禁書の紛失 2
ダニエルから強い調子で進言されたお兄様は、すぐに行動に移した。
私やエド、他の王宮魔術師を伴い、あたかも祝賀会参加の御礼と別れの挨拶に伺ったように見せかけて各部屋を訪問したのだ。
さすがに毒性のある虫が出たという言い訳は来賓者を不安にさせてしまうし、荷物を開けろというのも無理がある。けれど、ある程度近付けば中に入って荷物を開けなくても、同行した王宮魔術師が探査魔法で探すことができる。
各国の来賓者達はお兄様の丁寧な対応にとても感激し、皆にこやかに対応してくれた。中には少しお茶でも飲んでいかないかと部屋に招き入れてくれる方も多かった。
順番に部屋を回って半分近くを回り終えて廊下へ出たとき、異変が起った。
王宮図書館の警備をしていた近衛兵の一人が、息を切らせてこちらにやってきたのだ。
「殿下、禁書が見つかりました」
「見つかった? どこでだ?」
お兄様がすぐにその近衛兵に子細の説明を求める。
「それが……、王宮図書室の本棚です」
「なんだと?」
お兄様の眉間に深い皺が寄る。
禁書室はおろか、王宮図書室の中にもないことは散々探し回ってわかっていた。だからこそお兄様にまで報告が行き、エドが尋問されたりダニエルの元に昨晩のことを確認に行ったりしたのだ。
それなのに、今になって見つかった?
「どういうことだ。誰が出入りしていたか確認は?」
「それが……」
近衛兵が表情を固くして、お兄様を見つめ返す。
「その時間帯、誰も出入りしませんでした」
「誰も?」
「はい」
「……。どういうことなんだ……」
お兄様は困惑を隠せないようだった。もちろん、私もだ。
こんな奇妙な現象が起るなんて、一体どうなっているの?
お兄様の横で近衛兵の話を聞いていたエドは考え込むように黙り込んでいたが、おもむろに口を開いた。
「考えられることは二つですね。一つは、王宮図書室の近衛兵が禁書が元々そこにあるのを見逃していた。もう一つは、禁書を持ちだしていた何者かが王宮図書室に入らずに──例えば転移魔法を用いて──禁書をそこに戻した。ただ、王宮図書室には持ち出しを制限するために転移魔法を無効化するシールドが張られています。それができるとすれば、かなりの腕を持つ魔術師であることは間違いないでしょう。しかし、例えば私を始めとする王宮魔術師レベルになればそれが可能なはずです」
「誰がなんの目的で、そんなことをする必要がある? そもそも王宮魔術師なら禁書室に立ち入る正当な許可証がある。正面から入って普通に閲覧すればいいだけだろう? それに、昨日エドを目撃したという近衛兵達の証言はどうなる?」
「それは……。つまり、王宮図書室の近衛兵がそれについても嘘をついているか、私にとても似た人間がいたということになります」
近衛兵が共謀して嘘をついているとすれば、確かに全て説明は付く。
しかし、彼らにはこんなことで嘘をついて王太子であるお兄様まで巻き込んで大騒ぎにする理由が全くない。最悪、禁書を紛失した失態とお兄様に虚偽の申告をした罪、及び公爵家の子息であるエドを犯人に陥れようとした罪で投獄される可能性だってあるのだ。
一方、エドに似た人間という説も考えにくい。
エドは夜の闇のような漆黒の髪と血のように赤い瞳をしている。こんな組み合わせの人を私はエド以外に見たことがない。とても珍しく、そしてあまり好まれる色ではないからこそ、幼いときのエドもそれを気にして顔を髪で隠していたのだ。
見間違えるとすればダニエルの部下の魔術師達だが、『幻術を見せてもらった』と言っていたからエドに間違いないわ。
「わけがわからないな。見つかった禁書は本物で間違いないのか?」とお兄様が念押しする。
「先ほど魔術研究所の所長に本物だと確認していただきました」
近衛兵はすぐに答えた。
「では、すぐに元の場所に戻すように。併せて王宮図書室の魔法シールドは近日中により強固なものに変更するように所長に伝えておけ。俺は途中で挨拶を止めるわけには行かないから残る来賓者の元を回ってからそちらに行く。それまでに、事実関係をもう一度整理するように」
お兄様が指示を出すと、近衛兵は敬礼して足早に戻っていった。お兄様はその後ろ姿を見つめていたが、おもむろにエドを見つめた。
「エド。禁書は読めばすぐに我が国の魔法の技術が流出するような脅威になるものか?」
お兄様からそう尋ねられたエドは、言葉を選ぶようにゆっくりと答えた。
「通常の魔術師レベルであれば、あれを読んでも意味がわからないでしょう。ただ、王宮魔術師レベルの使い手であれば記述されていた魔法理論を理解して応用させることも可能かもしれません。つまり、読み手次第です。ただ先ほど申し上げたとおり、もしも犯人が王宮図書室の魔法シールドを破って禁書を転移させたとなると、理解できる可能性が高いです」
「やはりそうか。エドが二人いた件について、お前はどう思う?」
「それに関しては、正直想像もつきません。私が開発した幻術を使えば可能かもしれませんが、あれを使えるのは今現在、この世に自分一人だけであると思っています」
「なるほど。わからないことだらけだな」
お兄様は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
禁書が見つかったからよかった、でこの件はお終いではないのだ。我が国の魔法の技術が流出した可能性が否定できない。そして、相手が誰なのかがさっぱりわからない、後味の悪さ。
この件はその後もお兄様が中心となり、懸命に調査が進められた。しかし、真相が明らかになることは遂になかった。
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