予期せぬ招待状 4
「何に見えますか?」
「文鎮に見えるわ」
それはなんの変哲もない文鎮だった。金属でできた重りで、円筒形を半分に切ったものに摘まみが付いたような形をしている。
エドはそれを手に持ったまま、ぶつぶつと呪文を唱え始める。すると、手の上の文鎮が鈍い光を放ち、その光が収まったとき──。
「え!? 凄いわ!」
私は驚きで目を見開く。
先ほどまで確かになんの変哲もない文鎮だったのに、今はガラス製の林檎がそこにはあったのだ。
「これが幻術です。ロングギールの残した研究ノートを見て研究を続けて、無機質な物、かつ、この程度の大きさであれば術を掛けることができるようになりました」
「幻術なの?」
私は恐る恐るそれに手で触れる。触った感じもつるりとしていて、ガラス製の林檎にしか見えない。
「一年以内に人に応用できるようにしたいと思っております」
「人に?」
「姫様と俺に」
私はきょとんとしてエドを見上げる。
それって──。
「別人に成りすましてデートするってこと?」
「お嫌ですか?」
エドは片眉を上げて私を見下ろす。
私はしばらく呆気に取られてエドを見上げていたが、なんだか無性に楽しい気分になった。笑いが込み上げてくる。
「いいえ、嫌ではないわ。ふふっ、楽しみね」
姿を変えてお忍びデートだなんて、まるで恋愛小説のワンシーンみたいね。
エドは喜ぶ私を見つめ、優しく目を細める。
「最終的には、魔力がない人間が使える魔法陣を作りたいんです」
「魔力がない人間が?」
「はい。昔、姫様が仰ったでしょう? まだ魔力解放される前に、自分にも使える魔法陣はないのかと」
そう言えば、そんなことを口走ったことがあるかもしれない。
あの頃はどんなに頑張っても魔力解放することができず、自分では使えもしない魔法陣を描く練習をひたすら繰り返していた。どうして魔法陣を描いた本人が使えないのかと、半ば投げやりに言った発言だ。
「姫様が仰った通り、そういう魔法陣が作れれば世界中で誰にでも魔法が普通に使われる時代が来ます。画期的な発明になるでしょう」
「それは、魔法伯を賜るに相応しいほどの大発見ね?」
私は探るようにエドを見つめる。エドはそれに答えるように口角を上げる。
「そうでしょうね。ただ、今のところ空振り続きです。魔法陣にあらかじめ魔力を込めておくことができれば可能だと思うのですが、込めた魔力は時間と共に急速に自然放出されますから。実用には程遠い」
「そう……」
もしかして、もう魔法伯まで近いのかと期待したのだけど、そうでもないようだ。私はわかりやすくがっかりと落ち込む。
「数年でなんとかします」
「うん」
エドは私を慰めるかのように頭を撫でる。
私はそんなエドを見上げた。
なんだか以前より目線が上になった気が……。
「……エド、また背が伸びたわね」
「そうですね。もうそろそろ止まるかと」
「うーん、まだだと思うわ」
「え?」
エドが怪訝な顔をしたので、私はにこりと笑い返す。
前世の世界でエドは私と頭一つ分身長が違った。あと五センチくらい伸びるはずだ。
「姫様は時々、妙に自信たっぷりに予言者のようなことを仰る」
「そうかしら?」
「そうですよ。俺に剣術をもっとしっかりとやってみろと仰ったときもそうでした」
ああ、と私は声を漏らす。
確かに、断言したかもしれない。だって、私の知るエドワード=リヒト=ラプラシュリは優秀な魔法騎士だったから。
「そんな姫様は、俺との未来については予言できないのですか?」
エドはいたずらっ子のように目を輝かせて私の顔を覗き込む。その赤い瞳に期待が込められているのを感じ、ズキリと胸が痛むのを感じた。
私の知る、私とエドの未来。それは幸福とは程遠い。
「エドは魔法伯を賜って、まるで王子様のように私を迎えに来るわ」
私はにこりと微笑むと、そのシーンを再現するかのようにエドに手を差し出す。
それは予言ではなく、希望だ。叶ってほしい、私の夢。
エドは私の答えに満足したようで、嬉しそうに瞳を細めると私の手を取る。
「そう言えば、シャルル殿下には何か用があったのですか?」
「書簡を手渡そうと思ったのだけど、取り込み中だったわ」
「書簡?」
「ええ。サンルータ国から招待状がきたのよ。ダニエル殿下の戴冠式にわたくしも出席してほしいと」
私は持っていた鞄から書簡を取り出すと、肘を折って両てのひらを天井に向け、肩を竦めて見せる。
「サンルータ国のダニエル殿下?」
エドは少し不安そうな顔をした。今現在、ナジール国の周辺国には独身の王子が何人かいるが、私と比較的年齢が近く次期国王であるダニエルは、私の政略結婚の候補の筆頭だ。
恐らく、エドはこの訪問が私とダニエルの政略結婚の地盤固めなのではないかと懸念したのだろう。
開いた窓から心地よい風が抜け、白いレースカーテンを優しく揺らした。
その隙間から抜けるような青空が見えて、私の中の懐かしい記憶を呼び起こす。
「あの青空は、サンルータ国にいてもナジール国と繋がっていると──」
前世のエドがそう言って、牢獄の中の私を励ましてくれたことを思い出す。
「サンルータ国にいる間にエドに会いたくなったら、空を見上げるわね。そうしたら、離れていてもエドと同じ景色を見られるでしょう?」
エドは驚いたように目を瞠ったけれど、すぐに優しく表情を綻ばせる。そして窓の外を見上げ、眩しそうに目を細めた。
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