十六歳の誕生日 4
「ねえ、エド。さっきの、台座がひとつ空いていたわ」
「あそこには本当は俺の魔法珠をいれたいところですが、代わりに魔法石をいれましょうか」
他人の魔法珠を身に付けることは、一般的には結婚の証だ。エドはさすがにそれはまずいと判断したようだ。
「なら、赤い石がほしいわ」
私が即座にそう言うと、エドは驚いたように目を見開く。そして、嬉しそうに笑って握った手に力を込めた。
どうせなら、エドの瞳と同じ赤がいい。今のエドにもいつか魔法珠を贈ってほしいけれど、楽しみはそのときまでとっておくことにするわ。
「姫様のお望みのままに」
「今日はベルでしょ?」
「そうでした。ベル」
エドは慌てて言い直す。私達は顔を見合わせて笑い合った。
サンクリアートを出た後、私達は質がよいことで有名な魔法石のお店に行き、エドは私の希望通り燃えるような赤色の魔法石を購入した。それに自分の魔力を込めたものを先ほど買った髪飾りにセッティングしてプレゼントしてくれた。
「ベルをいつも守れるように、加護を与えました」
「わたくしを守る?」
「俺はベルのナイトですから」
エドはおどけたように笑うと、赤い魔法石をセットした髪飾りをそっと私の髪にさす。『ベルのナイトだよ』とエドをお兄様に紹介された日の記憶が、昨日のように脳裏に甦(よみがえ)る。
「お似合いですよ」
「うん。ありがとう」
「まだ少し時間があります。どこか行きたい場所は?」
「なら、カフェに行きたいわ。いつもコーヒーを頼もうとすると、オルセーが『まだ早い』と言うの。でも、もう平気でしょ?」
「オルセー? ああ、アングラート公爵家の」
エドはオルセーがアングラート公爵家の付き人だとすぐにわかったようで、その様子を想像してくすくすと笑う。
「では、行きましょう」
私の手を握ると、エドは再び歩き始める。
ふらりと立ち寄ったカフェで生まれて初めて口にしたコーヒーは、びっくりするくらいに苦かった。
予想外の味に顔をしかめる私を見て、エドは砂糖とミルクを入れてかき混ぜてくれた。
「これでどうですか?」
恐る恐る口にすると、先ほどまでよりまろやかな苦味の中にほのかな甘さが広がる。
「美味しい」
「お口に合ってよかった」
エドはこちらを見つめたまま、優しく目を細めた。
◇ ◇ ◇
その日、私はとても幸せな気持ちで王宮の私室に戻った。
エドと城下をデートできるなんて、夢のような時間だったわ。
プレゼントされた髪飾りは私の予想通り、とても控えめながら存在感を放っている。ご機嫌で鏡を眺めていると、背後から「ベル」と声を掛けられて私は驚いた。
「お兄様!」
部屋の入口にはお兄様がいた。鏡を夢中で見ていて、気が付かなかったようだ。
「随分とご機嫌だね。城下は楽しかった?」
「ええ、楽しかったわ」
「それはよかった。少し話をしても?」
「話? もちろんよ」
私はお兄様に椅子を勧める。
話とは、やはりエドとのことだろうか。一貴族の令息と王女が二人でお出かけなど、普通に考えてあり得ない。
お兄様は、私とエドの関係をどこまで知っているのだろう?
そんな私の不安に気付いたようで、お兄様は私を見つめて安心させるようににこりと微笑む。
「ベル。まずは、十六歳おめでとう」
「ありがとうございます」
「十六歳というと、成人だ。いつ縁談がきてもおかしくない。実は、ベルを是非迎えたいといくつかの国から内々に打診がきている。前回サンルータ王国に行って周辺国の王族に顔を売っているから、お前を気に入ってくれた国もあるようだ」
「…………」
私は表情を強ばらせる。
縁談?
王女なのだから、国の益になる結婚をすることが求められるのはわかっている。
けれど、脳裏に浮かんだのは愛おしげに私を見つめるエドの顔で……。
なんと答えればよいかわからずに黙り込んでいると、先に口を開いたのはお兄様だった。
「ところで、エドなんだが、ベルはエドが好きなのかな?」
単刀直入な物言いに、私は驚くと共に頬が赤らむのを感じた。
お兄様はその表情の変化だけで私の気持ちを悟ったようだ。
「あいつ、ベルの誕生日を前になんて言ってきたと思う?」
「? わかりません」
エドは私の誕生日の前に、お兄様に何かを言ったのだろうか?
そんな話は何も聞いていなかったので、私は首を傾げた。
「今、ベルの成人祝賀会の準備をしているだろう? とても深刻そうな顔をして執務室まで会いに来たと思ったら、自分が魔法伯をとっておまえに求婚したいから、まだ婚約はさせないでくれと」
「えっ!?」
思わず大きな声を出してしまい、私は慌てて口を両手で塞ぐ。
確かに私が成人すれば婚約話が持ち上がるのは時間の問題なのだけど、まさかそんなはっきりと告げていたなんて思ってもみなかった。
お兄様はそのときのことを思い出したのか、「あれには本当に驚いた」と肩を揺らす。
「あの幻術を見たか? エドはすごい。大魔術師ロングギールが残した書類を見ても何十年も誰もできなかった魔術を、たった一年で完成させつつある。魔法研究所の所長も、天才だと言っていた」
お兄様はそこで言葉を止める。
「だが、それと魔法伯は別物だ。魔法伯を与えるには、国民の生活を一変させるような高度な業績が必要だ」
「エドは、魔力を全く持たない人でも使える魔方陣を作りたいと言っていました」
「ああ、それは聞いた。だが、まだ全く目途は付いていないとも言っていた」
私はぎゅっと手を握り込んだ。お兄様は、私にエドを諦めて他国に嫁げと言いに来たのだろうか。
「二年だ」
「え?」
何が二年なのかわからず、私は眉を寄せる。
「父上とも話し、エドにも伝えた。若さは永遠に続くわけではない。二年以内にその成果が出せないなら、待てないと」
私は驚きのあまり、目を見開いた。
「私達に猶予を下さるのですか?」
「ここで無下にしてエドのような有能な魔術師を失うのも、大きく国益を損なう。エドも納得している」
「二年……」
私は口の中で小さく呟く。
つまり、二年以内にエドが魔法伯に値する成果を出せば私達の婚姻を許可する。そうでなければ、年嵩になる前に他国に嫁げと言っているのだ。確かに、エドの要求をある程度聞きつつも国益を考えた妥当な案と言える。
「わかりました」
私はしっかりと頷く。お兄様はそんな私を見つめ、目尻を下げた。
「私達はお前の幸せを願っているのだよ。さあ、今日はお祝いだ。そろそろ行こうか」
お兄様は私の手を取り、立ち上がらせる。
「今日はベルが好きなローストビーフだよ」
「本当ですか? 楽しみだわ」
私は明るく受け答えしながらも、今のお兄様の話を思い返す。
二年。
長いようで、きっとあっという間だろう。
でも、不思議とエドならなんとかしてくれそうな気がした。
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