サンルータ王国の魔術研究所 2
「軽く攻撃をしてもらえるかな?」
ダニエルがお兄様を見ると、お兄様は私へと視線を移動させた。きっと、私にやれと言っているのだ。
「アナベル姫も魔法が使えるのか?」
ダニエルは驚いたように私を見つめる。どうやら、お兄様が魔法を使えることは知っていたようだけれど、私の方は認識していなかったようだ。
不意に『魔法を使えない王女を寄越すなど──』と罵倒された記憶が脳裏に蘇り、私は少しムッとした。
「勿論ですわ。これでも、ナジール国の王女ですもの」
「……そうか。それもそうだな。ではアナベル姫、お願いできるか?」
私は戸惑った。
魔法で軽い攻撃をすることは、勿論できる。けれど、万が一にでもこの防御術がうまく作動せずにダニエルが怪我でもしようものなら、国際問題に発展しかねない。ダニエルは私の迷いにすぐに気が付いたようで、苦笑する。
「きちんと作動するから心配はいらない。アナベル姫が俺を殺すような攻撃技を掛けない限り、怪我はしないだろう」
「そんなこと、いたしませんわ」
「では、やってみて? 万が一怪我をしても、アナベル姫に責任を問うようなことはしない」
クスリと笑ってそう言われたものの、私はチラリとお兄様を窺い見る。お兄様が小さく頷いたので、行けと言うことだろう。
「それでは、
私は自分の中の魔力を調節し、両手へと移動させる。
『氷撃』
周囲の水蒸気が一気に凍り付き、無数の小さな氷塊ができあがる。それが一斉にダニエルに向かって飛んだ。この魔法にしたのは、万が一当たっても痣ができる程度で済むようにしたかったからだ。
しかし、心配するまでもなく、私が作ったそれらの氷塊は一粒も当たることなく障壁の前で砕け散った。
ざわっとその場にいた周辺国の王族達が動揺したようにさざめいた。たいした攻撃力もないこの魔法だけれど、一瞬ブリザードのような状態が起こるので見た目は派手なのだ。
「お見事!」
見事に攻撃を完全に防御したダニエルに、お兄様がパチパチと拍手を送る。
「あの程度の攻撃なら、なんてことはない」
「では、どの程度まで耐えられるか試してみますか? 妹はさほど攻撃魔法が得意ではないので」
「後ほど、是非ともお願いしたい」
お兄様とダニエルはハハッと笑い合う。
ダニエルは持っていた魔法石を魔術師に返すと、お兄様と
(お兄様に、ダニエル様、うまいわね)
事前に打ち合わせたわけでもないはずなのに、二人の阿吽の呼吸のやりとりに内心で舌を巻いた。
今、お兄様は周辺国の王族に『これくらいの魔法はなんてことはない。もっと高度な攻撃魔法をナジール国の魔法騎士達は難なく使える』ということを、ダニエルは『サンルータ王国は魔法を自分達のものにしつつある』ということを知らしめたのだ。
これは大きな牽制効果を持つ。少なくとも、この場に居合わせた王族であれば安易にナジール国やサンルータ王国に攻め込もうとは思わなくなるだろう。
「アナベル様、すごいわ! あんなことができるなんて!」
隣を歩くキャリーナが興奮したように頬を紅潮させる。どうやら、キャリーナはあの魔法を見たことがないようだ。本当はたいしたことはしていないのだけれど。
「ニーグレン国はあまり魔法が盛んではありませんものね」
「そうなの。殆ど使える人がいないわ。わたくしも使えないから、羨ましいわ」
キャリーナは口を尖らせる。私もずっと魔力解放ができず魔法を使えなかったから、魔法が使える人を羨ましく思う気持ちはよくわかる。
「今日見たこと、国に帰ったらエレナに教えてあげるわ」
「エレナ?」
「ニーグレン国で一番の魔女なの。今回の外遊に連れてきてあげればよかった」
キャリーナは失敗したと言いたげに肩を竦める。
国一番の魔女と聞いて、ピンときた。確か、ずっと前にクラークから『ニーグレン国に突然変異の魔術師が現れた』と聞いた気がする。キャリーナにそのことを聞くと、やっぱりエレナがその魔術師のようだ。
「彼女、凄いのよ。一度見たら、どんな魔法でも使えるようになっちゃうんだから」
「まあ、凄いですわね」
私は話を聞きながら相づちを打つ。どんな人なのか全く知らなかったけれど、その魔術師は私達と年の近い女性のようだ。今はニーグレン国の王宮にいるという。
「そうだわ。アナベル様の成人祝賀会のとき、もしもわたくしを呼んでいただけるならエレナも連れて行っていいかしら? ここよりずっと魔法が発展しているでしょう?」
「わたくしの成人祝賀会? ええ、勿論です。歓迎します」
私の成人祝賀会はあと半年もすれば開催される。今まさに誰を招待するかの作業が行われているとクラークが言っていたから、まだ確定はしていないはずだ。
昨日までの私なら絶対にキャリーナのことを招待したいなどとは思わなかったけれど、この世界のキャリーナなら招待してもいいなと思う。
キャリーナは私から色よい返事を聞くと、それは嬉しそうに表情を綻ばせた。
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