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隣り合う二カ国の王族が政略結婚することなど、珍しくもなんともない。
ただ一つ普通でないことがあるとすれば、政略結婚をすることが既に決まり、友好的な関係にあったはずのサンルータ王国が、私の故郷であるナジール国に攻め入ったことだ。
まだ私がサンルータ王国入りして数ヶ月も経っていない、結婚式の準備を進めている最中のことだった。
ことの発端は、何の前触れもなく唐突に訪れた。
「ベル。ニーグレン国のキャリーナ王女が到着したようだ。少し相手をしてくるよ」
「はい。行ってらっしゃいませ」
ある日、予定より二週間も早く到着した隣国の王女を迎えると言って、いつものように笑顔で謁見室に向かったダニエル。
そのときまでは、いつもと変わらなかった。優しく微笑み、去り際には私の頬にキスを落とし、愛しげに見つめる。そして、名残惜しそうに頬を指でなぞった。
しかし、数時間後にドレスに合わせる装飾品の最終確認をしていた私の元に戻ってきた彼は、まるで別人──鬼のような形相をしていた。
「ベル。貴様、なんてことを……」
いつもの彼らしからぬ様子に、私を含めその場にいた他の者達も顔を見合わせた。
「陛下? どうなされました?」
「どうもこうもあるか! ナジール国と内通し、俺を裏切ろうとしたな!?」
憤怒で顔を染めたダニエルは私を睨み付け、乱暴な様子でこちらに近づく。次の瞬間、左頬に鋭い痛みが走り、口の中には鉄の味が広がった。
「きゃあ!」
突然の国王の行動に、侍女達がパニックになり悲鳴を上げる。誰かが落としたのか、陶器が割れるような音が部屋に響いた。
「姫様!」
勢いで撥ね飛ばされ床に倒れた私を、部屋の隅に控えていたエドが駆け寄って助け起こした。ダニエルはその様子を眺め、目を細めた。私がぶつかってしまったせいで床に散らばった、高価な貴金属をゴミのように踏みつけながらこちらに近づく。
「そうか、わかったぞ。その男とできているのだな?」
「何を……」
「お前は顔だけはよいからな。なるほど、その男を通して祖国と内通していたのだろう? 俺には清純ぶりながら、陰では誰にでも股を開く淫乱が!」
蔑むような目でこちらを見下ろすダニエルを、ただただ見上げることしかできなかった。
内通? 淫乱?
言われていることを理解した途端、頭が真っ白になる。
「わたくしは、そのようなことはしておりません!」
何が起こっているのか、訳がわからない。
私がエドと不貞を働き、祖国と内通してダニエルを亡き者にしようとしているですって?
天に誓ってそんなことはしていない。
「陛下! 誤解です」
「黙れ! 貴様を信じた俺が愚かだった。そもそも魔法を使えない王女など……。その時点でナジール国が我がサンルータ王国を侮辱していることは明らかだ。俺が若い国王だから簡単に陥落できると思っていたのだろう? 誰か、この者を部屋に閉じ込めよ」
「え……」
私は言葉を失い、呆然とダニエルを見つめる。
いつもなら優しく微笑み、頬にキスをくれる彼は、その代わりに憎いものでも見るかのような凍てついた眼差しでこちらを見下ろしていた。
なぜなの?
どうして、そんな目で私を見るの?
胸の内がすーっと凍りついてゆく。
私の祖国、ナジール国は、非常に魔法が盛んな国だった。生まれながらに魔力を多く持つ国民が多く、多数の魔術師や魔法騎士を抱えて新魔法の開発にも積極的だ。世界広しといえども、ナジール国ほど魔法が発展している国はほかにないだろう。
にもかかわらず、王女である私は、彼が言うとおり魔法を使えなかった。体の中に膨大な魔力を持ちながら、それをうまく放出させることができないのだ。
魔法の使い方は完璧に覚えて魔力も豊富。なのに、魔力を放出できない故に魔法を使うことができない〝出来損ないの王女〟──それが私だ。
けれど、決して侮辱などではない。ナジール国に王女は私一人しかいなかったのだ。そのことはダニエルとてわかっていたはず。
「魔法が使えなくても、構わない。君に来てほしい……。陛下はわたくしに、そう仰ったではありませんか!」
両方の瞳から、熱いものが流れ出た。
だって、そう言ったじゃない。
君を愛してる、俺が守るからって、言ったじゃない!
嘘つき。嘘つき。嘘つき!
そこからの日々は記憶が曖昧だ。夢と現実の狭間を生きていたとでも言おうか。いつ寝て、いつ食べたのか。そんな生命を繋ぐ最低限の営みのことすらわからないのだ。
数か月後、ようやくダニエルと再会したときには『お前の祖国はなくなった』と言われ、有無を言わせずに投獄をされた。
かくして私は牢へと繋がれ、こうして籠の鳥以下、ネズミ捕りにかかったドブネズミのような日々を過ごしている。
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