サンルータ王国の魔術研究所 1

 よくよく考えれば、エドがあの世界のエドワール=リヒト=ラプラシュリと別の人格であるのと同様に、この世界のキャリーナ王女とダニエル王子もあの世界の二人とは別の人間なのだ。


 そう思うと、急激に警戒心と緊張感が解れてゆくのを感じた。


 キャリーナと私は年が一つしか変わらず、お互いに王女という立場も一緒。この人とゆっくりと膝を突き合わせてお話をするのは初めてだってけれど、話せば話題が次々と湧いてきて尽きない。

 最近キャリーナが仕立てたというドレスの話題で盛り上がっていると、再びドアをノックする音がした。


 今日は随分と来客が多い日だ。

 今はキャリーナがいるので、私は近くに控えていたエリーに目配せして対応してもらった。エリーはドアを開けて来客を確認すると、すぐに慌てたようにこちらにやってきた。


「アナベル様、ダニエル殿下がお越しです」

「ダニエル殿下が?」


 なぜここにダニエルが?

 理由が全く思いつかずにキャリーナの方を見ると、目が合った彼女もなんの用事か思いつかないようで小首を傾げている。一方、ダニエルは既に部屋に入ってきており、私とキャリーナが二人でお茶をしている様子を眺めて僅かに片眉を上げた。


「ごきげんよう、ダニエル殿下。いかがなさいましたか?」


 私はすぐにすっくと立ち上がり、淑女の礼を取る。

 ダニエルは昨日の豪華な式典服ではなく、楽な貴族服を着ている。


「突然訪ねて申し訳ない。楽にしてくれ」


 ダニエルは私に顔を上げさせる。


「先程、キャリーナ姫がこちらに来ていると聞いてね。ちょうどよいと思ってこちらに訪問させてもらった」

「ちょうどよいと仰ると?」


 私は意図が摑めず、首を傾げる。


「せっかく我が国に滞在してくれているのだから、もっとこの国を知ってもらえればと思ってね。手始めに、最近設立した『魔術研究所』を案内しようと思ったのだが、いかがだろう? ナジール国は魔法に秀でた国だから、是非感想を聞きたい」

「それは……、是非行きたいですわ!」


 私は魔術研究所と聞いて、一も二もなくそう答えた。


 サンルータ王国で最近になって魔術研究所が設立されたという話は、クラークからもらった本に書いてあるのを読んだ。私が夜の町へと無断で外出してお父様に大目玉を食らい、グレール学園をお休みしている間の暇つぶしにと彼が手配してくれたあの本だ。


 ただ、前世で私がダニエルの婚約者としてサンルータ王国にやってきた際には魔術研究所はなかったように思う。だから、前世と大きく違うことの一つとして鮮明に記憶していたのだ。


「興味を持ってもらえたようでよかった。キャリーナ姫もどうかな?」


 ダニエルはにこりと微笑むと、今度はキャリーナへと視線を移動させる。キャリーナは目をぱちぱちと瞬かせ、表情を明るくした。


「魔術研究所ですか? まあ、面白そうね。アナベル様が行かれるなら、わたくしも行こうかしら」

「では、決まりだな。お二人が帰国するまで、もうあまり日がない。早速だが、今日の午後はどうかな?」

「わたくしは大丈夫です」とキャリーナが答える。

「わたくしも、何も予定はございません」と私も頷いた。


「よかった。シャルル殿にも声をかけてくる。午後二時過ぎに、二人の部屋に迎えを寄越すようにする」

「ありがとうございます」


 私とキャリーナがお礼を言うと、ダニエルは口の端を上げ、「では、また後で」とその場を後にした。



    ◇ ◇ ◇



 ダニエルに案内され訪れた魔術研究所は、ナジール国の魔術研究所とよく似ていた。

 王宮の外れにある小さな建物が丸々その研究所になっており、所属する魔術師達が自由に研究に専念できるための部屋がある。ただ、魔法を使える人がナジール国よりも圧倒的に少ないこともあり、規模はだいぶ小さかった。


 前世ではここに、何があっただろう? 特に気にしていなかったので、思い出せない。


「主にはナジール国で実用化されている魔方陣や魔道具を我が国でも流通させるための技術を研究している。国民の利便性は飛躍的に上がるだろう」

 

 私達以外にも誘われた各国の王族の方々が興味深げにそれを眺めていたが、ダニエルはお兄様にしきりに感想と改善すべき点がないかを尋ねていた。世界的に見てナジール国は特に魔法に秀でた国なので、その知識を少しでも得たいのだろう。


「魔法の新開発の研究はしていないのですか?」


 私は魔術研究所を見渡しながら、そう尋ねる。ナジール国の魔術研究所では新しい魔法を開発するのが主な任務なので、同じようなことをやっていないかと思ったのだ。


「やっている」

「何を?」

「まあ、色々だ。特に力を入れているのが、防御術」

「防御術?」

「ああ」


 ダニエルは一つの研究室の前で、研究員と思しき黒いローブ姿の男性に声を掛ける。男性が頷くと、ダニエルに魔法石──これは魔法珠に似ているけれど、勝手に魔力が補充されたりはしない。主に、魔力が少ない人がそれを補うために事前に魔力を込めて使う物だ──を手渡す。そして、何やら呪文を唱えた。


 ヴィーンという鈍い音とともに、ダニエルの周囲に魔力による障壁ができあがったのを感じた。


「ほう。なかなかよくできている」


 お兄様はすぐにそれに興味を示し、感心したように顎に手を当てた。


「え? 何? 何がよくできているの?」


 一方のキャリーナは魔力がないため魔法の障壁自体が見えないようで、何が起こっているのかさっぱりわからないようだ。他の王族の方々も、殆どの人が認識できていないようだ。



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