第一部 第三章 一度目の幸せ

魔法陣の完成 1

 カツンと音が鳴り、大広間に大きな魔導具が運び込まれてきた。


 爽やかな秋晴れが広がり、色付き始めた木々では小鳥達が羽を休め、時折可愛らしく歌う。

 そんなのどかな周囲とは裏腹に、魔術研究所にはいつになく多くの人々が集まり、緊張に包まれていた。


「準備は完了いたしました。では、こちらに」


 エドに促されて、一人の女性がおずおずとそちらに歩み寄る。ナジール国では非常に珍しい、魔力開放することができずに魔法が使えないまま大人になった人だ。

 女性の前の台座には、直径三十センチ程のごく小さな魔法陣が描かれていた。


「ここに、魔法石をセットしてください」


 女性はエドが指さした小さな窪みに、持っていた市販の魔法石をセットする。

 その瞬間、ただの白い線でしかなかった魔法陣が、鈍く輝き出す。


 そして、鈍い光は煌めく粉となり、小さな魔法陣上に円形の炎が上がった。


「ああっ、凄いわ! 私でも使えるなんて……!」


 魔法陣の前に立つ女性は驚いたように目を見開き、感激のあまりに両手で口を覆った。


「おおっ」

「本当に魔法陣が発動したぞ!」


 周りがざわりと色めき立ち、見守っていた人々から次々と驚嘆の声が漏れる。 


 魔法陣は魔力さえあれば誰にでも簡単に高度の魔法を使えることを可能にした画期的な発明だ。

 ただ、同時に決定的な欠点があった。それは、魔力がない、もしくは魔力開放することができずに自身の魔力を上手く魔導具に込めることができない人には使えないということだ。

 今、魔力開放できずに長年魔法を使うことができなかった女性は魔法陣を使用することができた。これは、魔法の常識を大きく変える大発明だ。


 こっそりと別の誰かが魔力を注入するなどの不正がないことを証明するために、女性のすぐ近くには中立な立場の五人の見届け人が立っていた。

 そのうちの一人、お兄様は一歩前へ出る。


「先ほどの魔法陣の発動について、不正は行われていなかったことを証言する」

「私も不正は行われていなかったことを証言します」


 残る四人も口々に不正がなかったことを証言した。

 最後の五人目の証人の証言が終わった瞬間、見守っていた人々から、わっと歓声が上がった。


「やったぞ。遂に!」


 誰しもがその偉業を褒め称える賛辞を送る。

 私もまた、興奮した観衆のひとりだった。


(すごいわ、エド!)


 今、私の目の前で歴史的な快挙が成し遂げられたのだ。


 ──魔力を上手く扱えない人でも利用できる魔法陣を。


 それは、多くの魔法が使えない人達の悲願だった。


 ナジール国は九割以上の人は上手く魔法が使えるが、一割弱の人は使えない。

 そして、魔法が使えることを前提に生活様式が出来上がっているこの国は、魔力を扱えない人間には生活がしにくい。

 例えば一般用の家庭用調理用機器にしても、魔力を込めないと使用できないのだ。


 しかし、魔法石をセットするだけで魔力を吸収して魔法陣が発動できれば、魔力を持たない人でも魔法を使えるようになる。これまで火を使うために毎日していた火熾し作業が必要がなくなる。


 これは、ナジール国の魔法が使えない人々だけでなく、世界中の人々の暮らしを大きく変えるきっかけになるだろう。


「エド、よくやった。おめでとう!」


 お兄様は大きく両手を広げると、研究の主導を担ったエドを抱擁し、その功績を称えた。

 その場にいた人々が、大きな拍手を贈る。

 私も、手が痛くなるほどに惜しみない拍手を贈り続けた。



 ◇ ◇ ◇



 研究成果のお披露目会が終わった後、私はこっそりと魔術研究所へと向かった。

 どうしても、エドに直接、お祝いの言葉を告げたかったのだ。


 何回か来たことがある、エドの研究室をノックする。

 返事がないのでそっとそのドアドブを回す。鍵はかかっておらず、ドアはすんなりと開いた。


「エド? いないの?」


 研究室の中は、シーンと静まりかえっていた。

 私はおずおずとその中に入ると、辺りを見回す。


 大きな机の上には、たくさんの書類や本が載っていた。

 覗き込むと、ちょうど広がっていた紙には色々な図式がずらずらと書かれている。きっと、昼夜を問わず研究に没頭したときのメモなのだろう。


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