からくり箱 3

 エドは開かないからくり箱をくるりと回す。


「姫様が今日の課題をしている間に、開けましょう」

「無理だと思うわ。だって、とっても難しいもの」

「…………。中には何が?」


 私はそう聞かれ、言葉に詰まった。

 実はこれを買うとき、自分用であれば中には宝物を、人にあげる場合は手紙を入れることが多いと聞き、ナジール国に戻ってきてから手紙を入れたのだ。

 けれど、目の前でそれを読まれたりしたら、恥ずかしいわ。まあ、そんな短時間で開けるのはきっと無理なはずだから、大丈夫だとは思うけど。


「秘密よ」

「益々開けがいがありますね」


 エドは楽しそうに口をにんまりとさせる。

 

 私がエドに言われた課題をやっている最中、エドは私がした質問に答える以外は本当にその箱を開けることだけに集中していた。組み合わさった木板を引いたり押したり、半分だけずらしてみたり。

 けれど、工房で売っていたものの中でも特に難しいものを買ってきただけあって、なかなかうまく開かないようだ。


 時々「うーん」と小さく唸りながら眉を寄せ、試行錯誤している。その姿が普段見るエドより幼く見えて、教科書で隠した口元がにやけてしまう。


 サンルータ王国に行っていたせいで何日も不在にしていたから、今日はいつもに比べてやるべき範囲がとても広かった。

 何ページにも亘る課題をもくもくとこなし、やっと終わると思ってほっと息を吐いたとき、カシャンと小さな音が鳴ったのが聞こえた。


「開いた」

「え?」


 驚いてエドの方を見ると、今まさに私が中に仕込んだ手紙を取り出して開いているところだった。


「あー、駄目よ! それは戻ってから読んで!」


 慌てて手紙を取り上げようと手を伸ばしたけれど、すんでのところでひょいと腕を高く上げられてしまい届かない。エドは高くかざした手紙を素早く視線で追っている。

 一方、空振りした私は勢い余ってエドの胸に倒れ込んでしまった。


 意図せずエドにのしかかって密着するような格好になり、私は慌てふためいて立ち上がろうとする。けれど、エドが空いている手ですぐに私の腕を引いたのでそれは叶わなかった。


「随分と可愛らしいことを書かれていらっしゃる」


 もう少しで触れそうなほどの至近距離で、エドは嬉しそうに目を細める。


「戻ってから読んでって言ったのに」

「もう読んだ後でした」

「嘘よ。わたくしが『駄目』って言った後に読んでいたわ」


 赤くなってキッと睨み付ける私を見つめるエドの瞳は、蕩けるように甘い。エドは少し体を前傾にして、私の肩にかかる髪に顔を埋めた。


「エド? どうしたの?」

 

 急に顔が見えなくなったことへの不安と、体が密着することへの恥ずかしさと、触れ合った場所の温かさと。

 私が動くこともできずにじっとしていると、少し顔を上げたエドは私の耳元に口を寄せた。


「俺も同じでした」


 囁くような声が鼓膜を揺らし、熱い吐息が耳にかかる。

 ビクンと体を震わせると、今度はしっかりと顔を上げたエドと目が合った。口元に笑みを浮かべ、優しくこちらを見つめている。


「本当に?」


 私は頬を赤らめたまま、エドを見返す。


『サンルータ王国は楽しいけれど、エドがいなくて寂しいわ。あなたにとても会いたい。いつも空を眺めて、あなたを思っています』


 私が手紙に書いたことは、そんなことだ。

 帰ってきたばかりでエドに会いたくて、ついつい気持ちのままにペンを走らせてしまった。けれど、目の前で読まれるなんて思ってもみなかったから、恥ずかしくてたまらない。


「本当です。何度空を眺め、姫様を思ったか。ダニエル殿下や周辺国の王子達とお会いして、姫様が見初められるのではないかと、そして俺などには興味がなくなってしまうのではないかと不安でならなかった」

「エドに興味がなくなる? あり得ないわ」


 私はびっくりして顔を上げると、ふるふると首を横に振った。

 エドは私にとって、特別な存在だ。

 命をかけて私を守りこの世界に送り込んでくれた人であり、私の好きな人。


「本当に?」


 今度はエドが私に、同じ質問をする。私は頬を赤らめたまま頷いた。


「本当よ」


 エドはそれはそれは嬉しそうに表情を綻ばせた。

 お互いの顔が再びゆっくりと近づくのを感じ、私は目を閉じる。唇に優しく温もりが触れた。

 

 このまま時が止まればいいのに。

 エドと幸せな時間を過ごすときはいつもそんなことを思うけれど、現実はそうもいかない。


 すぐに離れたエドは目が合うとはにかむような照れ笑いを浮かべ、上体をしっかりと起こして私を元の位置に座らせる。そして、意識を切り替えるように、私のやった課題のノートを手に取って努めて明るい声を上げた。


「さぁ、答え合わせをしましょうか」

「うん、お願いします」


 真面目な表情で私の課題を確認するエドを見つめながら、私は指先で自分の唇をさわる。一瞬だけ触れてすぐに遠ざかった温もりに対し、少し寂しいと思ってしまった。

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