予期せぬ招待状 2
翌日、グレール学園に登校した私はすぐにクロードをつかまえた。教室に入るや否や駆け寄ってきた私に、呑気な顔をしてあくびを嚙み潰していたクロードは慌てて姿勢を正した。
「ねえ、クロード。教えてほしいことがあるの」
「教えてほしいこと?」
そう聞き返しながら、クロードは肩に掛けていた鞄を机に置く。中には本でも入っているのか、ゴンと固い音がした。
私が聞きたいこととは、もちろん昨日の招待状の件だ。
なぜダニエルが私を招待してきたのか意図が摑めないので、ジュディオン侯爵家の情報ネットワークを持つクロードだったら知っているかと思ったのだ。ちなみに、クロードは父親であるジュディオン侯爵の後を継ぐべく、卒業後は外交分野の政務官となることが決まっている。
「わたくしに招待状がきたのよ。不思議だわ」
「不思議? そうかな? 他の諸外国にも、軒並み王族を数人招待しているようだからそんなにおかしいとも思わないけど……」
クロードは何が不思議なのかがわからないと言いたげに、首を傾げる。私はうっと言葉に詰まった。
確かに、諸外国にも同じように招待状を送っているなら私に招待があったところで何も不思議はない。単に、前世のときよりも盛大な戴冠祝いをするということだろうか。
「周辺国にも同じように送っているの?」
「そう聞いているよ。少なくとも、ニーグレン国には送っているはずだよ。叔父上が大使をしているから、この情報は間違いない」
「ニーグレン国……」
その国名を聞いて、私は表情を強張らせた。ニーグレン国は私が前世で牢獄に入れられるきっかけになったキャリーナ王女の母国だ。もしや、その戴冠式にはダニエルだけでなく、キャリーナ王女までいるのだろうか。あんな悲惨な運命を辿る原因になった二人が……。
「ベルも招待されたんだね。いいなあ。僕も行きたいけれど、無理そうだよ。ベルの成人祝賀会が楽しみだな。今、誰を招待するかの選定に入っているみたいだよ」
「そう……」
ナジール国の成人年齢は十六歳なので、私の成人祝賀会は私の次の誕生日の少し後に行われる。ちなみに成人祝賀会は前世で私とダニエルと出会った会でもある。
時期的にはちょうどグレール学園を卒業した直後になるだろう。その頃にはクロードも新米政務官として活躍し始めるので、今から楽しみにしているようだ。
その後もクロードは楽しげにどこどこの誰に会うのが楽しみだという話をする。その様子に、私はこれ以上の情報を得るのは無理だと判断したのだった。
◇ ◇ ◇
このまま放置することもできないので、私は学園から王宮に帰ってくると机に向かった。
返信に記載したのは『ご招待ありがとうございます。慶んで参加させていただきます』と礼儀に則った文章のみだ。一体どういう意図で招待状を送ってきたのかがわからない以上、何もすべきではないと判断したのだ。
「よし、できた」
最後に封蠟を垂らしてトンッと王室の印を押す。それを持つと、私はすっくと立ち上がった。忘れないうちにお兄様に届けようと思ったのだ。
既に成人して王太子として執務をこなしているお兄様は、普段は王宮内の執務エリアにいる。同じ王宮内とはいえ、私が普段過ごしているエリアとは少し離れている。私は散歩がてら、そこまでこの書簡を渡しに行くことにした。
心地よい風が抜ける渡り廊下には白い石製のベンチが所々に設えられており、少し視線を移動させれば見事に手入れされた庭園が広がっている。その庭園やベンチには、ちらほらと王宮にご機嫌伺いに来たのであろうご令嬢やご婦人の姿なども所々に散見された。
そして、中にはこんな姿も──。
「リエッタ、今は職務中だ」
「わたくし、どうしても貴方様にお会いしたくて……。だって、最後にお会いできたのは八日も前だわ」
リエッタと呼ばれたご令嬢は少し目を潤ませる。
「リエッタ……」
言葉を詰まらせた男性(後ろ姿だから顔は見えないけれど、白い騎士服からして近衛騎士ね)が彼女をそっと抱き寄せて顔を寄せようとしたそのとき、女性が少し離れた場所で自分達を眺める私の姿に気付きぎょっとしたような顔をする。そして、慌ててその男性から離れた。
「王女殿下。これはお見苦しいところをお見せして失礼いたしました」
男性もぎょっとした様子でこちらを振り返る。そして、顔を青ざめさせてさっとひざまずいた。
どうやら私は恋人達の逢瀬の邪魔をしてしまったようだ。
「大丈夫よ。わたくしが後から来たの。それに、執務時間にも適宜休憩は必要よ。でも、もう少し木陰でこっそりとした方がいいかもしれないわ。そこだとここから丸見えよ」
私は苦笑して今自分がいる場所を指差す。私がいるのは何も特別な場所ではなく、ただの渡り廊下の一角なのだから。
二人はばつが悪そうに顔を見合わせる。そして、男性は女性の手を握った。
「今夜、少しの時間だけどきみの屋敷を訪問するよ。寂しい思いをさせて悪かった」
それだけ言うと男性は握っていた手を離し、私に一礼すると王宮の建物内へと消えて行く。きっと、職務に戻るのだろう。そして、残された女性──リエッタは花が綻ぶかのような笑みを溢した。
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