話し合い

 舞踏会の会場に向かうと、ホールからはまだ優雅な演奏と人々の歓談する明るい声が聞こえてきた。入口からひょっこりと中を覗くと、ひとりの男性が足早にこちらに近付いてくる。


「アナベル様! どこに行かれていたのですか!」


 血相を変えたクロードはむくれ顔だ。

 外交官として主要な方々と挨拶や世間話を交わしていたら、いつの間にか私が会場に見当たらなくなって大慌てしていたらしい。


「クロード、ごめんなさい。それより、アロルド殿下とダニエル殿下はいるかしら?」

「アロルド殿下とダニエル殿下ですか? ちょうどあちらでお話ししていらっしゃいます」


 クロードが指し示したほうを見ると、会場の端でダニエルがアロルド殿下と歓談しているのが見えた。


「エド。少しここで待っていてくれる?」

「かしこまりました」

 

 盛装でない魔術師姿のエドを華やかな舞踏会の会場で連れて歩くことは、開催してくださったニーグレン国に対して失礼に当たるだろう。私はエドにここに留まるように告げると、ダニエルとアロルド殿下の元へと歩み寄った。

 二人が近付く私に気が付き、会話を止める。私は二人ににこりと笑いかけた。


「アロルド殿下、少しお話させていただいても? あちらで我が国の魔術師を待たせております」


 アロルド殿下は私の背後、会場入口のほうへ視線を投げ、黒いケープの魔術師姿のエドに気が付くと、私がエレナのことを話したがっているとすぐに気が付いたようだ。


「わかった。別に部屋を用意させよう」


 頷いたアロルド殿下がダニエルのほうを向く。


「先ほどの件、考えておいてほしい。申し訳ないが、私は少しアナベル姫と話があるから外し──」

「そのことですがっ」


 私は無作法は承知の上で、アロルド殿下がダニエルに話しかけている会話に割り込んだ。


「ダニエル殿下も同席してはいけませんでしょうか?」

「ダニエル殿も?」


 アロルド殿下は私の意図が読めないようで、眉を顰める。


「ダニエル殿下の力が必要なのです。お願いします」


 エドの話から推測すると、エレナには魔法がかかっており、あれは恐らく本物のエレナではない。問題解決のために、今起っていることをダニエルに話してその助言──特に、ダニエルが『夢を見る』と言ったその夢の内容が知りたかった。


 アロルド殿下は少し悩むような様子を見せたが、私のいつにない真剣な表情を見て、何かしらの理由があってのお願いであると悟ったようだ。


「わかった。ダニエル殿、よいか?」

「もちろんです」


 問いかけられたダニエルは、人のよい笑みを浮かべた。



    ◇ ◇ ◇



 アロルド殿下が用意してくださったのは、舞踏会会場から程近い場所にある個室だった。

 王宮を訪れた来賓客を接客する部屋のようで、大きな部屋の中央には精緻なデザインの絨毯が敷かれ、その上に重厚感のあるローテーブルとソファーのセットが置かれている。


 そこに、エドと私が並んで座り、向かい合ってアロルド殿下とダニエルが座る。

 エドは、すぐに先ほどエレナを診てわかったことの事実だけを語ってゆく。

 

「──以上のことから、エレナ嬢には複数の魔法がかけられているということは間違いがありません。そして、彼女は本当のエレナ嬢ではない可能性が高いです」


 話を静かに聞いていたアロルド殿下は、エドの話を聞き終えると難しい顔をして「うーむ」と低い声で唸る。


「では、あのエレナは何者だ?」


 問いかけられたエドは、私に視線を投げる。

 私の『エレナとキャリーナは入れ替わっている』という予想は、一回診察しただけの魔術師が推測で言うには、あまりに突拍子もないことだ。

 私はエドの代わりに口を開いた。


「わたくしの予想では、キャリーナ様ではないかと思っております」

「なんだと?」


 アロルド殿下は驚愕から大きく目を見開く。


「ばかな! では、今いるキャリーナは誰だ?」

「エレナさんではないかと思っております」


 淡々と答える私に対し、アロルド殿下は驚きすぎて次の言葉が出てこないようだ。アロルド殿下の隣に座って静かに話を聞いていたダニエルは明らかに表情を強ばらせている。

 

 どれくらい沈黙が続いただろう。

 ようやく口を開いたアロルド殿下はゆっくりと言葉を選ぶように紡ぐ。まるで、そうすることで自分自身を落ち着かせようとしているようにも見えた。


「確かにキャリーナはここ数ヶ月で人が変わったようになった。……。だが、アナベル姫の話はすぐに信じるにはあまりにも現実離れしすぎている。何か、確証となるものはないのか?」

「それは……」


 今度は私が言葉を詰まらせた。


 私とエドの仮説は、全てエドがエレナを診察した結果として話したことに基づいている。

 私は長年の付き合いからエドがこれに関して噓を言うわけがないとわかっているけれど、アロルド殿下からすればエドは異国の一介の魔術師に過ぎない。ニーグレン国を混乱させるために虚偽の説明をしている可能性を疑うのは至極当然だった。


「ならば……」 


 黙り込む私に代わって口を開いたのは、それまで固い表情のまま黙り込んでいたダニエルだった。


「明日、私がニーグレン国内を視察をさせていただく際にキャリーナ姫を一日お連れしましょう。ちょうどアロルド殿下にもキャリーナ姫とのことを前向きに考えてほしいと言われたばかりですし、一緒に出かけることは悪い話ではないはずです。その間にアナベル姫とエドワール殿はエレナ嬢の魔法とやらを解いて、アロルド殿下にその予想が正しいという証拠を示す。それでどうでしょう?」


 『前向きに』という単語から、すぐに先ほどダニエルとアロルド殿下が話していた会話の断片を思い出した。ダニエルは私を妻に迎えたいと言っていたけれど、キャリーナがナジール国に嫁ぐことを前向きに考えてほしいと再要請されていたのだと予想がつく。


 ダニエルの申し出はまさに渡りに船だった。

 エレナをもう一度しっかりと診て魔法を解くにも、キャリーナが近くにいる状態では、彼女はそれを許さないだろう。更に、私のニーグレン国への滞在は明後日までだ。

 つまり、私達には時間が必要だった。ダニエルがキャリーナを明日丸一日連れ出してくれるのは、非常に助かる。


 アロルド殿下はダニエルを見つめ、ふむと頷く。


「なるほど。アナベル姫、できるか?」


 問いかかけられた私はチラリとエドを見る。エドは無言で小さく頷いた。


「わかりました。明日、もう一度我が国の魔術師がエレナさんを診ます」


 『できるかどうか』ではなくて、『やるしかない』のだ。

 エドのことを信じて、私は力強く頷いた。

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