叙爵

 エドが魔法陣を完成させて、三ヶ月が経った。

 謁見の間を訪れると、そこには既に多くの貴族達が集まっていた。

 その中央に立つのは、エドだ。


 私は玉座に座る父の背後に控え、エドのことをじっと見つめる。

 黒く短い髪は後ろに流され、よく見える顔には少し緊張の色が見えた。


「エドワード=リヒト=ラプラシュリ。こちらへ」


 父に名前を呼ばれたエドは玉座の前まで歩み寄り、膝を突いて頭を垂れる。面を上げよ、と言う父の言葉に反応して、エドが顔を上げる。


「この度の研究成果、誠に素晴らしいものであった。これにより、我が国は世界に類のない魔法大国として益々栄えるであろう。褒美として、魔術研究所の特級王宮魔術師に任命する。さらに、王宮の程近くにある屋敷を与える」


 父はエドの功績に対して、賞賛の言葉と共に褒美の品を告げる。特級王宮魔術師とは王宮魔術師の中でもさらに選ばれた一握りだけがその地位を授かれる、名誉称号だ。魔法伯が存在しない今現在、特級王宮魔術師は事実上の魔術師の頂点に位置する地位になる。


 エドは微動だにせず、じっと父の言葉に耳を傾けていた。

 一通りの褒美の品を読み上げた父が言葉を止める。


「ありがたき幸せに存じます」


 エドは父に対し、深々と頭を下げる。

 一方の私は、呆然とその様子を見守った。


(うそ……。ダメだったの?)


 仕事上の名誉称号やお屋敷、金品などは伝えられたが、一番欲しかったものは入っていなかった。

 絶対に大丈夫だと思っていただけに、私のショックは大きかった。


「それともうひとつ」


 そのとき、父がまた口を開く。


「そなたに魔法伯の爵位を授ける」


 辺りがざわめいた。

 事前に議会で決定していたはずのこととはいえ、ナジール国に魔法伯が誕生するのは大魔術師ロングギール以来──実に百年ぶりのことだ。

 魔法伯の爵位は、侯爵とほぼ同格だ。

 領地がない代わりに、それに代わる様々な特権が与えられる。

 

「っつ! ありがたき……、幸せに存じます。謹んでお受けいたします。魔法伯の名に恥じぬよう、これからも国のため、魔法技術の発展に身を粉にして取り組む所存です」


 エドはそれまでずっと強張ったままだった表情を崩し、感極まったように言葉を詰まらせる。父はそんなエドを見下ろし、ふっと表情を和らげた。


「王である間にそなたのような優秀な魔術師に恵まれたのは、わたしの最大の幸運とも言えよう。期待しているぞ」


 そして、一旦言葉を止める。


「後のことは場所を変えてゆっくりと話そう」


 話が終わったと父が片手を上げる。

 それに合わせ、謁見室にいた人々から大きな拍手が起こり、「おめでとうございます!」という祝辞が次々に沸き起こった。



    ◇ ◇ ◇



 謁見の日以来、私はエドになかなか会えずにいた。

 魔法伯に治める領地はない。しかし、色々と果たすべき役目はあり、叙爵に際して必要な打合せや事務手続きでとても忙しいようだ。


 あんまりにも忙しそうなので心配で何度か手紙を届けたら、元気にしている、姫様も体調には気をつけて、という内容の返事は来たので、体調は崩していないようだが。


 ──そんな中、私は十八歳の誕生日を迎えた。


 朝目覚めると、すんと鼻孔を掠めるのは花の匂いだ。


「お誕生日おめでとうございます。アナベル様」


 私が目を覚ましたことに気が付いたエリーは天蓋から垂れ下がるカーテンをタッセルで結ぶ。視界が開けて、今年もたくさんの贈り物が部屋の片隅に置かれているのが見えた。


「今年もたくさんね」


 先ほど香ったのは、贈り物の花の香りだったようだ。毎年のことだけれど、誰かに誕生日を祝ってもらえるのはとても嬉しいことだ。


「お祝いのカードもたくさん届いておりますよ」


 小さな花園を見つめながら表情を綻ばせる私に、エリーがたくさんの封筒が入ったトレーを見せる。


「本当ね」


 私は立ち上がると、テーブルに置かれたたくさんの封筒を見る。

 

(エドからも届いているかしら?)


 パッと見た限りはなさそうに見えた。


「お手紙は後ほどにされてはいかがでしょう? これを読んでいたら、陛下達をお待たせしてしまいますわ」


 私のドレスを用意していたエリーが、くすくすと笑う。


「ええ、そうね。そうするわ」


 確かに、一度読み始めたら止まらなくなってしまいそうだわ。

 私はこくりと頷くと、いそいそと朝の準備を始めたのだった。


 朝食の会場には、既に家族が揃っていた。私の誕生日だからか、普段より豪華に飾り付けられたテーブルを見て口元が綻ぶ。

 

「お誕生日おめでとう、ベル」


 最初に私に気が付いたお兄様がこちらに笑顔を向ける。


「ありがとう、お兄様」


 私はドレスのスカートを軽く摘まみ上げてお辞儀をする。続いて、お父様やお母様からも祝福された。


「ベルへの誕生日プレゼントは、晩餐のときに渡すよ」


 お兄様はそう言って笑う。

 

「あら、そうなの?」


 私はおやっと思った。

 毎年お兄様は朝食の際に私に誕生日プレゼントを贈ってくれるのに、珍しいこともあるものだ。


「もしかして、お父様とお母様も?」


 私はお父様とお母様のほうを見る。


「ええ。とっておきのものだから、楽しみにしていて」


 朝食のスモーク肉をナイフで切り分けていたお母様は、つと手を止めるとにこりと笑う。


(とっておきのもの?)


 そんなにもったいぶられてしまうと、益々気になってしまうわ。けれど、楽しみは取っておきなさいということなのね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る