噂 3
私はとても申し訳ないことをした気がして、キュッとネックレスを握りこんだ。
「でも、わたくしがこんなものを貰ってしまっていいの?」
「なぜそんなことをお聞きに?」
エドは不思議そうに首を傾げる。私は唇を噛む。
「ラブラシュリ公爵家とモンシェリー侯爵家の間で婚約するって……。アイリーン様と一緒にサンクリアートで魔法珠のネックレスを選んだのでしょう?」
「ああ、よくご存じですね。まだ公表していないのに。それに、サンクリアートにエイラと一緒に行ったことまで。お店にいるのを誰かに見られたのかな?」
エドは苦笑いをした。『エイラ』とは、アイリーン様の愛称だ。そんなにも仲がよいのかとツキリと胸が痛む。
「そう……。おめでとう」
「はい、ありがとうございます。兄に伝えておきます」
「お兄様に?」
なぜお兄様に伝えるのかと、私は訝しげに聞き返す。エドは怪訝な顔で私を見返して首を傾げた。
「エイラと婚約したのは兄ですが?」
「え!? そうなの?」
「はい。それで、兄と選びに行く前に魔法珠を嵌めるアクセサリーの下見に行くと聞いたので、姫様に贈るものを一緒に選んでくれないかと相談したんです」
私は予想外の話に驚いた。てっきり、エドがアイリーン様と婚約したので、そのためのネックレスを買ったのだと思っていたから。
「もしかして、二人でサンクリアートに行って買ったのがこれ?」
「そうですが?」
「…………。嫌だわ、わたくし勘違いしていたみたい」
「勘違いと言うと?」
狼狽える私をエドは不思議そうに見返す。自分の早とちりにカーっと頬が赤くなるのを感じた。
「エドがアイリーン様と婚約するのだと思っていたの。だから、避けたりして……」
「俺を避けていたのですか?」
エドに聞き返されて、私は言葉に詰まってしまった。だって、仲良さそうにする二人を見るのが辛かったのだもの。無言で俯いていると、エドがじっとこちらを見つめているのがわかった。
「…………。姫様、よかったら付けて差し上げましょうか?」
「え?」
エドは私からネックレスを受け取ると後ろに回り、金のチェーンを首の後ろから回してきた。
金属を嵌める気配が背後でして、吐息を感じそうなほどに近いその距離間に体が硬直しそうになる。前世では散々ダンスで男性達と近い距離で接してきたはずなのに、こんなに緊張してしまうのは久しぶりだからだろうか。
「できましたよ。こっちを向いて」
振り向くと、まっすぐにこちらを見つめるエドと目が合った。私の胸元と顔を見比べて、口許を綻ばせる。
「とても可愛らしいですよ」
「ありがとう……」
なんだかとても気恥ずかしく感じて、赤らむ頬を隠すように顔を俯かせた。
「他の人には何を貰ったのですか?」
「ほか? えーっと、フィアからは扇子を貰ったわ。レースと羽が付いていて、とても素敵なの──」
私は今日貰ったものを思い出すように一つひとつ上げてゆく。
「あとはね、お兄様からは馬のぬいぐるみを頂いたの。わたくしが乗馬を上手にできるようにっておまじないですって」
「ぬいぐるみ?」
先ほどまでは笑顔だったエドは虚を突かれたような顔をする。
きっと、十五歳の誕生日プレゼントがぬいぐるみと聞いて、子供っぽいと驚いているのね。でも、私はとても嬉しかったから、ちっとも気にしないわ。
「ははっ。シャル──シャルル殿下らしい。どうしても姫様を小さな子供のままにしておきたいのですね」
「どういうこと?」
「あとひと月もすれば俺達は卒業する。そうしたら、どうなると思います?」
「えーっと、お兄様やエドは大人の仲間入りをして、働き始めるわ。そして、わたくしは八回生になるの」
エドは目を瞬き、耐えきれない様子でくくっと肩を揺らした。
「いいですね。これでこそ姫様です。殿下の気持ちがわかります。ずっとそのままでいてください」
「エド? わたくし、十五歳になったのよ? あと一年で成人よ。立派なレディだわ」
なんだか子供扱いされた気がして、私は口を尖らせた。実を言うと、中身は十八歳プラス三歳、つまりこの世に生を受けて二十一年なのよ? エドよりもずっと年上なのに。
「ええ、知っていますよ。だからこそ、皆が大切に城の奥に閉じ込めておきたいと思っていたのです。けれど、一度飛び立った小鳥は二度と籠へは戻らない。皆、姫様を心配しているのですよ」
よく意味がわからず、首を傾げる。エドは真紅の瞳を優しく細めると、私の胸元に飾られた魔法珠に視線を移しそっと手を伸ばす。そして、そこにかかる髪の毛を整えてくれた。
「姫様。やっぱり俺も誕生日プレゼントを頂いても?」
「もちろんよ」
「姫様は再来週の舞踏会に殿下のパートナー役で出ますね?」
「ええ、そうよ」
私は頷いた。再来週、学園主催の舞踏会が開催される。
昨年は七回生だったお兄様は欠席したが、今年は八回生なので参加が必須だ。私は婚約者がまだいないお兄様のパートナー役を務めることになっている。
「よろしければ、そのときにダンスにお誘いしても?」
エドは赤い瞳を細めてこちらを見つめ、まるで舞踏会でダンスを申し込むかのような仕草で手を差し出す。そこに手を重ねると、キュッと握り返された。
「それが誕生日プレゼント?」
「そうです。王女殿下のセカンドダンスのお相手を務める権利ですから、そうそう手に入れられません」
「……うん」
「約束ですよ?」
かつての世界で、ダンスに誘われることなど数えきれないほど経験した。けれど、こちらを見つめて微笑むエドを前に、私はまるで生まれて初めてダンスに誘われた少女のように頬が赤らむのを止めることができなかった。
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