■ エド視点

 その違和感が確信に変わったのは、探索魔法で姫様がなくしたと落ち込んでいた魔法珠を探している最中だった。


「またか。……なんでだ?」


 姫様が夕暮れの城下に一人で外出するという危険を冒してまで探そうとした、大切な物。それは、どこの誰が渡したともわからない魔法珠だった。

 一度実際に見て触れたので、簡単に探せると思っていた。けれど、反応したのは全く別のもの──自分の魔法珠だったのだ。空いている日は姫様がなくしたと言った地域を歩き回り、繰り返し探索魔法を試みる。しかし、何度繰り返しても同じ結果だった。


 うまく探せない理由がわからない。

 俺は腕を組んで考え込む。

 

 魔法珠は魔術師が同時期に一つしか作ることができない、その魔術師の半身とも言ってよい特別な物だ。そして、その一つひとつが個々人で微妙に異なっていて、全く同じものはこの世に二つと存在しない。


 ──そのはずだった。


 けれど、この結果が引き起こされる原因を色々と調べ、導き出された答えは一つしかなかった。

 それは、姫様が持っていた魔法珠と、俺の魔法珠は全く同じものであるということだ。似ているとは思っていたが、それは間違いだ。『似ている』のではなく、『同じ』なのだ。


「父上。俺には実は、生き別れた、もしくは死別した双子がいたのでしょうか?」


 なぜこんな不思議なことが起こるのか。さんざん悩んだ結果、俺は父上にそう尋ねた。父上はポカンとした表情で俺を見返し、「いるわけがないだろう」と呆れたように言った。

 


 ようやく町で件の魔法珠を見つけたとき、それはなみなみと魔力を湛えていた。手に握ると驚くほどに馴染み、試しに体内に取り込みを試みると肌を浸透しすんなりと同化した。


 衝撃だった。


 誰かが作った魔法珠が他の人間に同化する?

 有り得ない。有り得るわけがない。


「これはいったい、誰が作ったんだ?」


 自分の魔法珠と同じ要領で再び作り出した手のひらの上の魔法珠を見つめて独りごちる。

 赤い珠は何か言いたげに、部屋の明かりを妖しく反射した。


 後日、姫様にそれをお返しすると、それはそれは大喜びされた。薄っすらと浮かんだ目元の涙に、それほどまでに大切な物なのかと思い知らされる。同時に、それを作った相手に強い嫉妬心が湧くのを感じた。


 姫様は誰からこれを貰ったのかと尋ねると、必ず『大切な人から貰った』と言う。姫様の様子から察するに、近くにいる人間ではなく、きっともう二度と会うことができない相手から貰ったのだろうと感じた。ただ、なみなみと魔力が溜まっているところから判断すると今も生きている人間だ。


 姫様は時折、俺のことも『大切だ』と言う。そして、本人は無意識なのかもしれないが、まるで自分は姫様から好意を持たれているのではないだろうかと思わず自惚れそうになってしまうような言動を繰り返したりもする。


 その『大切』の意味はなんなのだろう?


 赤い魔法珠を大切そうに握りしめる姫様。その姿を見ていると、嫉妬心が湧いて「では、その魔法珠を託した相手と俺ではどちらが大切ですか?」などとバカげた質問をしたい衝動にかられる。だが、シャル──シャルル殿下が来室したので、それはせずに済んだ。


 誕生日プレゼントに魔法珠のネックレスを贈ったのは、姫様の反応を見てみたいと思ったからというのもあった。


 魔法珠を体内に収めることや魔法でしっかりと台座にセットすることは、本来はその魔法珠を作った本人でないとできない。つまり、俺は姫様に、自分ができるはずがないことをして見せたのだ。

 目の前で魔法珠を出し、実際に台座にセットすると、そのことを知らないだけなのか、はたまた俺がそれができると最初から予想していたのか、姫様はなんの違和感も持たない様子で目を輝かせた。


 そして、実際につけてあげると恥ずかしそうに頬を染め、嬉しそうにはにかむ。


 胸の内にスーッと優越感のようなものが広がるのを感じた。


 姫様がつけているのは俺の魔法珠ではない。けれど、俺の魔法珠と同じものであり、セットしたのは俺だ。

 魔法珠は魔術師にとって特別な物。永遠を誓った相手に渡し、相手もそれを了承した上で受け取る。深紅に染まった魔法珠のネックレスをつけて微笑む姫様を見ていたら、まるで自分の魔法珠を受け取って喜んでくれているかのような気すらした。


 それに、アイリーンとの仲を勘違いした姫様の、まるで焼きもちを焼いているかのような態度に愛しさがこみ上がる。


 最初はこの国の王女殿下、親友であり王太子であるシャルル殿下の妹君としか思っていなかった。


 けれど、何かと俺に構い、嫌いだった赤い瞳を美しいと言い、得意でもなかった剣も絶対にできるはずだと言い切ってこちらを見つめる無邪気さ。

 苦手な魔法に一生懸命に取り組む真摯さ。

 普通の少女のようにときに普通に怒り、屈託なく笑う奔放さ。

 普段は大人びているのに、妙なところで抜けている愛らしさ。


 長く過ごせば過ごすほど、この気持ちに蓋をするのが難しくなる。


 身の程知らずは十分に承知している。

 実家の公爵位が継げるならまだ可能性があったが、俺にはそれがない。騎士では王女殿下である姫様の相手には相応しくない。

 可能性が限りなく低いのはわかっている。けれど、その可能性に掛けてみたいという気が湧き起こる。そしてまた同じことを心の中で問いかける。


「姫様。その魔法珠は、誰に貰ったのですか?」


 その台座に嵌った魔法珠を作った、姫様の心に住み続ける誰かを、いつか俺は超えることができるだろうか。

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