成人祝賀会 1

 まるで花嫁を思わせるような純白のドレスには、全体を覆うように金糸の細やかな刺繍が施されている。体を動かせばスカートの裾が揺れ、その金糸がキラキラと光を反射した。

 絞られた腰から上は敢えてシンプルにして細さを際立たせ、花を模したレース飾りが胸元に華やかさを添えている。その胸元に飾られた花が一つだけ赤いのがポイントだ。

 首に手を回されて、金属の冷たさとずっしりとした重みを感じる。王族に相応しい大粒のダイヤモンドがたくさん飾られたネックレスが飾られた。


「アナベル様、こちらを」

「ありがとう」


 最後にエリーが差し出したのは、胸元と同じくダイヤモンドが全面にちりばめられたティアラだった。

 私は少しだけ、頭を下げる。頭の上にほんの少し、重みが加わった。


「本当に、お綺麗でございます。ナジール国が世界に誇る美姫でございますね」

「ふふっ、褒めすぎだわ。でも、ありがとう」

「本当のことを申したまでです。本日、多くの殿方が恋に落ちますわ」


 エリーは私の髪の毛にほつれている部分がないかを確認すると、こちらを見つめて微笑んだ。私もつられるように微笑み返す。


 今日はナジール国の唯一の王女である私、アナベル=ナリア=ゴーデンハイムの成人祝賀会だ。

 既に大広間には諸外国から多くの来賓が訪れており、王宮全体が浮き立っていた。耳を澄ませば、ここまで歓迎の演奏が聞こえてくる。


「ベル、行けるか?」


 ノックの音と共に現れたのは、お兄様だ。

 十七歳になったお兄様はぐんぐんと背が伸び、王者らしい凜々しさが備わってきた。今日の白いフロックコート姿なんて、どこからどう見ても『王子様』にしか見えないわ。私は「ええ」と答える。


「では、行こう。皆がベルを祝おうと、大広間に集まっているよ」


 お兄様は手袋を外し、片手を差し出す。

 私の手を取ると「さすがは我が妹だ。とても可愛いよ」と微笑んだ。


「大広間にはどれくらいの人が集まっていますか?」

「諸外国からの来賓と、国内貴族達でざっと五百人以上は集まっているはずだ」

「そんなに?」


 確かに、前世での成人祝賀会でもとてもたくさんの人が集まっていた気がする。緊張して右も左もわからずオロオロしているときに、ダニエルに話しかけられてファーストダンスに誘われたのだ。


 私達の姿を見ると、大広間の扉の前で警備に当たっていた近衛騎士が頭(こうべ)を下げる。そして、ゆっくりと扉が開け放たれた。


 ──シャルル王太子殿下とアナベル王女殿下です。


 会場の司会者の声に続き、割れるような拍手が沸き起こった。お兄様は国王夫婦であるお父様とお母様の元へと真っ直ぐ私をエスコートした。お父様とお母様は私の晴れ姿を見て、嬉しそうに相好を崩す。



 お父様とお母様との挨拶を終えると、私の元にはたくさんの方々が挨拶に訪れた。サンルータ王国で会った方もいれば、薄らと前世でお会いした記憶のある方、全く初対面の方もいる。そんな中、私は自分の目の前に現れた方にドキリとした。


「成人おめでとう、アナベル姫」

「ありがとうございます」


 アイスブルーの瞳でこちらを見つめ、手を差し出してきたのはサンルータ王国の王太子、ダニエルだ。彼と会うのは、ダニエルの王太子としての戴冠式以来だ。


「息災にしていたようで何よりだ。可憐な花の蕾は少し目を離しただけで、驚くほどの変化を遂げる。数ヶ月見ない間に、さらに美しくなられた」

「それは……どうもありがとう」


 社交界ってこんな感じだったかしら? 確かに男性は女性に美辞麗句を並べ立てるのが普通だった気がするけれど、なにしろ久しぶりなので頬が紅潮してしまう。ダニエルはそんな私を見つめたまま、目元を優しく細めた。


「貴女と最初に踊る役目を申し込む」


 私はハッとしてダニエルを見返す。


 ──貴女の最初のダンスのお相手を務める栄誉を頂けないだろうか?


 少し言い回しは違うけれど、かつての世界でもダニエルはそう言って私をファーストダンスに誘ってくれた。


 私は少し迷った。

 前世ではこうやって親しくなり、ダニエルとこの滞在中に婚約の約束をしたのだ。けれど、今回に限ってはエドがいるのでそれはない。ということは、そこまで警戒する必要もないだろう。


「喜んで」


 私の返事を聞くと、ダニエルはそれは嬉しそうに表情を綻ばせた。



    ◇ ◇ ◇



 ダニエルとダンスを終えると、大広間の端に寄る。すると、すぐに一人のご令嬢が駆け寄ってきた。


「アナベル様、ダニエル様!」

「あ、キャリーナ様」


 キャリーナは薄いピンクを基調とした可愛らしいデザインのドレスを着ていた。キャリーナの髪の毛は燃えるような赤色なので、薄いピンク色はとても似合っている。


「おめでとうございます、アナベル様。ご挨拶が遅れてごめんなさい」

「ありがとう」


 私は笑顔で返す。さっきの挨拶の列は永遠に続くのではないかと思うくらい長かったから、むしろ今挨拶に来てくれた方が時間がゆっくり取れてありがたいわ。


「ナジール国を楽しんでいますか?」

「ええ、とっても。昨日は魔術研究所を見学させていただいたわ。本当に不思議なことばかり起こって、凄かったですわ。ねえ、ダニエル様?」


 キャリーナは同意を求めるように、ダニエルを見る。


「どの方が披露する魔法も素晴らしかったのだけど、一番驚いたのは、アナベル様の魔法の先生をされている方が見せてくれたものね。だって、姿を変えるのよ? 信じられないわ」


 興奮ぎみに語るキャリーナの様子から判断すると、エドが準備に追われていた魔術研究所の見学会は大成功に終わったのだろう。エドの幻術の披露も成功したことを知って、私はとっても嬉しくなった。


「ラプラシュリ様はナジール国でも最高の魔術師のお一人なの。あの幻術は、まだラプラシュリ様しかできないはずよ」

「そうでしょうね。全員があんなことができたら、本当にびっくりよ。エレナもとっても興味深げに見ていたわ」


 キャリーナは納得したように頷く。 


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