■ ダニエル視点

 その夢を見るようになったのは、十歳くらいの頃からだったと記憶している。

 繰り返し何度も見る、幸せな夢があった。


 夢の中の俺は、花のように愛らしく聡明な女性に恋をした。

 この国の唯一の王子である自分は立場上、自由な恋愛結婚が許されない。

 だから、俺はとても幸運な男だったのだろう。


 俺の住む国──サンルータ国は、あまり魔法が盛んではない。

 世界中の優秀な魔法使いは、九割以上が隣国のナジール国で生まれる。

 原因はわかっていないが、元々の民族的な問題、もしくは地理的な要因でもあるのかもしれない。

 そのせいで、サンルータ国に魔法の攻撃に対して太刀打ちできる術が殆どなかった。


 それ故、父であるサンルータ国王が俺にナジール国のアナベル王女との婚約を命じたのは、国の益になる至極まっとうな判断だ。

 

 ──政略結婚に、愛などいらない。


 そう思っていた俺の考えは、彼女と出会ったときに大きく覆された。


 長く艶やかな金の髪、宝石を思わせる緑の瞳。

 静かに横に控え、口元に微笑みを浮かべた姿。

 淑女然としているのに、喜んだときは隠しきれずに子供のような表情を見せる。


 彼女と結婚しようと考えたのは、元々は父であるサンルータ国王に政治上の理由でそうするようにと言われたからだった。

 しかし、彼女と出会い、一緒に生涯を過ごしたいと思った。

 そして、妻として娶ろうと決めた。


 その全てを、愛しいと思っていた。


「アナベル王女か……」


 朝目覚めると、夢の中の光景を思い返す。

 彼女は昨晩も、俺に屈託のない笑顔を向けていた。


 だから、俺が夢でしか会ったことがないその女性──ナジール国のアナベル王女に強い興味を持つようになったのはごく自然な流れだった。


 夢は所詮、夢でしかない。

 俺の夢のアナベル王女と実際のアナベル王女が同じ可能性は殆どない。

 そうとわかっていても、いつか本物の彼女に会ってみたいと希った。


 それが、いつからだろう。

 年齢を重ねるにつれて、幸せな夢はいつしか悪夢へと変わる。


 たまに甦る、恐ろしい光景。


 舞い上がる噴煙、崩れる王宮、血を流す兵士。

 絶望したかのような虚無な表情を浮かべ、牢にうずくまる最愛の人。

 そして、高く振り上げられた剣。


 夢の光景は全体的に曖昧だが、その頃は特にひどい。

 まるで頭にもやがかかったかのように景色が霞み、自分が自分でないような感覚。


 それでも、いくつかわかったことはあった。

 夢の中で俺の意識が混濁してまともな治政が行えなくなったのは、魔法が関係していること。

 最愛の人を牢に入れてまで横に置いた女は、紛れもなく魔女だった。

 そして、その『南の魔女』は人の心を操るだけでなく、姿を変える。

 

(魔法から身を守る術が必要だ)


 繰り返されるその夢に、強くそう感じた。


 俺は、父親に掛け合ってサンルータ国の国立魔術研究所を設立した。そして、国中から魔法が使える者を高額の報酬、働きやすい環境を提供することにより呼び寄せた。


 夢の話を真に受けて魔法対策をするなど、端から見れば気が触れたとでも取られかねない。

 けれど、断片的に記憶として甦る恐ろしい光景と悲しみにくれる彼女の表情を思い出すと、やらずにはいられなかった。


 我が国には殆ど魔法使いなどいないと思っていたが、蓋を開ければサンルータ国の魔術研究所には多くの魔法使いが集まった。

 高額の報酬に惹かれ、これまで把握できていなかった突然変異の魔法使いも何人か名乗りを上げた。そして、彼らは主に魔法攻撃に対する防御魔法の研究を行い、日々成果を上げた。



    ◇ ◇ ◇



 念願のアナベル王女との対面は、俺の王太子への立太子式典の際に実現した。

 是非アナベル王女を招待したいと、俺が強く望んだのだ。


『宮殿に華やかにダリアを飾り付け、歓迎しよう』


 招待状には直筆でそう書き添えた。

 ちょうどダリアの季節だと言うこともあるが、夢の中のアナベル王女がダリアの花を好んでいたからだ。


 そして初めて出会うアナベル王女は、驚いたことに俺が夢で見たのと全く同じ姿をしていた。

 長い金色の髪をハーフアップに纏め、こちらを見つめるのはグリーンの瞳。

 程よく通った鼻梁も、長い睫毛に縁取られた目元も、全てが同じだった。


 果たして、こんな偶然があるのだろうか? 

 

(もしかして、俺は予知夢を見ていたのか?)


 そう思ってしまってもおかしくないほど、彼女は夢の中の姿と瓜二つだったのだ。


 そして決意を新たにする。

 夢では泣いていた彼女を、この手で幸せにしようと。


 夢の中では、この時期には俺とアナベル王女の婚約話が水面下で動いていた。

 魔法国家であるナジール国と近しくなるために、サンルータ国にとってアナベル王女を迎え入れることは必須だったのだ。

 しかし、今回は魔術研究所を設立して国内でも魔法の研究が進み始めたこともあり、その話は出ていなかった。


 すぐに国内の意見調整をしてナジール国側に婚約を打診をしたが、ナジール国王からの返事は予想外のものだった。『王女が十八歳になるまで、誰との婚約も考えていない』と。


(奇妙だな?)


 我がサンルータ国との政略結婚は、ナジール国側からしても悪い話ではない。打診すればほぼ間違いなく快諾だろうと思っていた。 


 けれど、彼女と再会してすぐに気付いた。

 彼女は別の男を見つめていた。


 相手は、ナジール国の公爵家の男だった。

 王女と臣下であるが故に表立って二人の関係がわかるような行動はなかったが、ふとしたときの彼女の嬉しそうな表情を見れば、すぐに予想はついた。


(あいつ、どこかで見た気が……)


 そう考えて、気付く。

 夢の中で見たのだと。

 アナベル王女の一番近くで、いつも彼女を守り続けていた。


 夢の世界と今の世界は何かが違う。

 同じこともあれば違うこともある。

 魔法騎士だったはずの男は、なぜか王宮魔術師になっていた。

 そして、俺の知る南の魔女はエレナと比べようもないほど残虐で、あんなにあっけなく死ぬほど弱くもなかった。


(これは予知夢ではなく、時間が巻き戻るような、何かの魔法の力なのか?)


 アナベル王女にそれとなく探りを何度か入れたが、彼女は曖昧に微笑むだけで彼女も同じような夢を見ているかはとうとうわからなかった。

 もしかすると、俺が夢で見ているのは俺にとっての過去の記憶なのかもしれない。


 誰がなんのために、こんな大それた魔法をかけたのかはわからない。

 けれど、もしそうならば、俺がしなければならないことはひとつだけだ。

 

 ──あのような血の惨劇を絶対に起こさせず、サンルータ国の平和を守る。


 そして願わくは、今度こそ彼女を幸せにしたかった。


 例えそれが、俺の手でなくとも……。

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