違和感の重なり2

 私は言われていることがよくわからず、ダニエルを見返した。


「キャリーナ姫が、まるで別人のようだと感じないか? あれは本当に俺達が知っているキャリーナ姫か?」


 ダニエルはまた先ほどと同じことを、真剣な面持ちで繰り返す。


 私は返すべき言葉に詰まった。

 確かに、久しぶりに再会したキャリーナ姫は少しイライラしている様子で、穏やかでよく笑っていた以前とはまるで違っている。けれど、彼女はニーグレン国の王女であり、キャリーナ姫にほかならないのだ。


「どういう意味かわかりかねます」


 私の言葉に、ダニエルは視線を遠くに投げる。

 そちらに目を向けると、遥か向こうまで大海原が広がっているのが見えた。


「アナベル姫は、俺が渡した土産を開けたか?」

「土産?」


 なんのことかわからず、私は首を傾げる。


「サンルータ王国に来た際に土産に渡した、あのからくり箱だ」


 その言葉で思い出した。

 サンルータ王国を訪れた際に、帰り際にダニエルはからくり箱をくれた。そのからくり箱は外からはわかりにくい仕掛けが隠されており、中にメモが隠せるようになっていた。


「はい、開けました。でも、書かれていた文の意味がわかりませんでした。たしか……『からくり箱の中身は外からはわからない。故に対処が難しい。南の魔女には気を付けよ』でしたか? あれはどういう意味なのですか?」


 ダニエルは一瞬こちらを見つめ、また広い海へと視線を戻す。

 

「アナベル姫の従者の王宮魔術師──エドワール殿は俺に姿を変える魔法を見せてくれただろう? だが俺は、一度だけあれと同じ魔術を使う人物に会ったことがある」


 私は眉を寄せる。

 エドが開発した幻術は、これまで様々な魔術師達が研究を重ねたが開発できなかった魔術のひとつだ。エド以外に、使える者は今のところ存在しない。


「大変申し上げにくいのですが、ダニエル殿下の勘違いでは? あの魔術はエドにしか使えません。一体、誰が使っているのを見たのですか?」

「夢の中で、南の魔女が使った」

「──夢?」


 予想外の答えに、私は呆気にとられてダニエルを見返した。

 まさか、夢の話をしていたなんて!

 ダニエルは私の考えていることを悟ったようで、困ったように肩を竦める。


「──俺の杞憂であればいいのだが。あるときから、何度も何度も繰り返し見る夢がある。南の魔女は姿を変える。故に対処が難しい。あの夢はまるで……」


 ダニエルはそこで言葉を止めた。


「滑稽だと思ったか?」

「いえ……」


 返す言葉が見つからず、私は曖昧に言葉を濁す。

 彼が言っていることは、世間一般からすると滑稽としか言いようがない。だって、夢で見たことを心配しているだなんて。それが予知夢になると思っているのだろうか?

 けれど、ダニエルの様子から彼が真剣にその夢について心配していることがわかり、どう反応すればいいのかわかりかねた。


 ダニエルはそんな私の反応を見て、俯いて拳を握る。

 次に顔を上げたとき、そこからは苦悩の様子が消え、いつもと変わらぬ精悍さを取り戻していた。


「今夜は舞踏会だ。準備もあるだろう。そろそろ戻ろうか?」

「はい」


 私は差し出された手に自分の手を重ねた。


「先にアナベル姫のダンスの予約をしておこうかな」

「まあ、ふふっ。光栄ですわ」


 私はダニエルのエスコートで歩き始める。

 視線の先にある王宮の白い壁は、いつの間にか茜色に染まっていた。



    ◇ ◇ ◇



 天井からぶら下がるシャンデリアの目映い光に、私は目を細める。

 ニーグレン国の国王陛下は、私達の歓迎にそれは素敵な舞踏会を開催して下さった。楽団の優雅な演奏に交じり、周囲からは歓談する楽しげな声が聞こえてくる。


「アナベル姫」


 呼び掛けられた私が振り返ると、そこにはアロルド殿下がいた。


「アロルド殿下。お願いした件について、お時間を作って下さり、ありがとうございます」

「いや、構わない。最初に頼んだのはこちらだ」


 アロルド殿下はそう言って微笑むと、私との距離を詰めて二人にしか聞こえない声で囁いた。


「そろそろキャリーナが来る。警備の者には事前に伝えているから、大丈夫だ」

「かしこまりました」


 私はコクリと頷くと、ミニバッグに入れて持っていたメモにさらさらと文字を走らせる。そして、それをエドの元に転移させた。

 私がアロルド殿下にお願いしたこと。それは、キャリーナの同伴なしにエレナの治療に当たる時間がほしいということだった。

 それに対し、アロルド殿下はキャリーナも参加するこの舞踏会の時間を利用できるように、事前に根回ししてくれたのだ。


「凄いな。こうも簡単に魔法を使われると、自分もすぐにできてしまいそうな気がする」


 アロルド殿下は感嘆したような声を上げ、それでいて羨ましがるような羨望の眼差しを私に向ける。

 私も昔は、なぜ皆がこうも簡単そうにしてのけるのに自分は魔法を使えないのだろうと随分と悩んだものだ。


「我が国の魔術研究所では魔力を持たない人でも使える魔方陣の開発に取り組んでいます。もし成功すれば、アロルド殿下も魔法が使えますわ」

「本当か? それは楽しみだ!」


 アロルド殿下は目を輝かせる。

 エドのやっている『魔力を開放できない人でも使える魔方陣』の研究は、アロルド殿下のように魔力自体を殆ど持っていない人でも魔法が使えるようになる可能性の扉を開く。

 成功すれば、まさに世の中が変わる大発明になるだろう。


(研究、どれくらい進んでいるのかしら?)


 この話を振るときのエドの表情を見ると、あまり進捗がかんばしくないことは予想が付いた。この研究があと一年半で成功しなければ、私はきっとどこかの誰かと政略結婚することになる。

 その相手はおそらく──。


 視線の先では、ダニエルが無難な笑顔を浮かべてニーグレン国の貴族令嬢の相手をしているのが見えた。


 そのとき、フッと空気が揺れるような気配がした。

 空中が鈍く光り、一枚の紙がヒラヒラと舞う。エドからの手紙だ。

 私は宙に浮くそれを取ると、文面を眺めた。


「え?」

「どうかしたのか?」


 私の驚いたような声に反応して、アロルド殿下が文面を覗き込む。


「キャリーナが訪ねてきただと?」


 アロルド殿下も驚きの声を上げる。

 そこには、今日の午前中に見られなかった魔法を見せてほしいと言って、キャリーナがわざわざエド達の元を訪ねてきたと書かれていたのだ。


「どうしましょう?」


 アロルド殿下は壁にかかる大時計を見る。


「陛下がいらっしゃる予定時刻まであと三十分しかない。それまでにはキャリーナも来るはずだから、恐らく直接くるな。最近、キャリーナは舞踏会に参加したがらない。今回も顔見せだけしてすぐに戻ってしまう可能性もあるから、今行ったほうがいい」

「かしこまりました」


 私は頷くと、ペンを走らせる。

 そこには、キャリーナのことはトールに任せ、エドはエレナの元に向かうようにと書いた。


 再び魔法で手紙を飛ばすと、その返事はすぐに来た。一言、『承知』とだけ書かれている。


「大丈夫そうですわ」

「そうか、よかった」


 アロルド殿下はホッと息を吐く。


「それはそうと、一曲どうかな?」

「はい。喜んで」


 私は笑顔で差し出された手を握ると、ダンスホールへと足を進める。

 舞踏会はまだ始まったばかりだ。

 

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