エドとの再会 2
エドは私に無言でじっと見つめ返されて居心地が悪いようで、困惑したような表情で視線をさ迷わせ、遂には俯いてしまった。
「ベル、こんなところにいたのか。教室にいないから、どこに行ったのかと心配したよ」
「あ、お兄様」
後ろから声を掛けられ、振り向くとお兄様がいた。エドからの手紙を見てすぐにここに来てくれたようだ。エドはホッとしたように顔を上げる。
お兄様の横には、どこかで見覚えのある少年がいた。茶色い髪に、意思が強そうな金の瞳。背がとても高く、平均身長のお兄様と頭一個分近く高さが違う。まだ少年なので細さは残っていたが、恵まれた体躯に成長するであろうことは容易に想像がつく。
彼はもしかして──。
記憶を辿っていると、私達を見比べていたお兄様が口を開く。
「もうエドには会っていたんだね。ちょうどよかった」
エドの肩にお兄様がポンと手を乗せる。
「もう挨拶はした? こちらはエドワール=リヒト=ラブラシュリ。ラブラシュリ公爵家の次男だ。時々、食事の場で話すだろう?」
そして、続けて隣にいる茶髪の少年の肩に手を添えた。
「こっちはドウル=ブリノ=ヴェリガードだよ。代々騎士として名高いヴェリガード伯爵家の嫡男だ」
「まあ。ヴェリガード家の」
ヴェリガード家は、ナジール国で代々騎士団の主要な地位を務める名門騎士家系だ。当代のヴェリガード伯爵も我が国の将軍を務めている。
さきほど彼に見覚えがあると感じたとき、すぐに気が付いた。優秀な騎士であったドウル様はお兄様の近衛騎士を務めていたから、何度も見かけたことがあるのだ。
「二人とも私のよき友人だから、困ったことがあると頼るといい。ベルのナイトだよ」
「私のナイト?」
「そう、私が任命した。この二人の目が行き届かないときは……君は確かジュディオン侯爵家のクロードだね? よし、きみをベルの三人目のナイトに任命しよう。我々の目が届かないときは妹を守ってくれ。ああ、そうだ。近くにいることを許したからって、くれぐれも変な気は起こすなよ?」
お兄様は笑顔で近くにいたクロードの肩をポンと叩く。クロードは首振り人形のように首を縦にぶんぶんと振った。
そのときだ。目の前に大きな手が差し出された。
「アナベル殿下、よろしく」
「ええ。よろしく、ドウル様」
そこに自分の手を重ねると、ドウルは騎士流に片足をついて唇を寄せる。それに気が付いたお兄様は、慌てたように止めに入ってきた。
「おい! ちょっと目を離した隙に何をしている!」
「挨拶ですが?」
「唇を寄せていただろう?」
「ナイトを任命されましたので、騎士流に挨拶したまでです」
「っく! お前、意外と侮れないな」
お兄様は悔しそうにドウルを睨み据えたが、すぐに気を取り直したように私に向き直った。
「ベル。今日は初めての登校で疲れただろう? 学内の見学もいいけれど、明日以降にしたらどう?」
ドウル様を完全に無視して、お兄様は心配そうに私の顔を覗き込む。私はエドの方をちらりと窺い見る。
長い前髪で目元が隠れているせいで、何も表情は伺えなかった。
私はお兄様のアメジストのような紫色の瞳と目を合わせると、力なく微笑んだ。
「ええ、そうするわ。お兄様、ありがとう」
その場にいたクロード、オリーフィア、ドウル様、エドの四人に「ごきげんよう」と別れを告げる。
笑顔で手を振る二人と軽く片手を上げたドウル様に対し、エドは軽く会釈をするだけだった。
「初めての学園は、どうだった?」
「楽しかったわ」
「それはよかった。困ったことがあれば、なんでも言うのだよ」
「うん」
帰りの馬車の中で、殆ど口をきくことなくぼんやりと外を眺めていた私を見て、お兄様は心配そうに問いかけてきた。
「──ありがとう、お兄様」
目を合わせて微笑むとお兄様は目を瞬かせ、次いでにっこりと笑った。
「いや、構わない。ベルはあんまり外に出ることがなかったから、無理しないようにね」
「うん。わかっているわ」
お兄様は王宮にずっと籠っていた私が外に出たので疲れているのだと勘違いしているようだ。本当に、妹思いで優しい兄だと思うわ。これ以上の心配をさせないように、私は笑顔で頷いた。
けれど、私は疲れていたわけではなくて、ショックを受けて考え事をしていただけなのよ。何度も何度も、今日のエドの、私と会ったときの反応を思い返す。
──あれは明らかに、よく知らない王女殿下に会う貴族令息の態度そのものだった。しかも、今日会った四人の中で一番他人行儀だったのだ。
それに、同じ人のはずなのに雰囲気も随分と違った。かつて私の護衛騎士を務めたエドは凛々しく、精悍な男性だった。それに対し、今日会ったエドは顔を隠し、どこか影がある。
そして、なによりも一番気になったのは──。
(もしかして、エドには前世の記憶がないの?)
何度思い返してもそうとしか思えなくて、私は途方に暮れた。
エドに会うことができさえすれば、一緒にこれからのことを考えられると思っていた。なのに、これでは完全に一人ぼっちの戦いだわ。
制服のポケットに、片手を入れる。指先にころりとした感触を感じ、私はそれを握りしめた。そっとポケットから手を抜いて開くと、手のひらで光るのは真っ赤な魔法珠。まだたっぷりと魔力が籠っている。
やはり、あれは夢などではない。現実にあったことなのだ。
私はもう一度手を握りしめる。
馬車の窓から外を覗くと、通り沿いで小さな子供達が鬼ごっこをして遊んでいるのが見えた。この平和な光景を守るため、私は一人でも戦わなければならない。
(どうか、わたくしを見守っていて)
握りしめた手を額に当てると、かつて最期まで私を守ろうと戦ってくれた、忠実な魔法騎士に思いを馳せた。
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