昔話(2)

「大っ嫌い、みんな大っ嫌いだわ。『あなたのため』って言いながら、自分達の利益ばっかり考えている。笑顔で話しかけてくるけど、心の奥底では『言うことを聞かない厄介な一族の田舎娘』ってバカにしているの。ここの人達は表面上は私を大切に扱うけど、もしも明日、私が魔法を使えなくなったら、きっと手のひらを返したように私を捨てるわ」


 それこそ物みたいにね、とエレナは吐き捨てるように言った。


「そんなこと──」


 そんなことないわ。


 そう言いたいのに、言葉が出てこない。

 本当にそんなことはないのだろうか?

 ここの人達は彼女の利用価値がなくなったとしてもこれまで通りに大切にしてくれる。

 そう言い切れないことを、私は頭のどこかで知っていた。


 私は一歩後ずさる。

 すぐにキャリーナが眠るベッドにぶつかり、それ以上は進めなくなった。

 揺れた衝撃で、キャリーナが「うーん」と言って身じろぐのを感じた。


 エレナはそんな私達を、無表情に見つめる。


「あなた達はいいわよね。生まれたときから王女様で、皆にかしずかれて、周りからも大切にされて。それが当たり前だと思っているの」

「私は──」 

 

 そのときだ。

 廊下とこの寝室を隔てるドアがガタガタと揺れた。


「姫様? 姫様!」


 こちらに呼びかける声は、エドのものだ。

 部屋のドアに開かなくなるような魔法がかかっているのか、外から激しく揺らしている。


「お喋りも悪くないけど、時間切れみたい」


 ドアのほうをちらりと見たエレナは、こちらを向くとにこりと微笑む。


「やめて……」

「今さらやめても、もう遅いでしょう? だったら、邪魔者は全員消して、周りの人の記憶を消してしまうほうがずっといいと思わない? あなたの連れてきた魔術師、とってもいい魔法を教えてくれた」


 口元は笑っているのに、ぞっとするような冷たい笑みだった。


 この子はとても冷静だ。

 喋りながらそう感じた。


『解呪』


 エレナが解呪魔法を口にすると、パリンとガラスが割れるような音がして私とエレナを隔てていた防御シールドがいとも簡単に砕け散る。破片が上質な絨毯の上に散らばった。


 これは復讐なのだ。

 権力に家族と自分の幸せを奪われた一人の少女の、壮大な復讐劇。


「来ないでっ!」


 スッとこちらに伸びた手を見て、私はもう一度自分達に防御魔法をかける。しかし、それもすぐにまた砕け散った。

 隣室にいたアロルド殿下やダニエル達も異変に気が付いたようで、「ドアを壊せ」とか「なんとかして開けろ」という声がしきりに聞こえてくる。


「エド!」


 圧倒的な力の差に、私は助けを呼ぶ。

 声は外にまで聞こえているようで、ドアは激しさを増してガタガタと鳴った。


「ほら、そうやってすぐに誰かに頼ろうとする。あなた、誰かが助けに来てくれるのが当然だと思っているでしょ?」


 エレナは心底軽蔑したような眼差しを私に送ってきた。


「だから、あなた達が嫌いなのよ」


 エレナの体から、閃光が走った。


(殺される!)


 私は咄嗟に頭を抱えて目を瞑る。けれど、すぐに襲ってくると思った痛みは一向に来なかった。

 恐る恐る目を開けた私は、目の前の光景に目を瞠った。


 私とエレナの間には、再び防御シールドが出来上がっていた。それも、私が作り出せるよりも遥かに高度な防御シールドが。


「なんなのよ、これ? こんなの作れるなんて聞いてない!」


 エレナが目を見開き、憎々しげに叫ぶ。


(これ、もしかして……)


 私は胸元の魔法珠を取り出す。赤い珠は鈍く光を発していた。

 かつての世界のエドがくれた魔法珠が私を守ってくれている。


(今なら……、エドが手伝ってくれるならできるかも)


 魔法珠に込められた魔力が空になればこの不思議な力は消えてなくなる。魔法珠に作った術者の魔力が溜まるのには時間がかかるので、やるなら今しかない。それに、今を生きるエドも部屋の外から解呪を試みているはずだ。

 私は全神経を集中させ、解呪魔法を唱える。


 ──バシン!


「キャリーナ! 無事か!」

「姫様!」


 遂にドアを開き、アロルド殿下達が部屋になだれ込んできた。

 エレナは舌打ちすると、片手をそちらに振る。

 その手の動きに合わせて稲妻が走り、彼らの足下の絨毯が焦げる嫌な臭いが漂った。


「殿下、お下がりください」


 エドはアロルド殿下とダニエル達を守るように前に立ち、防御シールドを作り出した。

 

「エレナ、やめるんだ。なぜこのようなことをした」


 アロルド殿下が、エドの背後からエレナを諭すように語りかける。


「うるさいっ!」


 周囲を完全に囲まれながらも、エレナはアロルド殿下を睨み付ける。


「あなた達が悪いのよ。あなた達さえ私の目の前に現れなければ、こんなことにはならなかった」


 エレナの声は震えていた。

 まるで泣いている子供のような表情に、私はギュッと胸を掴まれるような感覚を覚えた。


「みんないなくなればいいっ!」


 エレナの魔力が急激に膨張するのを感じ、私は咄嗟にまずいと思った。

 魔法珠は既に魔力の放出によりピンク色からほとんど白へと変わっている。

 

 バーンとエレナの魔力が弾け、部屋全体が大きく揺れる。

 それとほぼ同時に、私の目の前にあった防御シールドが消失するのがわかった。


「姫様っ!」


 衝撃が来る直前、力強く抱き寄せられる。

 すっぽりと包むような温もりの中で、耳をつんざくような轟音と激しい衝撃を感じた。

 

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