グレール学園の二大イベント

 ときが経つのは早いもので、六回生もあと少しで終わろうとしている。

 ここ最近、学園内ではいつになく学生達がそわそわとしていた。


「ライラ様はユーグリット様にお誘いされたらしいわ」

「まあ! じゃあやっぱり婚約するって噂は本当なのかしら?」

「それより、セリア様が──」


 そこかしこでそんな会話が聞こえてくるようになり、私は辺りを見渡した。女子生徒達が集まって、コソコソと何かの噂話をしているのだ。


「ねえ、フィア。どうしてみんな、最近噂話で盛り上がっているの?」

「ああ、それは──」


 オリーフィアは教室の端に数人で集まる女子生徒の方を見やる。ちょうどそのタイミングで内緒話をするように時々顔を寄せ合っていた数人の女子生徒は、大袈裟に驚いたような表情を見せた。一体、どうしたのかしら?


「もうすぐ舞踏会だからよ。誰かが上級生からパートナー役に誘われたのだと思うわ」

「舞踏会?」


 私は不思議に思って聞き返した。

 舞踏会はもちろん知っている。言わずと知れた貴族の社交の場だ。


 けれど、社交界に出るのは成人してからなので、最低でも十六歳の誕生日を過ぎてからだ。だから、私達はまだ舞踏会には出られないはずなのだ。そう聞くと、オリーフィアは顔の前で手を左右に振った。


「そうじゃなくって、グレール学園の舞踏会よ」

「グレール学園の舞踏会があるの?」

「そうよ。舞踏会はね、グレール学園で一、二を争う一大イベントなのよ!」


 オリーフィアは力説するようにぐっと拳を握しめた。


 この後熱く語り始めたオリーフィアによると、グレール学園の舞踏会は社交界に入る予備練習として年に一回、卒業式の直前に開催されるもので、七回生と八回生が参加対象となっているらしい。学園長の名で実際に招待状が届くので、学生達は事前にエスコート相手を決めて、本物の舞踏会のように参加するそうだ。

 ちなみに、この後熱く語り始めたオリーフィアによると、もう一つの一大イベントは、剣術大会らしい。


「来年度は私達にも招待状が来るわね! 楽しみだわ。ねえ、ベル?」


 オリーフィアは指を交差させて胸の前で両手を組み、夢見るように宙を見上げる。

 社交界デビューは大人の証。だから、私達はまだ参加することができず、実質的にはこれが初めての舞踏会になる。きっとオリーフィアは煌びやかな世界を疑似的に垣間見られるこのイベントに、憧れているのだろう。


「どんなドレスを着ていこうかしら──」


 うっとりとした様子でオリーフィアが呟くのとほぼ同時に、背後でバサバサッと教科書を落とす音がした。振り返ると、クロードが呆然とした様子でこちらを見つめている。


「フィ、フィア。学園の舞踏会に誰かに誘われたの?」


 私とオリーフィアは顔を見合わせる。


「誘われていないわ。もし行くことになったら、どんなドレスを着ていこうかしらって話をしていたの」

「あ、なるほど」


 クロードはわかりやすく安堵の表情を浮かべる。


「フィアは舞踏会、行きたいんだ?」

「そりゃあ、そうよ。みんな華やかに着飾って、それは素晴らしいって聞いたわ」

「ふうん……。ベルも?」

「わたくしは、あまり」


 私は首を横に振って見せる。オリーフィアは「えー! 本当に?」と驚いた声を上げていたけれど、社交パーティーには正直あまり興味がない。前世で嫌というほど参加していたせいもあると思うけれど。


「でも、今年はシャルル殿下も招待されているはずだから、ベルはパートナー役に指名されるんじゃない?」

「そうかな?」

「わからないけど、たぶん……」


 オリーフィアによると学園の舞踏会は七回生と八回生の全員に招待状が届くが、七回生は希望者のみ参加、八回生は原則全員参加となっているらしい。


「それならたぶん、お兄様は参加しないと思うわ。だって、その舞踏会は卒業式の直前に開催なのでしょう? ならあと一ヶ月しかないわ。絶対にもう招待状が届いているはずだけれど、何も聞いていないもの」

「え、そうなの?」

「うん。だから、お兄様は不参加だと思うの。多分だけど……」


 私は濁すように曖昧に答える。

 けれど、この答えにはある程度の確信を持っていた。


 お兄様は王太子であり、将来結婚する相手は自動的に王太子妃、ひいては王妃になる。だから、お兄様がエスコートしたご令嬢はそれがグレール学園の中の舞踏会であったとしても、将来のお妃候補なのではと邪推されて注目を浴びることは避けられないだろう。

 場合によっては、裏で陰湿な工作紛いのことがなされる可能性もある。そのため、余計な火種を撒かないようにとおそらく欠席するはずだ。


 けれど、八回生は原則として参加が必須だという。ということは、必ずエスコートする相手の女性がいるはずだ。現在のところ正式な婚約者がいないお兄様が最後に私をエスコート相手に選ぶことは、確かに大いにあり得るわ。というか、その一択しかない気がする。


「八回生になったら必須なら、そのときは参加するわ」

「ベル。もっと憧れはないの? もうすぐ剣術大会だから、その結果も気になるじゃない?」


 オリーフィアは呆れたように息を吐く。私は話が見えず、首を傾げた。


「なぜ、ダンスパーティーの話から急に剣術大会の結果に話が飛ぶの?」

「まあ、ベル! だって──」


 オリーフィアが言うには、剣術大会で上位に入った男子学生は、この舞踏会のエスコート役としてとても人気になるのだとか。エスコートされることを望む女子学生が多いのはもちろん、誰をダンスに誘うのかと皆が注目しているそうだ。


「ふうん、そうなの」


 私は気の抜けた返事をする。やっぱり自分には関係のないことのような気がした。

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