未知の魔法(1)
辺りがシーンと静まりかえり、私は恐る恐る目を開ける。
「エド?」
私を守るように胸に抱き寄せ、エレナと対峙しているのはエドだった。
また大きな衝撃が走り周囲から火柱が上がると、エドがそれを打ち消すように部屋の床が氷に覆われる。
次に雷撃が走ったが、それも周囲に当たる前にエドの雷撃とぶつかり空中で弾ける。
ゴゴゴ……。
地鳴りのような音がした。
お互いの魔法の技術が拮抗しているため、エレナとエドの二人は微動だにせずに睨み合った。
「お止めください。こんなことをしても、何にもなりません」
「じゃあ、私にこのままこの人達のいいように働き続けろって言うの!? 私から家族を奪った、この人達のもとで!」
エドの諭すような声に、エレナは逆上したように叫ぶ。
「私、転移魔法を使えるようなってから一度だけ田舎に戻ったのよ。そうしたら、家も畑も荒れ果ててて、もぬけの殻だった。みんないなくなった。元から貴族のお坊ちゃんで王女殿下のお気に入りのあんたに、私の気持ちなんてわからないっ」
叫ぶエレナの頬に一筋の涙が伝う。
エドはヒュッと息を呑んだ。
「エレナ、それは誤解だ」
部屋の入口で固唾を呑んでこちらを見守っていたアロルド殿下が口を開く。
「エレナの一族には、優秀な魔術師を輩出した褒美としてもっと豊かな土地とそれなりの金品を与えた。田舎が荒れ果てていたのは、移住して今は誰も住んでいないからだろう」
「うそつき! そんなはずないわ! 私を連れて行くとき、『言うことを聞かなかったら罰する』って両親に言ったじゃない!」
「私が言ったことは本当だ。きみの家族は今も元気に暮らしている。当時、エレナが言うようなことが本当にあったなら、それはこちらの不手際だ。きみの集落に派遣した騎士達に事情を確認しよう」
頑ななエレナに、アロルド殿下は再度諭すように語りかける。
その真摯な様子に、少しだけエレナのこわばりが解れたのを感じた。
そこで、今度はダニエルが前に出た。
「信じられないのなら、俺も一緒に確認しに行こう。きみの昔の故郷と、新しい故郷を。マーガレットが咲く、美しい場所なのだろう?」
「なんで、それを……」
エレナは明らかに動揺したように、目を見開く。
──マーガレット。
言わずと知れた、白く可愛らしい花だ。
ふと、エレナがナジール国に来たときのことが脳裏に甦った。
初対面のエドから魔法で転移させたマーガレットの花を差し出されたエレナは、感情を乗せない能面のような顔を一瞬だけ嬉しそうに綻ばせたのだ。
「でも、あなたは信用できないわ。私を裏切ったもの」
エレナは睨むようにダニエルを見上げる。
ダニエルはそんなエレナの様子に、苦笑を浮かべた。
「では、これに関して嘘をついたら締まる首輪でもつけようか?」
「本当につけるわよ」
「どうぞ。構わない」
挑発するように言うエレナに、ダニエルも負けていない。
ダニエルがエレナに手を差し出すと、しばらくその手を見つめていたエレナはおずおずとそこに手を伸ばしかける。
二人の手が重なりそうになったそのとき──。
「やめろっ!」
ダニエルの焦ったような叫び声が聞こえた。
エレナに対し自分と手を重ねるのをやめろと言っているのかと思い驚いた私は、すぐにそれが違うことを悟った。
エレナの背後にいた近衛騎士が長剣を抜き、エレナに斬りかかるのが見えた。
目の前に赤が散り、絨毯が濡れる。
目を見開くダニエルの手をすり抜けて、エレナの体が崩れ落ちた。
「誰か、医師を!」
ダニエルが叫ぶ。入口ではアロルド殿下が焦ったように部下に指示を出していた。
「医師を呼ぶのでは間に合わないわ。治癒魔法を」
私は咄嗟に、エレナに治癒魔法をかけようと試みる。しかし、先ほどまでのエレナとの攻防で魔力をほとんど使い尽くしており、思うように魔法が使えない。
「エドっ!」
「やっています」
エドは私が声をかけるまでもなく、治癒魔法をかけていた。傷口が塞がっていくのに一向に立ち上がらないエレナを見下ろし、焦りの表情が見えた。
「これは──」
駄目かもしれない。
エドが小さな声で呟く。
治癒魔法は万能ではない。表面上の傷は治せるが、死の淵に向かっている人間をこの世にとどめ続ける力はないのだ。
「私は──」
小さく呟いたエレナの口から、こぽりと血が溢れる。
エレナの体から魔力が放出され始めたのがわかり、エドが叫ぶ。
「やめろっ! 死を早めるぞ!」
エレナはこんな状況でも、何かの魔法を使おうとしていた。
魔力の放出は生命力を奪う。
けれど、エレナからの魔力の放出は止まらない。
周囲に鈍い光が放たれ、血に染まった床が光り始めた。
「これは……、魔方陣?」
私はその光を見つめたまま呟く。
エレナから発した鈍い光は直径二メートルほどの円形を描き、周囲に光の古代文字が刻まれる。
この世界に転生してからというもの、私は魔方陣についてもかなり勉強してきた。ほとんど全ての魔方陣を把握しているつもりだったのに、一度も見たことがないものだ。
エドもそれは同じようだったようで、魔方陣から出るように私をエレナから引き剥がすと、赤い瞳に驚愕の色を乗せて床を凝視していた。
──私はただ、幸せになりたかったのよ。
小さすぎてよく聞き取れなかったけれど、エレナはそう言ったように聞こえた。
「──嘘つき。みんな、大嫌い」
今度ははっきりとそう聞こえた。
魔方陣が強く光り輝き、エレナの体が包まれる。
眩しさに耐えられず、私は目を瞑った。
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