魔法珠を渡すのは 2

「それに──姫様も魔法が使えるようになる」

「うん」


 私は微笑んで頷くと、なんとなくポケットに手を入れた。コロンとした魔法珠に指先が触れる。


「魔法珠は──」

「魔法珠?」

「魔法珠は魔力の拘束具を付けていても作れるもの?」

「魔法珠とは、体内の魔力を一点に集中させて結晶化させた魔法石です。拘束具を付けていても体内で結晶化させればいいだけなので、作れますね」

「ふうん」


 ならば、あのときにエドが魔法珠を作って私に手渡したこと自体はなんら不思議ではないのだ。


「エドも魔法珠が作れるの?」

「俺ですか? もちろんです」


 エドは片手を上に向けて集中するように真面目な顔をする。柔らかい表情の彼が普段あまり見せないような真剣な表情に、胸がドキリとした。


「姫様」

「え?」


 エドが片手を差し出す。


「これです」

「何が?」

「俺の魔法珠ですよ」


 エドの顔を見つめていた視線を慌てて手元に落とす。そこには、真っ赤に染まった丸い魔法珠があった。受け取るとコロンとした触り慣れた感触がした。私が持っているものと、見た目は全く同じものだ。


「綺麗ね。エドの瞳と同じ色」

「そうですか? 血みたいで気持ちが悪いでしょう」


 エドはそう言って苦笑した。

 エドは自分の瞳の色が嫌いなのかしら?


「もしかして、それでいつも顔を隠しているの?」


 エドは私の質問に答えることなく、さっと目を伏せて沈黙した。

 その沈黙こそ、質問への肯定と取れる。


 確かに、赤い瞳は血の色──忌むべき色だとして嫌がる人が多いのも事実だ。でも、私はとても美しい色に思えた。


「気持ち悪くないわ。深紅は美しく咲いたバラの色ね。将来これを受け取る方は大層喜ぶはずだわ」


 私はそれを見つめながら口元に笑みを浮かべる。


 魔法珠は魔法使いにとって特別なもの。多くの場合は婚姻の際、永遠の愛を誓った相手へと渡される。

 赤いバラが意味するところは『愛の告白』だ。

 私がかつてのエドからこれを受け取ったときは、残念ながらそういう洒落た意味はなかった。けれど、もしも違うシーンで、全く違う関係の元でこの魔法珠を受け取った女性は、きっととても喜ぶと思う。


 エドは赤い目を見開き絶句すると、こちらを見返してきた。


「気味悪くないのですか?」

「ちっとも。それに、エドはとても綺麗なのだから、もっと顔を出すべきよ。せっかくラブラシュリ公爵夫人が綺麗に産んでくださったのに、勿体ないわ」

「昔、何度か同じ年頃の子供に『気味が悪い』と言われました。赤い瞳と黒い髪など、悪魔のようだと。シャルル殿下だけは『珍しくて羨ましい』と褒めてくれました」

「お兄様らしいわね。きっとその子供達は、エドに嫉妬していたのだわ」


 その現場は見ていないけれど、なんとなく想像できる。


 私は腕を伸ばすと指先でエドの長い前髪を横に持ち上げた。

 見えたのは、戸惑ったような色を乗せてこちらを見つめる少し切れ長の瞳。高い鼻梁と僅かに開いた唇は黄金比で配置され、とても整った顔をしている。その赤い瞳には、私の顔が映りこんでいた。


「ほら。エドはとても素敵だわ。だから、自信を持つべきよ」

 

 微笑みかけると、エドの白い肌が一瞬で赤く染まる。言われ慣れていないようで、パッと目を逸らされてしまった。


 私はまだ少し頬に赤みの残るエドに、先ほど手渡された魔法珠を差し出す。エドは自分の手のひらに戻ったそれを暫く眺めていたけれど、やがてシュルシュルと消えていった。きっと、体内に戻ったのだろう。


「──いつか、大切な唯一の人に受け取ってほしいと思っています」

「エドは意外とロマンチストなのね。きっと受け取ってくれると思うわ」


 私はふふっと笑う。

 将来有望で見目麗しく紳士的なエドは多くのご令嬢の憧れになるだろうし、公爵家次男であることから婿養子を望む貴族からの引く手もあまただろう。前世ではあまり気にしていなかったけれど、あのころも大層女性に人気だったに違いない。


 赤い瞳と黒い髪など、たいした問題ではない。

 それは社交界に出れば、すぐに証明される。


 きっと、エドの魔法珠はこれからエドが愛するであろう唯一の女性──それは、ただの護衛対象であった私ではない誰かに贈られるだろう。


 そう考えたら、胸が僅かにチクリと痛むのを感じた。


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