魔法陣の完成 2
私は部屋の片隅に視線を移動させる。
そこには、たくさんの魔法陣が描かれていた。私にも見覚えのある、学生時代に習った簡単な魔法陣だ。その中には、先ほど見た火を熾す魔導具に使用する魔法陣もあった。
そして、その傍らにはたくさんの魔法石が入った籠も置かれている。
(ここで魔法石をセットして発動するかを確認していたのかしら?)
魔法石のひとつを手に取ると、それを片手で弄ぶ。
──カチャリ。
部屋のドアが開く音がして、私は慌てて魔法石を台に戻した。振り返ると、エドが室内に入ってくるのが見えた。
「姫様?」
「勝手に入ってしまってごめんなさい。直接お祝いを言いたかったの」
私は謝罪する。そんな私を見つめ、エドは微笑んだ。
「姫様なら、いついらしても歓迎ですよ」
「ありがとう。……でも、ここの部屋の鍵を掛けないのは不用心じゃないかしら? 研究成果を盗む人もいるかもしれないわ」
「鍵はかかっていますよ。魔力認証です」
「え? でも、かかっていなかったわ」
魔力は人によって微妙に異なっており、全く同じ魔力を持つことはないといわれている。魔力認証とは、その法則を利用した鍵の一種だ。
(先ほどノブを回したとき、ドアはすんなりと開いたけど……?)
困惑顔の私を見つめ、エドはにんまりと笑う。
「俺と姫様だけ、開くようにしてあります」
「え?」
「こうして姫様が訪ねて来てくださったので、そうしておいて正解でした」
エドはそう言うと、私の腕を引き、自分の腕に閉じ込める。
「姫様、遂に成功させました」
エドは私を抱き寄せたまま、囁く。
「うん。おめでとう、エド。本当にすごいわ」
私はエドの背に手を回すと、心からの祝福をエドに贈った。
私はエドならきっとできるはずと信じていたけれど、多くの人はこんなことができるなんて、想像すらしていなかったはずだ。
「実は、成功の切っ掛けとなるアイデアは俺ではないんです」
「どういうこと?」
「以前、ニーグレン国に行ったときのことを覚えていますか?」
「もちろんよ」
エドの腕が緩んだので、私は少し距離をとってエドの顔を見上げた。
ニーグレン国を訪れたのは、もう半月以上も前のことだ。けれど、短い間に色々なことがありすぎて、まるで昨日のことのように鮮やかに記憶に残っている。
「あのとき、サンルータ国のダニエル殿下にヒントを頂きました。魔法放出を防ぐ拘束首輪と魔法珠しか持っていない、魔力が放出できないはずの男が、魔法陣を使ったと」
ドキンと心臓が跳ねる。
確かに、ダニエルはあのときにそう言った。
確証はないけれど、私はそれがかつての世界のエドのことではないかと思っていた。
エドは動揺する私には全く気が付かない様子で、嬉々として説明を続ける。
「魔法の拘束首輪の原料は、魔力を吸収してそこに蓄える性質があります。一方、魔法珠は一種の魔法石のようなものです。だから、拘束首輪の原料に吸収した魔力を再放出するような性質を加えた上で魔法陣に練り込み、使うときだけ魔力を供給する魔法石をセットすれば上手くいくのではないかと考えました」
「なるほど……」
そこで、私はふと疑問を覚えた。
あの世界のエドは、魔法を発動させたときには既に自分の魔法珠を私に手渡した後だったはずだ。
(ということは、ダニエル様が言っていたのはやっぱりエドとは違う人なの?)
ダニエルは私に、『繰り返し見る不思議な夢だ』と言っていた。
果たしてその夢は、本当に夢なのだろうか。
「とにもかくにも、目標としていた期日までに間に合ってホッとしました。あと少し遅れたら、他国に嫁ぐ姫様をどうすることもできずに絶望にくれるところでした」
エドは安堵したように息を吐く。
私の婚約をどこからも受けないとお父様が約束した期限──私の十八歳の誕生日まではあと数ヶ月を切っていた。
まさにギリギリだったのだ。
「もしそうなったら、俺は魔法騎士に転職して姫様の護衛騎士になるつもりでした。まあ、まだ楽観視することはできませんが」
エドはそう付け加えると、子供のように屈託なく笑う。
この研究には人々の生活をより便利にしたいというエドの強い思いと共に、もうひとつの別の目的がある。
それは、私に正式に求婚するために、魔法伯を賜ることだ。
ただ、魔法伯を実際に賜れるかどうかは議会の判断になるので、まだ確約はされていない。
まずは、エドの発明が再現性のあるもの、つまり、本当に人々の生活を豊かにするような実用性のあるものであるかを、他の王宮魔術師が研究記録を辿って再現する作業があるのだ。
「きっと、大丈夫よ」
まだどこか不安げなエドを励ます。
エドは満面に笑みを浮かべ、まるで少年のように嬉しそうにはにかんだ。
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