疑念
その日の帰り、お兄様はいつにも増してお疲れの様子だった。馬車に乗り込むとどさりと座席に座り、ふうっと息を吐く。
「お兄様ったら、随分とお疲れなのね?」
「今日は剣術の授業があったんだよ。相手が強くってさ。いや、わたしも強いんだよ? けど、なかなか相手も侮れない相手でだな──」
ぼやき始めたお兄様はやけに
「知っているわ。お兄様が打ち合っているところ、見たもの」
「え? 今日?」
「ええ。お兄様に手を振ったのだけど、打ち合いに必死で気付いてもらえなかったわ」
「ええー。もっと大きな声で声を掛けてくれればよかったのに」
お兄様は残念そうに口を尖らせる。
「今日は相手が悪かった。なにせ、代々騎士として名高いヴェリガード家の嫡男であるドウルだったからな」
「体格もよいものね」
私はお兄様を慰めるように相槌を打つ。
ヴェリガード家と言えば、ナジール国で代々騎士団の主要な地位を務める名門騎士家系だ。当代のヴェリガード伯爵も我が国の将軍を務めている。
そう言えば、確か前世でエドとドウルは所属する騎士団の実力一位、二位を共に争っていたように記憶している。エドは魔法がメインの魔法騎士団、ドウルは剣がメインの近衛騎士団だった。二つの騎士団は戦い方が全く違うので正確にはどちらが強いか測れないけれど、二人ともとても強かったことは間違いないわ。
「お兄様。ドウル様とエドワール様は、どちらが強いの?」
それは何気ない質問だった。
前世であんなに実力があると名高い二人だったのだから、子供の頃からよきライバルであったのだろうと思ったのだ。
こちらを見つめるお兄様の表情が怪訝なものへと変わる。
「エド? なんでエドが出てくるんだ?」
「エドワール様は剣も巧みでしょう?」
「エドが剣?」
お兄様は意表を突かれたような顔でこちらを見つめ返す。そして、くつくつと笑いだした。
「いや、エドの剣はそんなに巧みじゃないよ。エドが抜きんでているのは魔術だ。剣に関してはドウルが圧勝だ」
「そうなの? 巧みじゃない?」
今度は私が驚く番だった。
エドが、剣が巧みじゃないですって? 確かに、エドは以前魔法実験室でも自分はそれほど剣が強くはないと言っていたけれど、それはただの謙遜だと思っていた。
けれど、本当にそんなに巧みじゃないのかしら?
それは私にとって驚きだった。
だって、エドの剣捌きと言えば、まるで舞うように美しく、そして目標に対して寸分の狂いもないと有名だったのよ?
「エドと言えばさ、これまで剣術の授業なんて面倒だみたいに言っていたくせに、少し前から急に大真面目に取り組み始めたんだよな。あいつ、なんかあったのかな?」
ぶつぶつと呟くお兄様の声が聞こえたけれど、それに答えることはできなかった。
──もしかすると、この世界は私の知るあの世界とはだいぶ違う部分があるのかもしれない。
このとき初めて、私の中に小さな疑念が生まれたのだった。
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