いたずら 2
「ゲロッ」
(……ん? ゲロッ?)
恐る恐るその手に握られたものを見て、危うく卒倒しかけた。
「い、い、いやぁぁぁーー!!」
思わず、礼儀作法も忘れて絶叫する。
だって、私が手に摑んでいたのは体長一〇センチほどの立派なヒキガエルだったのだ。魔法薬の作成材料として魔法実験室で飼育されているものだ。
「嫌だ、嫌だ! 捕まえて!」
涙目になりながら叫ぶと、エドは小さな声で呪文を唱えてそのヒキガエルを籠に閉じ込めた。そして、目に一杯涙を貯めた私をまじまじと見つめる。
「うーん。──駄目ですね」
「は?」
「うちの妹は、これで魔力解放したのですが。驚き方が足りなかったのかな?」
顎に手を当ててぶつぶつ言いだしたエドを見て、呆気にとられてしまった。
駄目だった?
驚き方が足りない?
つまり、今のはエドがわざとやったってことね?
「エ、エドワール様! 酷いわ!」
「すいません。次はもっと驚かせます」
「そうじゃないわ!」
「じゃあ、怖がらせる?」
「!!」
エドは涙目のまま硬直した私を澄まし顔で見下ろしていたけれど、暫くすると耐えきれないようにくすくすと笑いだした。
あんまり楽しそうに笑うものだから、怒る気も失せてしまう。
それに──。
鮮やかな赤色の瞳が、優しく細まる。
──エドはいつも私を王女として扱い一線を引いて接してくるから、こんなに楽しそうに笑う姿を見たのは今世では始めてだった。その笑顔を見たら、胸をキュッと摑まれるような不思議な感覚に襲われ、私は自分の手を胸に当てた。
「お許しください、アナベル殿下」
「許さないわ」
ぷいっとそっぽを向く。無言になったエドの様子を窺おうとチラリと横を見上げると、ばっちりと目が合ってしまい慌てて目を逸らす。
「それは困りました」
エドは眉尻を下げ途方に暮れたように、頬を指で掻く。なんだかその姿を見たら、もう少しだけ我儘を言って困らせてみたいような気分になった。
「では、魔術を教えてくれたら──」
「はい?」
「エドワール様がこれから、わたくしが魔術を使えるように教えてくれたら、許してあげるわ。だって、エドワール様は飛びぬけて魔術に秀でているとお兄様が仰っていたもの」
「それでお許しいただけると?」
「ええ、そうよ」
私はつんと澄ましてエドを見つめ返す。
エドはにっと意味ありげな笑みを浮かべた。
「──かしこまりました。けれど、俺は厳しいですよ? できの悪い弟子は帰れなくなるかもしれない」
「え?」
そ、そんなに厳しくされるの?
驚いて目を見開いたままエドを見上げると、エドは目が合った瞬間にくくくっと肩を揺らして笑いだした。
「酷いわ! またからかったわね?」
「申し訳ありませんでした。アナベル殿下が可愛らしいので」
性懲りもなくそんなことを言うなんて。さては私を妹と同じようにあしらっているわね?
「エドワール様! そんな風に他人をからかう人には、もう『様』付けしてあげないわ」
「では、『エド』とお呼びください」
エドは楽しげにそう返してくる。どうにもエドが一枚
「師匠と弟子なら、この喋り方の距離感はおかしいわ」
「アナベル殿下。そうは言われましても、王族である殿下と俺の間には一定の礼儀はあるわけです」
その礼儀とやらを一切すっぽかして、人の頭にヒキガエルを載せたのは誰だったかしら? 帰ったら最初に髪の毛を洗わないとだわ。
ジトっと見つめるとエドは私の言いたいことを悟ったようで、苦笑した。
「…………。では、これからはアナベル殿下を『姫様』とお呼びするのはどうでしょう?」
その単語を聞いたとき、懐かしい声が聞こえた気がした。
──姫様。
かつての世界で、私の護衛騎士だったエドは私のことをそう呼んだ。始めて出会った日から、最期の別れとなるその瞬間まで。
最後に聞いた、目の前にいるエドより、低く落ち着いた口調が記憶に蘇る。
「お嫌ですか?」
急に黙り込んだ私の顔を、エドが心配そうに覗き込む。
「ううん、嫌じゃないわ。では、わたくしは今後、エドワール様を『エド』と呼ぶわね?」
「姫様のお気に召すままに」
エドは赤い目を細め、にこりと笑った。
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