俺がプレゼントしたのでしたね』

『うん、そうよ』


 私はそう言って笑うと目線の高さまで左手を上げ、まじまじと今もらったばかりの指輪を見つめた。


 願い事が叶う加護なんて、聞いたことがない。

 間違いなく、相当高度な魔法が使われているはずだ。


 けれど、エドだったらどんな願い事でも叶えてくれる気がした。

 だって、エドは私のナイトで、誰よりも素敵な魔法使いだから。


 ─

 ───

 ───────


 私は自分の手に嵌まる指輪を見つめる。


「綺麗……」


 真っ赤に染まった丸い魔法珠には、エドの魔力が並々と満ちている。胸元からいつも付けているネックレスを取り出すと、留め具を外して指輪と並べてみた。見た目は全く同じだ。


「私も、守りの加護を込めないと」


 今日教えてもらった方法で、手に意識を集中させる。すぐにころんとした丸い珠が手のひらに現れる。私はグリーンのその石を眺める。


 そのとき、ふと思いついた。

 私も普通の守りの加護ではなく、特別なものにしようと。


 私は自分の魔法珠を握りしめると、意識を集中させる。手をゆっくりと広げると魔法珠が鈍く光っていたので、加護を与えることに成功したはずだ。


「エドをあんな悲劇から守ってあげられますように」


 私は自分の魔法珠を握りしめると、握った手を額に当てて祈りを捧げるようなポーズをとる。


 前世のような悲劇はもう起こらない。

 そうは思うけれど、念には念を入れたほうがいいだろう。

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