疑惑の確信

 私の頭は混乱を極めた。

 一体どういうことなのかわけがわからない。

 キャリーナなのに、キャリーナではない?


 わけがわからないけれど、私はとにかくエドにエレナの状況を聞くべきだと判断した。


 その足で直接エドが滞在している部屋に行きドアをノックすると、そっと扉が開く。


「ああ、姫様。今ちょうど戻ったところで、危うく鉢合わせになるところでした。知らせていただきありがとうございます」


 顔を出して口早にそう言ったエドは、ひどく思い詰めたような表情をしていた。


「エド、エレナさんはどうだったの?」


 この表情から察するに、もしかしてエドの力をもってしても助けることはできないのではないだろうか? そんな嫌な想像が脳裏を過り、私は咄嗟にエドに詰め寄った。


「姫様、まずはお入り下さい」


 エドは少し体をずらすと、部屋の中を片手で示す。私はその言葉に従い部屋に入る。


「それで、どうだったの?」


 私は前置きの時間も惜しく感じ、部屋にあるソファーに腰を下ろすとすぐに本題に入った。ローテーブルを挟んで私の向かいに座ったエドは、固い表情のまま言葉を紡ぐ。


「三十分程度でしたが、エレナ嬢をしっかり診ることができました。俺の姿を見てたいそう驚いていましたが、アロルド殿下の許可を得ていると伝えるとホッとしたように涙ぐんでおりました。それで本題ですが……彼女に魔法がかかっていることは間違いありません」


 エドはそう言うと、何から話すべきなのかを考えあぐねるように言葉を止める。

 時折両手の指を絡め、視線を宙に投げた。


「今日俺が感知しただけでも、彼女にはいくつかの魔法がかけられていました。黙秘系の魔法ひとつ取っても、ある一定のことを話したり書いたりしようとすることに制限がかかる、複雑なものです。また、部屋から勝手に出られないようにする拘束魔法でしたり──」

「そんなにいくつもかかっていたの? 解呪はできたの?」

「いいえ。今日は思った以上に時間がなかったので、かかっている魔法を分析するのがやっとでした。中途半端に解呪してそれが術者に気付かれると、より強力な魔法をかけられる可能性がありますし」


 エドはそこで、悩むように言葉を止める。


「信じられないことに、彼女には幻術の魔法がかかっています」

「なんですって?」


 私は思わず大きな声で聞き返した。


「だって、幻術はエドしか使えないわ。ナジール国の王宮魔術師ですら、エドの指南を受けながらようやく小さな物に幻術をかけることに成功し始めたばかりなのに──」


 幻術の魔法は偉大な大魔術師ロングギールが成功間近で生涯を終えたため、永らく幻の魔法とされていた。それを、王宮魔術師になったエドが異例のスピードで成功させるという快挙を成し遂げたのだ。

 我が国の王宮魔術師以外に使えるとは思えなかった。


「俺もそう思ったのですが、あれは幻術でした。しかも、俺の術の掛け方と極めて酷似している」


 エドは表情を固くしたまま、間違いないと断言する。


「とにかく、彼女に信じられないほどに複雑な魔法がかけられていることと、エレナ嬢の本当の姿は今俺達から見えているものとは違うということは確かです」


 ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けるとと共に、ダニエルの言葉が甦る。


 ──あれは本当に俺達が知っているキャリーナ姫か?


 庭園のガゼボで、彼は私にそう問いかけた。


「からくり箱の中身は外からはわからない……」

「え?」


 エドは怪訝な表情で私を見返す。私はその視線に応えることなく、めまぐるしく思考を張り巡らせていた。


 ダニエルは夢で、南の魔女が幻術を使うのを見たという。

 あの場ではあり得ないことだと流したけれど、現実に起こりえることだとしたら?


 南の魔女が姿を変えるのならば、今姿を変えているエレナがその南の魔女ということになる。

 けれど、エドはと言った。エレナは自分で魔法をかけたのではなく、誰かにかけられたのだ。


「まさか──」


 今日の違和感が甦る。

 ある時期を境に別人のようになったキャリーナは、私との思い出の記憶がすっぽりと抜けているようだった。


「──キャリーナが『南の魔女』ってこと?」

「姫様。『南の魔女』とはなんですか?」


 私の呟きを聞き逃さなかったエドは、私を見つめて困惑の表情を浮かべる。


 私はぎゅっと膝の上で手を握り込んだ。

 今まであり得るはずがないと決め込んでいた。けれど、キャリーナが偽物であると考えると色々とこれまでの違和感が消えるのだ。実際に別人なのだから、別人のように感じて当然だ。


(でも、本当のキャリーナはどこに?)


 そこで、私はハッとした。


 エレナは誰かから魔法をかけられている。

 そして、エレナが体調を崩した時期とキャリーナの人が変わったようになった時期は同じ。

 とすれば──。


「エレナが全部やったのね……。入れ替わっているのよ」


 この国で再会したとき、エレナは私の顔を見て喜びを露わにして、何かを訴えようと必死に涙を流した。

 あれは、自分こそがキャリーナだと気付いてほしいと訴えていたのではないだろうか。


 一方、私の向かいに座るエドは眉間に皺を寄せる。


「エレナ嬢がやった?」


 エドに夢中で私の考えを告げると、エドは「うーん」と唸った。


「姫様の想像ではエレナ嬢とキャリーナ姫が入れ替わっていることですね? しかし、以前俺がナジール国で案内したとき、エレナ嬢は俺の幻術を見て驚いていました。少なくとも、あのときに幻術が使えたとは思えません」

「そうよね……」


 私は遠い記憶を呼び起こす。


「たしか、ナジール国にエレナさんが来たとき──」


 あのとき、事件が起きた。

 禁書室に保管された禁書が盗まれたのだ。しかも、そこにいないはずのエドの姿が禁書室で目撃された。

 あれもエレナが幻術を使っていたのではないだろうか?


 しかし、私の話を聞いたエドは首を横に振る。 


「確かにエレナ嬢が幻術を使えたと考えると、色々と筋が通ります。ただ、あのときはなくなったはずの禁書がいつの間にか元の場所に戻っていました。つまり、あそこの防御壁を越えられるほどの魔力を持ち、かつ、転移魔法が使えなければなりません。エレナ嬢は、あのときそんなにたくさんの高度な魔法が使えたとは思えません。もちろん、幻術もです」


 エドが言うことは尤もだ。けれど、全てエレナがしたと考えれば筋が通ることはエドも否定できないようで、考え込むように腕を組んだ。


「そう言えば……」


 あれはキャリーナに初めて出会ったときだった。


 ──彼女、凄いのよ。一度見たら、どんな魔法でも使えるようになっちゃうんだから。


 サンルータ王国を訪れていてかの国の魔術研究所を訪れたキャリーナは、故郷に残してきたエレナのことを確かにそう語った。


「一度見たら? もしそれが本当だとしたら、完全なる『複製魔法コピーの使い手』ですね。過去に何人か存在したことが文献に残っていますが、俺も見たことはありません。今現在、世界中に一人も存在しないと思っていました」


 エドは驚いたように目を見開いた。


 『複製魔法コピーの使い手』はグレール学園の魔術の授業で習った。目の前で誰かが魔法を使うと、それを完全に再現できる特異な才能の持ち主だ。一説では、ロングギールもそれだったと言われている。


「もし彼女が本当に複製魔法コピーの使い手なら、我が国で見た魔法は既に使えるはずです。それに、歴史的に複製魔法コピーの使い手は全員が秀でた魔術師でした。禁書の中身も理解して使えるようになっている可能性があります」

「禁書の中身も?」


 怖くて体が震えそうになる。

 それは、私はおろかエドも使えないような魔法すら、彼女は使える可能性があるということだ。


 ふと思う。

 今のキャリーナは、前世で私が出会ったキャリーナのようだと。


 ダニエルは南の魔女が幻術を使うのを夢で見たと言った。

 それは本当に夢なのだろうか? 

 或いは彼にも前世の──。


(とにかく、ダニエル殿下と話さないと)


 私はすっくと立ち上がると、エドを見下ろした。

 もし本当にダニエルに記憶があるのだとすれば、かつての世界で私をあんな目に遭わせた彼に助けを請うのは不本意ではあるけれど、今頼りに出来そうなのは彼しかいない。


「エド。ダニエル殿下のところに行きたいの。付き合って」

 

 ダニエルはまだ舞踏会の会場にいるだろう。

 一刻も早く彼と話すべきだと思った私の表情を見てエドもただごとではなさそうだと悟り、唇を引き結んで頷く。


「承知致しました。お供します」


 エドは立ち上がると、エスコートするように私の手を取った。

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