十六歳の誕生日 2
その日、私はたくさんのプレゼントを持って早めに帰宅した。
普段使いと言っても違和感がない程度に華やかなドレスに着替え、薄く化粧を施すと部屋で今か今かとドアがノックされるのを待つ。
前髪を直そうと鏡を覗いているとトントントンと音がしたので、慌ててそれをドレッサーの中にしまった。
「アナベル様。ラプラシュリ様がお越しです」
「お通しして」
ツンと澄ましてそう言うと、エリーによって部屋のドアが開かれる。エドは私の姿をみとめると、表情を綻ばせた。
「お誕生日おめでとうございます。姫様」
「ありがとう、エド」
私が立ち上がると、エドは眩しそうにこちらを見つめて目を細めた。
「今日は……なんだか大人びて見えますね」
私は自分のドレスを見下ろす。
実は、今日は少しだけ大人っぽいドレスを選んだのだ。だって、成人したのだから私はもう大人だわ。グレール学園の卒業舞踏会と成人祝賀会のドレスをローラ・アダムスで作ったときに、せっかくだからとあと何着か注文したうちのひとつだ。
リボンなどの飾りはなく、代わりに裾に精緻な刺繍が施されている。スカートの膨らみもなく、緩やかに大人っぽい曲線を描いている。
「似合わないかしら?」
「いいえ。とてもお似合いですよ」
エドは部屋の中の花に目を向けて、私の耳元に口を寄せる。
「とてもお綺麗なので、花の妖精が現れたのかと思いました」
今日の私の私室は、まるで庭園のように花で溢れている。
エドはそれでこんなことを言ったのだろう。
囁かれるように言われた甘言に、頬が一気に紅潮するのを感じた。
エドはそんな私を愛しげに見つめ、頬を撫でた。
「姫様。一緒に散歩に行きませんか?」
「散歩? いいけど」
てっきりお茶をするのだとばかり思っていた私は、エドの提案に少し拍子抜けした。けれど、今日は急いで帰ってきただけあってまだ外も日が高く昇っているので、散歩も悪くないかもしれない。
私はお茶の準備に行っていたエリーに少しだけ出かけてくると告げると、エドの方を振り返る。
「お手をどうぞ、姫様」
「ええ」
エドはまるでダンスホールに誘い出すかのような優雅な所作で私の手を取った。
「珍しいわね。エドから散歩に行こうだなんて」
エドと私は時々王宮の庭園を一緒に散歩したりするけれど、大抵は私から誘っている。エドから誘われることは殆どないのだ。
「今日は、姫様の願い事をひとつ叶えて差し上げようかと思いまして」
「私の願い事?」
なんのことだろうと首を傾げる私を、エドは庭園の植木が茂った人目のつきにくい場所へと連れ出す。そして、こちらを見つめながら意味ありげににやりと笑った。
「見ていて下さい」
「うん?」
何を見ているのだろうと思っていると、エドはブツブツと何かの呪文を唱え始めた。すぐにエドの周りの魔粒子が集まり始め、空気中で日の光を反射してキラキラと煌めく。
そして──。
「え!?」
私は本当に驚いた。だって、今さっきまでいつものエドだったのに、今はエドは全く違う。
茶色い柔らかそうなくせ毛が風に揺れている。こちらを見つめる瞳は赤ではなく茶色。
少し垂れ目の、とても優しそうな男性がそこにはいた。どこからどう見ても別人だ。
「凄いわ!」
驚きすぎて、思わず大きな声を上げてしまった。
これは幻術だとすぐにわかった。以前、文鎮をガラスのりんごに見せる幻術を見せてもらったことがあるけれど、もう人に適用できるようになっていたなんて。
姿を変えたエドは周囲を見渡して、誰もいないことを確認すると人差し指を口元に当てる。私は慌てて両手で口を塞ぐと、声を潜めて恐る恐るエドに話しかけた。
「それでわたくしも変身させて、デートするのね?」
「そうしたいのですが、まだ完全ではなくて、自分にしか掛けられないのです。だから、姫様には少しだけ」
そう言いながらエドは私に手をかざして何かを呟く。
再び魔粒子が辺りを漂い、鈍い光を放った。
(あ……)
私の髪の毛は明るい金髪だ。けれど、光が消えた今、視界に映った肩に掛かる髪は栗色をしていた。
「髪の色を変えたのね?」
「髪の色と瞳の色を変えました。いつも可愛らしいですが、この色合いもとても可愛らしいですよ。これでもう、姫様が王女だと気付く人はまず居ないはずです。デートに行きたいのでしょう?」
「行きたいわ」
私はぶんぶんと首を縦に振る。
エドと人目を気にせずにデートだなんて、なんて素敵な誕生日プレゼントなのだろう。
「では、早速行きましょう。時間がない」
エドはポケットから懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「五時まではまだ時間はあるはずよ?」
さっき部屋を出るときに壁際の置き時計を確認したので間違いない。あと二時間はあるはずだ。
きょとんとする私を、エドは申し訳なさそうに見下ろす。
「先ほども申し上げたとおり、まだ術が不完全なのです。効果の持続時間は一時間ちょっとですね」
「そうなの……」
一時間。それはきっと、エドと過ごしたらあっという間だろう。
エドはポケットから魔力がこもった魔法石を取り出すと、私の腰を抱き寄せる。
「だから一時間、楽しみましょう。行きますよ」
エドのぬくもりに包まれたまま視界がぐにゃりと歪み、足下が抜けるような浮遊感。
次に足の裏に地面を感じたとき、私は何度かオリーフィアと来たことがある城下の町にいた。
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