十六歳の誕生日 1

 ふんわりとした優しい香りがした。

 寒さの峠は越えたとはいえ、まだ涼しさが残る朝。心地よい微睡みから覚醒するのはいつも辛いけれど、こんな素敵な香りに包まれるならあながち悪くもない。


 目を開けると、辺りはすっかり明るくなっていた。

 天蓋から垂れ下がる薄い布越しに見える部屋の中には、たくさんの花が飾られていた。


「おはよう、エリー」


 私は部屋の中を忙しなく動き回るエリーに声をかける。エリーは私の声に気付くと、笑顔でこちらに歩み寄ってきた。


「おはようございます、アナベル様。お誕生日おめでとうございます。十六歳ですわね」

「うん、ありがとう」


 私は少しはにかんで、お礼を言う。

 十六歳。

 それはナジール国における、成人年齢だ。


「皆様から、お祝いのお花が届いておりますよ」


 エリーが部屋の中に並べられた花を指さす。国内貴族から届けられたものを、私が寝ている間に侍女達が運び込んでくれたのだろう。どれも美しく咲きほこり、中にはカードが添えられたものもあった。


「あ」


 私は一際豪華な花に添えられたカードに手を伸ばす。そこには、ラプラシュリ公爵家の家紋が入っていた。


『王女殿下の成人を謹んでお慶び申し上げます エドワール=リヒト=ラプラシュリ』


 儀礼に則った一言が添えられているだけのそれに、内心がっかりする。しかし、私はすぐにおやっと思い、目を擦る。文字が徐々に薄くなっているのだ。そして、今度は別の文字が浮かび上がる。


『お誕生日おめでとうございます。本日、放課後にお祝いに伺います あなたのエド』


 たった一行だけれど、こんな凝った仕掛けをしてくれるなんてさすがは王宮魔術師ね。きっと、私以外がこの手紙を開いたら、この仕掛け文字の魔法は発動しないのだろう。


(どんなお祝いをしてくれるかしら?)


 手紙だけでもびっくりしたのだから、きっととびきりのお祝いを考えてくれている気がする。

 想像するだけで楽しくなって、無意識のうちに笑みが零れる。


「随分と楽しそうですわ。何が書いてあったのですか?」

「え? ただのお祝いよ。エドが放課後、お祝いに来てくれるって」

「そうですか。それはようございました」


 エリーは私を見つめながら、にこりと微笑んだ。



   ◇ ◇ ◇



 朝食の席では、家族がお祝いしてくれた。お父様とお母様からのプレゼントは先日注文していた成人祝賀会で着る予定のドレスとアクセサリー、お兄様からはレースと羽で飾られた可愛らしい帽子だ。さすがのお兄様も、今年は年相応のプレゼントにしてくれたようだ。


 そしてグレール学園に登校すると、馬車を降りるなり皆から祝辞を贈られた。

 おめでとうございます、お祝い申し上げます、と次々に声をかけられる。


「おはよう、ベル。お誕生日おめでとう!」

「おはよう。お誕生おめでとう」

「おはよう、フィアにクラーク。二人ともありがとう」


 教室に着くやいなや、先に登校していたオリーフィアとクラークに声を掛けられた。先にオリーフィアから小さな箱を手渡され、開けてみると、銀色に輝く素敵なペンが入っていた。よく見ると、私の名前が彫られている。成人したら執務で使うと思って、とオリーフィアは屈託なく笑う。

 私はそれをありがたく受け取ると「ありがとう」と告げた。

 続いてクラークが机の上に置いていた包みを差し出す。


「開けてもいい?」

「もちろん」


 わくわくしながら開けると、中からは美しい織物が出てきた。細い糸で織り込まれた布は、よく見ると繊細な模様を描いている。


「これはショールかしら?」

「そ。ニーグレン国のものだよ。叔父上から送ってもらった」

「そうなの? ありがとう」

 

 私はそのショールを試しに肩から羽織る。だいぶ薄手のそれはうっすらと布の向こう側が透けるほどで、南に位置するニーグレン国ならではの織り方だ。

 全体的に繊細な模様が施されており、ため息が出るような美しさだ。この薄さの布を均一に織るのはきっと優れた職人の手が必要だろう。


「そう言えば、ニーグレン国からは外務副大臣と第一王女殿下が参加されるそうだよ」


 ご機嫌でそれを眺めていると、クラークが思い出したようにそう言った。


「え?」

「だから、ベルの成人祝賀会だよ。何カ国かから、もう参加の返事が来てるんだけど、ニーグレン国からは外務副大臣と第一王女殿下が参加されるそうだよ。後は、勉強のために何人か魔術師を同行させたいと」

「まあ! そうなのね」


 私はパッと表情を明るくさせる。

 ニーグレン国の第一王女殿下とは、キャリーナのことだ。前世では本当に苦手(というのは語弊があるかしら? とにかく、絶対に関わりたくない人ね)だったけれど、今世のキャリーナにまた会えるのは楽しみだ。

 きたる再会に、私は胸を躍らせた。

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