嘘
顔が離れると、また私達はお互いを見つめて微笑み合う。
私は手を胸の高さまで上げると、エドから贈られた指輪を見つめた。
「綺麗ね」
本当に綺麗だと思った。
日の光を浴びてキラキラと煌めく金剛石。その中央に燦然と輝くのは深紅の魔法珠だ。
「気に入りましたか?」
「ええ、とても。こんなに美しい魔法珠、他にはきっと存在しないわ」
断言した私の言葉に、エドは口元を綻ばせる。
「そう思わせてくれたのは、姫様ですね」
「どういうこと?」
私は首を傾げる。
「赤い瞳は忌み嫌われます。悪魔のようだと。でも、姫様はずっと昔、俺の瞳を見て『綺麗ね』と言ってくださった。俺がどんなに救われたか、わかりますか?」
私は口をつぐむ。
エドの言うとおり、赤い瞳は人々から忌み嫌われる。この世界に転生した直後に出会ったエドは前髪を長く伸ばして顔を隠していた。瞳の色を隠すためだ。
「赤い瞳は不吉な前兆だと言われます。血のようだと」
「違うわ」
私はエドの言葉を遮るように口を開く。
「赤い瞳は奇跡の色なのよ。血は生命を繋ぐものよ? それに赤は気高いバラの色だわ。少なくとも、わたくしはエドに出会えたことを奇跡だと思っているの」
本当に、奇跡だと思っている。
仄暗い牢獄でただ死を待つだけだった私を励ましてくれて、不思議な魔法でもう一度人生のやり直しをさせてくれたのは他でもないエドだ。
エドは驚いたように僅かに目を見開いたが、すぐにふわりと微笑む。
「俺も、自分の人生最大の奇跡は姫様に出会えたことだと思っています」
「うん」
まっすぐに伝えられる愛情が、なんだかむず痒い。
自分の人生で、こんなに幸せなときがくるなんて、思っていなかったから。
「わたくしも、エドに魔法珠を贈らないと。作ったことないのだけど、作れるかしら?」
「作れますよ。手のひらに意識を集中させて、全身の魔力流し込むように──」
エドは私の右手を両手で包むと、やり方を教えてくれた。頭から足の先まで全ての魔力を右手に集中させる。
「昔、エドにこうやって魔力を集中させるやり方を教えてもらったわね」
魔法珠を作るのは魔法開放するための訓練に似ていて、少し懐かしさを感じた。
「そうですね。これからもずっと、わからないことがあれば教えて差し上げますよ」
にこりと微笑んだエドがふと何かに気付いたように視線を下に向ける。私の手に重ねていた自分の手をずらした。
「できたようですよ」
「え?」
私はそう言われて、視線を自分の右手の手のひらに向ける。そこには、直径1センチ程の丸い魔法珠があった。色は、私の瞳と同じグリーンだ。
「本当だわ」
生まれて初めて見る自分の魔法珠は、新緑のように鮮やかな緑だった。
(あれ? これ、どこかで……)
不思議と既視感を感じて首を傾げる。
「王妃殿下の魔法珠と似ているからではないでしょうか?」
「うーん、そうかしら?」
確かに、お母様の身に付けているお父様から贈られた魔法珠は、グリーンだ。
「綺麗ですね。グリーンは俺の一番好きな色のひとつです」
「本当? ちょうどよかった」
私はぱっと表情を明るくする。
エドはそんな私を見つめ、優しく目を細めた。
「グリーンは姫様の瞳の色だから、好きです」
「……うん」
なんだか頬が熱くなる。
「エドは何にセットするのがいいかしら?」
「いつも身に付けていられるものがいいですね。そうだな……、指輪は邪魔になることがあるし──」
「……ピアスはどう?」
「ピアス?」
「うん」
エドが悩んでいるのを見ていて、急に思い出したことがある。
かつての世界のエドは、いつも片耳にピアスをしていた。うろ覚えだけれど、多分それは出会った頃からだったと思う。これと同じような、緑色の石が嵌まっていた。
きっと、小さなときに贈られたお気に入りのものだったのだろう。
「いいですね」
エドは名案だと言いたげに、屈託なく笑う。
「じゃあ、今度エドがお休みのときに土台を選びに行きましょう」
「はい。そうですね」
そう答えたエドは、ふと何かを聞きたげに私を見る。
「姫様の──」
「うん、何?」
「姫様のしているネックレスは魔法珠ですよね。それを誰からもらったのかは、まだ教えて頂けないのですか?」
エドの視線は私の胸元、いつも付けている、かつての世界のエドから貰った魔法珠へと向いていた。
私は迷った。これを誰にもらったのか、話しても信じてもらうことはとうてい難しいような、滑稽な話だからだ。
「私が今から話すこと、到底信じられるような話じゃないの」
それでも、エドならきっと信じてくれる。そんなエドへの信頼感が、私に真実を話す勇気をくれた。
私は自分の身に起きた不思議な出来事を話す。
私の人生が二度目であること、そして、この世界に送ってくれたのはエドだったこと。
でも、ダニエルに嫁ぐことになっていたことや、牢獄に入っていたことは話さなかった。そんな辛い話、話す必要もないし、エドが悲しむだけだと思ったから。
「では、この魔法珠は俺の…?」
「そうよ」
私はネックレスの留め金を外すと、おずおずとそれをエドに手渡す。エドはそれを受取ると、まじまじと見つめていた。
「初めて見たときから、自分の魔力に酷似しているとは思っていたんです。こんなに似た魔力を持つ人間がいるのかと、正直驚いていました。俺のものだとすると、それも当然ですね」
「うん。……信じてくれるの?」
「だって、本当なのでしょう?」
エドは私を見つめ、小首を傾げる。その顔を見たら、信じてもらえないかもなんて悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。エドはいつも私の味方をしてくれる。
「魔力はどこから供給されているのかな……」
エドはかつての世界で自分が作ったという魔法珠に興味津々の様子だ。
「時間逆行の魔法をかけたのでしょうか」
「そんな魔法、あるの?」
「ないですね。少なくとも、現時点では存在しないです」
かつての世界の自分が使ったという未知の魔法に、エドは首を傾げる。けれど、すぐに気を取り直したように笑う。
「姫様に魔法珠を贈ったということは、そのときも俺は姫様の夫だったのですね?」
「……っつ!」
私は言葉を詰まらせる。そうに違いないと完全に信じているエドに、残酷な事実を告げることはできなかった。
「ええ、エドは私の夫だったわ」
「よい夫でしたか?」
「もちろん」
「幸せだった?」
「うん」
エドは満足げに笑う。
「では、今回はもっと幸せにしてみせますよ」
もう一度抱き寄せられて、唇が重なる。
幸せな夢を終わらせたくなくて、私はエドにたったひとつ、嘘をついた。
その嘘が後々に彼を苦しめ続けることになるとは、夢にも思っていなかったのだ。
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