友人との再会 2

「今、忙しいの?」


 私は赤らんだ頬を隠すように少し俯き加減でエドに尋ねる。


「もうすぐ姫様の成人祝賀会があるでしょう? 各国からの来賓に魔術研究所をご紹介することになっておりまして、俺も魔法を披露する役目を仰せつかりまして。失敗するとナジール国の沽券に関わりますので、綿密に準備しています。今日もこのあと動線の確認です」


 頭上で、エドが少しうんざりしたように息を吐くのがわかった。

 今日の午前中にクロードからも、明後日、各国の来賓を招いて魔術研究所をご紹介すると聞いた。きっと、その準備が今まさに大詰めを迎えていて忙しいのだろう。


 でも、私はそれを聞いてなんだか嬉しくなってしまった。

 だって、ナジール国の魔術研究所の代表の一人として魔法を披露するなんて、エドが世界最高峰の魔術師の一人だと認められている証拠だと思ったから。

 

「エドが魔法を披露するの? 凄いわ」

「はい。以前、姫様に幻術をお見せしたでしょう? あれを披露するようにと所長から仰せつかっております」

「ああ、あれ! あれは本当に凄かったわ。これまでずっと誰もできなかったのだから。きっと、エドの名前は魔術史の教科書に載るんじゃないかしら?」

「ははっ、ありがとうございます」


 エドは楽しげに笑う。

 そして、私の髪に手を伸ばした。


「その髪飾り、いつも付けてくださっているのですね」

「ええ。だって、エドからもらったのだもの」


 私は自分の髪に触れる。細い金属の感触が指に触れた。前世のエドからもらった魔法珠と今世のエドからもらった髪飾りは、毎日欠かさず付けているわ。

 エドは嬉しそうに破顔するとふとその場に屈み、花壇に咲いていた赤いスカーレットを一輪摘み、私の髪に挿した。ちょうどエドにもらった髪飾りに付いた赤い石と同じような色をした花だ。


「とてもお似合いですよ」

「うん……」


 じっと見つめられるとなんだか気恥ずかしく感じて、目を逸らす。



 そのとき、遠くからざわざわと人が近づいてくる気配がした。

 王宮の中の庭園だから怪しい人はいないはずだけれど大人数で散策する人はあまりいないので私は怪訝に思ってそちらの方向を見つめる。エドもその気配に気付いたようで、そちらを見つめた。


「誰かしら?」


 声の雰囲気からすると、若い女性のように感じた。どこかの貴族令嬢が親の用事について王宮に訪れたのだろうか。少しはしゃいだような高い声が段々近づいてくる。

 そしてその集団が木のアーチをくぐって姿を見せたとき、私は中心にいる人物に驚いて目を丸くした。


「え? キャリーナ様?」

 

 そこにいたのは、数ヶ月ぶりに会うニーグレン国の王女、キャリーナだったのだ。

 一方、声を掛けられたキャリーナも私がここにいるとは思っていなかったようで、驚いて目を見開いた。

 

「まあ! アナベル様!」


 満面に笑みを浮かべ、私の元へと駆け寄る。


「こんなに早く会えるなんて、嬉しいわ。片付けも早々に散歩にきた甲斐があったわね」

「到着は今さっき?」

「ええ。本当についさっき到着したの」


 キャリーナは滞在中の部屋として案内された、ゲストルームが並ぶ王宮の西棟を指さした。


 私はキャリーナの背後にいる方達に視線を移す。侍女と思しき若い女性が二人、護衛の騎士が一人、それに、紺色のケープを纏った自分と同じくらいの年頃の少女が一人だ。

 皆、キャリーナと共にナジール国を訪れたニーグレン国の人間だろう。


「姫様、こちらは?」


 戸惑ったような声が聞こえて私はハッとする。そういえば、エドはキャリーナに会ったことがないのだ。


「こちらはニーグレン国の第一王女であられるキャリーナ姫よ。キャリーナ様、こちらは私の魔法学の先生をして下さっている王宮魔術師のエドワール=リヒト=ラプラシュリ様です。お兄様の友人でもあるの」

「はじめまして、ラプラシュリ様。ニーグレン国第一王女、キャリーナ=ニークヴィストですわ」


 キャリーナはエドを見つめるとにこりと微笑む。

 エドはキャリーナに差し出された手を取ると、屈んで指先にキスをした。


「お目にかかれて光栄です。我が国へようこそ、キャリーナ姫。私は王宮魔術師をしておりますエドワール=リヒト=ラプラシュリです。明後日の魔術研究所のご案内の際は私も説明係をさせて頂く予定です」

「王宮魔術師? ナジール国の王宮魔術師ともなれば、きっとさぞかし凄い魔法の使い手なのでしょうね。魔術研究所の見学も楽しみだわ。ちょうどいいわ、この子がニーグレン国で一番の魔法の使い手なのよ。よかったら魔法を教えてあげてね。エレナっていうの」

「私などでよければ、よろこんで」 

 

 エドはエレナと呼ばれた、紺色のケープを羽織った少女に目を向ける。

 エレナはひとつに纏めた髪と同じ漆黒の瞳だけを動かしエドを見返す。


「エレナ嬢の得意な魔法はなんですか?」

「……わからない。大抵のことはできる」


 なんとか聞き取れる程の小さな声で、エレナはボソリと呟く。表情があまり動かず、なんだかとっつきにくい子だと思った。


「そうですか」


 明らかに警戒された様子にエドは苦笑する。


「それでは、ひとつ珍しい魔法をお見せしましょう」


 そう言ったエドは片手を上に向けて意識を集中させると、呪文を呟く。

 空気中の魔粒子がキラキラと煌めき、幻想的に舞う。キャリーナ達は呆けたようにその光景を眺めた。

 次の瞬間、一際強い閃光が走り、エドの手のひらにはこの庭園に咲くマーガレットが乗っていた。転移魔法の応用で、離れた場所にあるものを自分のところに転移させたのだ。

 

「まあ、すごいわ!」


 キャリーナや周りにいる侍女達はこの魔法を初めて見たようで、皆一様に驚いたように目を丸くする。


「お近づきの印にどうぞ」


 エドは笑顔で、それをエレナに差し出した。

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