禁書の紛失

 王宮に戻ると、先ほどキャリーナへのお土産にと選んだ魔法石を持ってエドの元へと向かった。

 しかし、魔術研究所に着いた私はいつもと様子が違うことに気が付いた。魔術師や王宮内を警備する騎士達が数人集まっているのだ。身振り手振りを交え、何かを話し合っており、その中心には困惑顔のエドがいる。


「お兄様? どうされたの? エドがどうかしたの?」

 

 私はその集団の中にお兄様を見つけて声を掛けた。難しい顔をして眉を寄せていたお兄様は、私に気が付くと驚いたような顔をした。


「ベル。こんなところにどうした?」

「キャリーナ様が魔法石のお守りを作ってほしいそうだから、エドにお願いしようと思ったの」


 私は買ってきたばかりの黄色の魔法石をお兄様に見せる。いつも身につけておけるように、金のチェーンのネックレス付きだ。


「でも、なんだかお取り込み中みたいね? これはなんの騒ぎなの?」


 魔術研究所の入口に立つエドは何かを騎士と別の王宮魔術師に説明しているように見えた。詳細はわからないが、エドが周りの魔術師や騎士から何か事情を聞かれているようだ。お兄様は険しい表情のままそちらを見つめる。


「ちょっとした探し物だ」

「探し物? 探査魔法で調べればいいじゃない」

「反応がないんだ」

「反応がない? 一体何を探しているの?」

「魔法の禁書だ。昨日の夕方の巡回時までは確かにあったはずの数冊がその一時間後の巡回の際になくなっていたらしいんだ。その時間に王宮図書館の禁書室を訪れたのがエドしかいなかったらしいのだが、肝心のエドは知らないと」

「それは……」


 私は言葉を詰まらせた。


 魔法の禁書とは魔術についての研究書類のようなもので、一般に普及していないような高度な魔術も記載されている。魔法技術が世界で最も発達しているナジール国にとっては国家機密にあたるような重要ものだ。

 エドは王宮魔術師なので禁書室に入室してそれらを閲覧する権利を持っているが、外部流出を防止するために持ち出しは禁止されている。


「読んだ後、違う棚に戻してしまったってことはないかしら? エドが持ち出すなんて考えられないわ」

「警備の者もそう考えて先ほどまでずっと捜していたらしいのだが、見つからないと。それで俺にも報告がきたから、こうしてエド本人に確認に来た」

「エドはなんて?」

「そもそも、昨日は一度も王宮図書室に行っていないと」

「行っていない? なら、人違いではなくて?」

「それが、それはあり得ないんだ」


 私の言葉を否定するようにお兄様は首を振る。お兄様もエドがそのような行為をするわけがないと半信半疑で報告を聞いていたようだけど、そうもいかない証言があるらしい。


「警備に当たっていたのは王宮図書室専属の騎士達だ。何度もエドとは顔を合わせているから間違えない。それに、警備に当たっていた複数の騎士がエドだったと証言している」  

「そう……」


 私は眉根を寄せる。確かに王宮図書室専属の騎士であれば全員がエドとは顔見知りのはずだ。それに、複数の騎士が同時に見間違えるなんて考えにくい。 

 では、なぜエドはそんな見え透いた嘘をついたのだろう? そう思ったときに、ふと昨夜の舞踏会でダニエルと交わした言葉を思い出した。


「あ、そう言えば──」


 あのとき、ダニエルはエドに魔術の講師をお願いしたと言っていた。昨日の夕方と言えばまさにその時間に当たる。それをお兄様に話すと、お兄様はすぐに確認に行こうと言いだした。


 なおも困惑気味のエドを伴ってお兄様とダニエルの部屋へ向かう。

 突然の訪問にダニエルはやや面を食らったようだが笑顔で対応してくれた。明後日の帰国に向けて準備を始めていたようで、ドアの隙間から見える室内にはたくさんの荷物が広がっている。


「どうしましたか?」

「昨晩、こちらの王宮魔術師がサンルータ王国の魔術師と一緒だったと聞いたのですが、本当ですか?」


 お兄様は一緒に連れてきたエドを片手で示す。

 お兄様の単刀直入な質問に、ダニエルは後ろを振り返ると、室内に向かって声を掛けた。すぐに二人の若い男性が現れる。

 二人ともエドと似たような魔術師用ローブを羽織っており、一人は黒髪の小柄な男性で、もう一人は栗色のうねる髪を後ろでまとめた線の細い男性だ。


「昨晩? ええ、確かにご一緒しました。それがどうしましたか?」


 昨日エドと一緒だったかと聞かれた小柄な男性は戸惑い顔でお兄様とエド、そしてダニエルの顔を見比べた。

 

「それは何時か、正確な時刻は覚えているか?」とダニエルが確認する。

「えっと、ダニエル殿下が舞踏会に行かれた三十分後から三時間です。食事をしながら説明していただきました」

「その間に、誰かが席を外したことは?」とお兄様もすかさず質問した。

「一度もないですね」


 同意を求めるように小柄の男性がもう一人の魔術師を見上げる。栗色の髪の魔術師も間違いないと頷いた。


「…………」


 お兄様は考え込むように黙り込んだ。エドが目撃された正確な時間は知らないけれど、この様子だときっとエドが目撃された時間とここで二人に魔法を教えていた時間は一緒だったのだろう。


「念のために聞くが、一体なんの魔術を?」


 お兄様が魔術師二人を見つめる。


「色々です。ちょっとした浮遊から物の転移、魔方陣なども教えていただきましたよ。それに、また幻術を見せてもらいました。本当にあれは素晴らしいですね」


 今度は栗色の髪の魔術師が少し興奮気味に答える。それはここに来る前にお兄様がエドに聞いた内容と一致していた。つまり、やはりエドは昨晩、ここでこの二人に魔術を教えていたということだ。


 これはどういうことなの?

 まるで一人の人間が同時に二人存在したかのような状況に、戸惑いが隠せない。


「何かあったのですか?」


 さすがに私達の様子をおかしいと感じたようで、ダニエルは訝しげな顔をした。そして、一部始終を聞くと額に手を当てて呆然としたように宙の一点を見つめた。


「同時に二人……。まさか──。シャルル殿下。来賓の者の荷物を全て調べて下さい。全てです。もちろん、サンルータ王国の者達の荷物も調べてもらって構わない」

「いや、さすがにそれは──」


 来賓のお客さまの荷物を強制的に見せろと言うことは、つまりその人が盗んだと疑っていることと同義だ。お兄様も他国の王族相手にそれをするのはさすがに気が引けたようで、言い淀む。


「危険な虫が発生したから荷物に紛れていないか確認するとか、なんでもいいから言い訳を作って見せてもらうんだ。手遅れになる前に手を打たねば」

「え? あ、ああ……。わかった」


 ダニエルのただならぬ真剣な様子にお兄様は戸惑いながらも頷き、私とエドは顔を見合わせたのだった。 

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