からくり箱 2

 小一時間ほど話しただろうか。ダニエルは「そうだ」と言って、ポケットに手を入れると何かを取り出した。

 テーブルに置かれたのはちょうど両手の親指と人指し指で作った四角形ほどの大きさの箱だ。表面は白く塗られ、蓋には幾何学模様の柄が入っている。


「これは?」


 見た瞬間に、昨日からくり工房でエドに買った箱に似ていると思った。


「小物入れだ。サンルータ王国に来てくれた記念に、俺からアナベル姫へ贈ろう」

「わたくしに?」


 私は戸惑いつつも、それを手に取った。見た目よりも少しずっしりとしているが、重いと言うほどでもない。蓋を開けると、中にはポプリの袋が入っていた。蓋を閉じて表面の幾何学模様を撫でると、指先に凸凹でこぼこした感触が触れた。エドの買ったお土産にもこの模様が入っていた。


「この模様には何か意味が?」

「我が国の北部の地域でよく見られる、伝統的な図式だ。風に吹かれてさざ波を立てる水面を模していると言われているが、詳細はわからない」

「そうなのですか。ありがとうございます」


 私は小箱をひっくり返して裏を眺め、また表に戻した。木製だし、そこまで高価なものではないだろうと思ってありがたく受け取ると、私はお礼を言った。


「次に会うのは、アナベル姫の成人祝賀会だね」

「そうですわね」


 招待客のリストを確認したわけではないけれど、正式にサンルータ王国の王太子となったダニエルにはほぼ間違いなく招待状がいくだろう。前世でもその成人祝賀会で出会ったくらいだし。


「再会を楽しみにしておこう」


 ダニエルはそう言うと、表情を綻ばせた。



 




「アナベル様、そちらはしまわなくてよろしいのですか?」


 声を掛けられてハッとすると、エリーが怪訝な表情でこちらを見つめていた。いけない、ついついボーッとしてしまったわ。


「しまうわ。ありがとう」


 私は慌てて手に持っていた小箱をトランクに戻した。エドに買ったからくり箱とダニエルからもらった小さな小箱がちょうど並ぶように置かれる。蓋に描かれた模様が似ているせいで、その二つはまるでお揃いかのように見えた。


「では、そろそろ出立のお時間も近いですし、閉めてしまいますね」


 エリーはそう言ってトランクを閉めると、パチンと金具を止める。馬車が揺れたときに弾みで開いてしまわないように周囲をぐるりと回すように革ベルトを縛ると、それに南京錠をかけた。


 私はその様子をぼんやりと見つめる。長かったようで短かったサンルータ王国とも、もうお別れだ。

 最後にもう一度を景色を見ようと窓に歩み寄ると、澄んだ青空が広がっていた。


(ナジール国も、晴れているかしら?)


 この空は遙か向こうのナジール国まで繋がっている。どこまでも広がる青の天井を見上げ、なんだか無性にエドに会いたくなった。



 ◇ ◇ ◇



 鏡に写る自分の姿を眺め、おかしなところがないか確認する。


 少し解れた髪の毛は結い上げた髪に挿し、髪飾りを飾る。赤い木の実を加えた小鳥がモチーフの金細工髪飾りは、私の最近の一番のお気に入り。

 下ろし立てのドレスにはリボンなどの装飾はないかわりに、胸元に繊細な刺繍が施され、袖口にはふんだんにレースが飾られている。


 普段着にしては少し気合いを入れすぎてしまったかしら? 大丈夫よね?


 時計をちらりと見て、最後にもう一度唇に紅を重ねた。赤みのあるピンクは、口元をぷっくりと魅惑的に見せた。


「アナベル様、ラプラシュリ様がお越しです」


 エリーの呼びかけにハッとして慌てて紅筆をしまう。そして、そしらぬ振りをしてテーブルの脇の椅子に座ると、「お通しして」と声をかけた。

 室内に入り窓際の私の姿をみとめたエドは、口元に穏やかな笑みを浮かべる。


「姫様、暫くぶりですね」


 私はすぐに駆け寄りたい気持ちを理性で抑えながら、「ええ、そうね。ごきげんよう、エド」と微笑み返す。

 こちらに歩み寄ったエドは、手に持っていた教科書代わりの魔術書をテーブルに置いた。エドには今も定期的に魔法を教えてもらっているけれど、今日は実技ではなく座学なのでここまで訪問してくれたのだ。


「サンルータ王国はどうでしたか?」

「楽しかったわ」


 私は少し考え、そう答えた。

 サンルータ王国に着いた頃はダニエルやキャリーナに会ったらどうしようとばかり考えて塞ぎ込んでいたけれど、ダニエルやキャリーナも前世とは違う人なのだと理解したら途端に心は穏やかになった。

 その後は、それなりに旅を楽しめたと思う。


「それはよかった。何をして過ごされたのですか?」

「メインは戴冠式とその後の晩餐会よ。帰国前に少しだけ町の散策をしたわ。あとは……魔術研究所を見学したの」

「そうですか」

「エドにもお土産を買ってきたのよ」


 私は立ち上がるとサイドボードに置いてあったからくり箱を手に取り、エドに差し出す。エドはそれを不思議そうな顔で眺めた。蓋を開けようとしても開かないので、怪訝な表情を浮かべてくるくると回しながら眺めている。


「それね、からくり箱なの」

「からくり箱?」

「ええ、そうよ。決められた工程を経ないと開かない仕組みになっていて、これは三十段階もあるのよ」

「へえ……」


 エドはからくり箱を初めて見たようで、とても興味深げに目を輝かせた。熱心に箱を眺めて継ぎ目を探し、どこをどう動かせばいいのかと夢中になって試している姿は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のようだ。


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