剣術大会 2
顔を上げたエドは、意味が分からないようで首を傾げる。
「学園長から招待状が届くのでしょう? フィアに聞いたわ」
エドはようやくなんの話をしているのか分かったようで「ああ」と呟く。
「俺は参加しませんよ。シャルル殿下とドウルも不参加と言っていました」
「ふうん」
澄まし顔で聞いていたけれど、エドが参加しないことになぜかホッとする自分がいた。お兄様が不参加なのは予想通りね。
「来年は必須ね」
「そうですね。……来年──」
エドは何か言いたげにこちらを見つめる。
「どうしたの?」
「…………。いえ、なんでもありません」
首を傾げる私に、エドは首を左右に振って見せる。
「──今度の剣術大会、決勝リーグまで出られるといいわね」
エドは目を見開き、少し驚いたように私を見つめた。
「姫様は俺を応援してくださるのですか?」
「もちろんよ」
「決勝リーグには出たいですが、狭き門ですね。それに、決勝リーグではドウルやシャルル殿下と対戦になるかもしれませんが」
「お兄様とエドの対戦なら、わたくしはエドを応援するわ。確かにドウル様は騎士家系だし、体も大きいから強いかもしれないわね」
私は迷うことなく、エドを応援すると言った。
だって、お兄様は王太子なのだから適当なところで負けるくらいでないと駄目なのよ。これは、お兄様が弱くあるべきだという意味ではない。お兄様がどんなに強かろうと、未来の騎士達はそれを超える強さを身に着けるように努力すべきだと言っているのだ。
エドはそれを聞くと「なるほど。確かにそうですね」と苦笑する。お兄様には申し訳ないけれど、絶対に優勝させるわけにはいかないのだ。
「では、全力を尽くして頑張ります」
「うん。頑張ってね」
エドが片手を挙げるように差し出したので、私も片手を伸ばしてハイタッチをする。
手のひらが触れ合い、パシンと軽快な音が鳴った。それと同時に、胸にほっこりとしたものが広がるのを感じた。
◇ ◇ ◇
見上げれば、雲一つない真っ青なキャンバスがどこまでも広がっている。
大空を悠然と飛ぶのは鷹だろうか。その力強く凛々しい姿に、今日闘う選手たちの姿が重なった。
剣術大会の決勝リーグが行われるこの日、グレール学園の闘技場はいつになく緊張感が漂っていた。
まだ大人の体になり切る前のこの時期、一年の年齢差はとても大きい。そのため、剣術大会の決勝リーグに残る十六名の選手中十四名が最高学年の八回生、残る二名は七回生、六回生は残念ながらゼロだった。これはこの決勝リーグに残る七回生はそれだけ将来有望であることを示しており、三年連続の出場はドウル様ただ一人らしい。
「見てベル! シャルル殿下があそこにいるわ。ドウル様とエドワール様も!」
観客席の隣に座るオリーフィアがはしゃいだような声を上げる。
オリーフィアが指さした方向を見ると、確かにキラキラと煌めく金色の頭が見えた。あの美しい髪は、間違いなくお兄様だわ。隣にいるひと際背が高く目立つのがドウル様だろう。そして、その横にはエドの漆黒の髪が見えた。
全力を尽くすという宣言通り、お兄様とエドの二人は見事にこの剣術大会で決勝リーグまで勝ち進んだ。二人とも、決勝リーグに進むのはこれが初めてだ。
「今年は誰が優勝かしら。やっぱりドウル様かなあ? シャルル殿下が優勝すれば大盛り上がりだけれど、それはそれで問題よね」
オリーフィアが苦笑いする。
確かにお兄様が優勝すれば、この会場にいる多くのお兄様に憧れる女子生徒は大盛り上がりだろう。けれど、オリーフィアが言うとおり、それはそれで問題だわ。騎士団に守られる立場である王太子のお兄様より未来の騎士達の方が弱いなんて、対外的に示しがつかないもの。
けれど、きっと会場の観客は殆ど全員がお兄様を応援するだろう。とにかく、この試合でお兄様を負かせる外れくじの役目を負う生徒には同情するわ。
始め! という審判の先生の合図で試合が始まる。
まだ学生とはいえ剣術大会の試合は息を呑むもので、素早い剣の動きは私のような普段剣術をやらない者からすると、殆ど太刀筋が見えなかった。
特に、八回生ともなると卒業まであと一年もない。つまり、一年後には本物の騎士として活躍する人々が多く参加し、そのレベルはかなり高いのだ。
この大会は『剣術大会』を謳っているので、魔法の使用は禁止だ。それでもこの迫力なのだから、王宮で行われる剣と魔法の両方を使う魔法騎士の剣術大会はさぞかし圧巻だろう。
「次、エドワール様よ」
一番の注目であるお兄様の第一試合が見事にお兄様の勝利で終わったことで、会場は興奮冷めやらぬ熱気に包まれていた。
そんな中、オリーフィアに耳打ちされて、私は闘技場の中央を見つめる。新たに二人の男子生徒がプレートアーマーに身を包んで入場してきた。まだ兜を被っていないので艶やかな黒髪が見え、髪の毛の色でエドだと判断することができた。それぞれ胸と背に赤と青のマークが入っており、赤がエドだ。
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