剣術大会 1

 放課後、オリーフィアに誘われて訓練場に向かうとお兄様は友人達と剣術の練習をしていた。


 剣術大会は年度が開けて一ヶ月半ほどした頃に開催される。つまり、今七回生のお兄様達は次の剣術大会の頃には学年が上がって八回生になるので、学園生活で最後の参加になる。

 王国騎士団のお偉い方々もたくさん見学に来るので、騎士を目指す学生からすれば絶好の自己アピールの場なのだが、あと三ヶ月もないので、どうにかそこでアピールしようと考えるたくさんの学生達が練習に励んでいた。

 訓練場の端から覗く私の姿に気が付くと、剣を置いて慌てた様子で走り寄ってくる。


「ベル、私はもう少し練習して行くから先に帰っているかい? もしそうするなら、私は別の方法で帰るから馬車を使ってしまって平気だよ」


 お兄様は私を見つめてそう尋ねてきた。額には汗が光り、髪の毛が濡れている。


「大丈夫よ。待っているわ」

「そう? じゃあ、あと一時間くらいだけ」

「見学しているから、そんなに急がなくても平気よ?」

「わかった。でも、見学なら危ないからここから出ては駄目だよ」


 そう言いながら、お兄様は私達を包み込むように防御壁を作り出す。以前、折れて弾け飛んだ模擬剣に私が当たりそうになった事件があって以来、お兄様は私が剣術の見学に来ると安全管理に厳しいのだ。

 友人達の元へと戻りつつもこちらを気にするように振り返るお兄様を見て、苦笑する。


 お兄様は私を待たせていることを気にしているようだけれど、剣術の訓練を見学することは意外と面白いのだ。本人達に自覚があるかはわからないけれど、初めて見学した頃に比べると動きが全く違う。


「シャルル殿下、とてもお上手になられたわね。それにエドワール様も。ドウル様は相変わらず圧倒的ね」


 隣で見学していたオリーフィアも同じことを思ったようだ。


「ええ、そうね」


 私はお兄様達の方を見つめつつ、頷いた。

 初めて見たときはまだぎこちなかった剣の動きは、この一年半で見違えるほど鮮やかになった。相変わらず騎士家系のヴェリガード家出身であるドウル様が圧倒的に強いが、お兄様やエドも随分と強くなったように見える。特に──。


 ──カキン!


 高い金属音が鳴り、剣が地面に落ちる。エドの相手をしていた学生が、悔しそうに表情を歪めるのが見えた。


「見て! エドワール様がすごいわ!」


 オリーフィアが興奮したように歓声を上げる。


 この世界で再会した直後は剣などあまりやらない様子だったエドは、この二年でどんどんその技術を上達させた。今や、学年で五本の指に入るほどだとお兄様から聞いた。その上魔法の技術も素晴らしいのだから、やはりエドは魔法騎士に向いている。


    ◇ ◇ ◇


 その翌日のこと。

 私は放課後、魔術実験室で触媒作りの練習をしていた。広い実験室では、材料をすり鉢で粉々に砕く音だけが聞こえる。鉢に溜まった粉状のものを指先で触れ、粒子の粗さを確認していると、背後の入り口の扉が開く気配がした。


「姫様、調子はどうですか?」


 振り返ると、エドが穏やかな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。


「エド! 剣の練習はいいの?」


 私は驚いて立ち上がる。剣術大会が近づいた最近、エドは剣の練習にかかりっきりで魔術実験室に来ることがめっきり減っていた。だから、今日も来ないと思っていたのだ。


「三十分ほど練習してきましたから大丈夫です。姫様に魔法を教える約束もしていますから」

「そんな。わたくしのことは気にしなくてよかったのに」


 私は手に持っていたすり鉢を机の上に置き、眉尻を下げる。

 エドには確かに『魔法を教えて』とお願いしたけれど、彼のやるべきことを中断してまで強要するつもりはなかった。すると、エドは片手を軽く振る。


「というのは言い訳で、練習から逃げてきました」

「逃げる?」

「はい。最近、毎日毎日剣の練習ばかりで魔術書を読む時間もないので、少しだけ息抜きですよ」


 エドはそう言って笑うと難しそうな魔術書がたくさん収められている本棚から一冊を抜き取り、テーブルの私の向かいに座った。私も椅子を引き、そこに座る。

 チラリと正面を窺い見ると、エドは赤い瞳で魔術書の文字を追っていた。目の動きに合わせて長めの睫毛が揺れている。


「エドは剣があまり好きではない? 最近とても強くなったのに」


 私がおずおずと話しかけると、エドは手元の本にしおりを挟み、ゆっくりと顔を上げた。


「好きですよ。特に、最近は上達してきたから剣を振るのは楽しいですね。ただ、この時間も同じくらい好きなのです」

「ふーん」


 エドは魔法の研究に興味があるから魔術実験室で過ごすこの時間が好きなのは当たり前だ。けれど、なんとなく私は『姫様とすごすこの時間が好き』といわれたような気がして、頬が赤らむのを感じた。


「姫様は触媒作りですか? わからないことがあったら言って下さいね」

「うん。今のところは大丈夫。完成したら、うまくできているか確認してくれる?」


 エドは私の手元にあるすり鉢を見る。

 触媒は魔法の効果を高めるために使用されるが、そもそも魔法が使えない私は作ったこれが上手く作用するかを確認する術がないのだ。だから、いつもエドにうまくできているかチェックしてもらっていた。


「もちろん、いいですよ」


 エドはにこっと笑い頷くと、再び手元の分厚い本を開き、しおりを挟んでいた部分から読み始めた。シーンとした魔術実験室の中に、ゴリゴリとすり鉢を擦る音と、パラりと紙をめくる音が重なる。ちらりとエドを窺い見ると、俯いているせいで黒く艶やかな髪が顔に掛かっている。


「エドは今度の舞踏会、参加するの?」

「舞踏会?」


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