お友達 2

 なぜ、こんなふうになってしまったのだろう?

 先ほどから止めどなく漏れるため息は、まだまだ止まりそうにない。


 サンルータ王国のダニエル王子の立太子に伴う戴冠式は昨日、滞りなく執り行われた。

 戴冠式といっても、王になる戴冠式ではなく王太子なる戴冠式だ。きっと小規模のものだろと勝手に思い込んでいたけれど、想像に反してそれはそれは盛大な催しだった。


 この短期間で見る限り、ダニエルはこの国の王子としてとても国民に慕われているようだ。

 一般人は参加できないとわかっているにもかかわらず、王宮の外は祝福に駆けつけた人々で溢れていた。そして、国王より一回り小さな冠を被ったダニエルは、将来立派な王になるであることを疑わせないような凜々しさがあった。


 周囲から割れんばかりの拍手喝采と歓声の雨。

 人々は絵顔で、陽気な賑わいが辺りを包み込む。

 

 私は微笑みを浮かべて参列者達に手を振るダニエルを見つめながら、どこか置いてきぼりにされた子供のような気持ちでいた。ダニエルの視線がゆっくりと移動してゆき、私を捉える。すると、彼は涼しげな目元を少しだけ細め、口元に笑みを浮かべた。


 ドキッとして、咄嗟に目を逸らす。

 再び視線を向けたとき、彼は既に別の方向を向いて手を振っていた。


 


 立ち上がって窓に歩み寄る。外に広がる青空の所々には綿のような雲が浮かんでいる。片手を窓枠に添えて、ゆっくりと右から左へと流れて行く様を眺めた。


 はぁっとまたため息が漏れた。


 ここ、サンルータ王国を訪問してからの自分の不甲斐なさに、呆れてしまう。

 一国の王女である私は、本来ならこれを期に諸外国の方々とパイプを作り、国のためになるよう立ち回るべきだ。それなのに、実際には何一つできておらず、こうやって部屋に引きこもっている。

 ダニエルと婚約回避したいなら、なおさら諸外国との関係をよくするように努めるべきだ。なのに、下手に出歩いてダニエルやキャリーナとばったり出くわしてしまったらどうしようと思うと中々足が外へと向かわない。

 

(本当に、情けないわね……)


 項垂れていると、トン、トン、トンと背後からノックの音が聞こえた。


「はい?」


 誰だろうと思いながらドアを開けた私はその隙間から見えた予想外の人物に目を見開いた。


「ごきげんよう、アナベル様」

「キャリーナ様……」


 驚いてドアノブに手を掛けたまま動けずにいる私に、キャリーナは優雅に微笑みかける。


「あのね、とても美味しい紅茶をご紹介していただいたの。よかったらご一緒にどうかと思って」


 そう言うキャリーナは手にお盆を持ち、その上には花の絵付けがされた茶器のセットが置かれている。ティーカップに満ちた琥珀色の液体はまだ淹れたてのようで、ほんのりと湯気が立っている。

 そして、その蒸気に乗って懐かしい香りが鼻孔をくすぐった。


「これは……ディンブルティー?」

「あら? アナベル様はご存じでしたのね? わたくし、昨日初めて口にしました。とってもフローラルですっかりと気に入ってしまって」


 〝ディンブルティー〟とは、サンルータ王国のディンブル地方で作られる紅茶のことだ。茶葉と一緒には様々な花びらを乾燥させたものを混ぜ込むのが特徴で、独特なフローラルな香りがする。

 なぜ私がそんなことを知っているかというと、前世においてダニエルの婚約者としてサンルータ王国で過ごしていた頃、この紅茶を気に入ってよく飲んでいたからだ。


 キャリーナはそんなことなど全く知らぬ様子で、にこにこと人当たりのよい笑みを浮かべている。

 お茶の誘いの手紙が来たのならまだしも、もう本人がお茶を持ってここに来てしまったのだから追い返すこともできない。私は部屋の奥にいるエリーに目配せすると、滞在していた部屋にあったテーブルセットへとキャリーナを促した。

 

「初めての外遊はどうです? まだ緊張している?」

「いえ……」


 なんと返していいかわからず、当たり障りのない一言だけを返す。

 一方のキャリーナは持参した紅茶を飲み、自身の初外遊の思い出話をし始めた。彼女の初外遊先はナジール国とは反対側に位置する国で、女性をエスコートする文化がなかったという。


「誰も手を取ってくれないからいつまでも立っていたら、みんな同じように立ち止まったまま歩かないの。どうしようかと思っちゃったわ」


 どうやらキャリーナはその外遊先で馬車を降りても誰もエスコートのための手を取ってくれないので、誰かが来てくれるのを待って動かなかったらしい。けれど、最も高貴な立場であるキャリーナが動かないのでその場に控える者達も動くに動けず、結局五分近く全員で立ち尽していたらしい。


 その様子を想像して、私は思わず噴き出した。

 きっと、みんながみんな、さぞかし困惑したことだろう。


 キャリーナが私を見つめ、「よかった。やっと笑ってくださったわ」と嬉しそうに笑う。


「え?」

「アナベル様がこちらにいらっしゃってからずっと元気がないと、お兄様のシャルル殿下がご心配されておりましたのよ? ダニエル殿下も気にされているようでしたし、少しは気分が変わって気持ちが上向けばと思ったの」


 屈託のない笑顔を浮かべるキャリーナを見つめたまま、私は酷くショックを受けていた。

 お兄様やダニエルが私を心配していたということも勿論だけれど、それ以上にショックだったのはキャリーナのことだ。


 ──この人は、純粋に部屋に引きこもりがちで一向に姿を現さない私を心配して、緊張をほぐそうと心を砕いているのだ。


 紅茶を持ってきたキャリーナを見て、一瞬でも毒でも混ぜ込んで殺されるのかと警戒した自分を恥ずかしく感じた。

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