十三歳の誕生日 3
「お誕生日おめでとうございます。姫様」
ピンク色の、とても美しい大輪の花束だ。それは何度か庭園で咲いているのを見たことがある、私の好きな花だった。
「姫様はダリアがお好きだと聞いたので」
花束を差し出されたままきょとんとしてそれを眺めていると、エドは少し困ったようにそう言った。
「ええ。この花は好きだわ」
そう言いながら、おずおずと花束を受け取る。
私は確かにこの花が好きだった。庭園を散歩している最中に見かけると立ち止まって眺めていることが多かったので、侍女を通じて彼も知ったのかもしれない。
(この花は『ダリア』というのね……)
手を広げたほどの大きさの花は、圧倒的な存在感を放っている。
「この花は、高貴で上品でしょう? 圧倒的な存在感で、気高く美しい。わたくしはこの花……ダリアが好きだわ」
「そうですね。お美しい姫様によく似合っています」
エドはそう言うと、また優しく微笑んだ。
「あと、これを」
もう一つ、美しく包装された紙袋を差し出される。リボンがかかっており、私への誕生日プレゼントだろう。
「まあ、何かしら?」
私は傍にいた侍女に花束を手渡すと、それを受け取った。包み紙を開けると、中からは小さなポニーの置物が出てきた。
「可愛いわ。ありがとう」
「乗馬道具にしようと思ったのですが、姫様は乗馬をなさらないと聞いたので」
「乗馬はしたことがないわ」
「やってみたいとは思わないですか?」
「うーん。でも、危ないでしょう?」
私が首を傾げると、お兄様が「そうだよ。乗馬なんてしてベルが怪我したら大変だ」と言った。エドは「そうですか」と残念そうに眉尻を下げる。
私はこちらをじっと見つめているエドを、ふと見返した。
「エドワール様は、あと一年もせずにグレール学園を卒業ですわね。その後は何をなさるの?」
「王宮魔術師か……魔法騎士になりたいと思っています。どちらを目指すかで迷っておりまして……」
「エドは魔法も剣も突出しているからな。どちらでも、間違いなくなれるだろう」
横にいたお兄様が補足した。お兄様がこんなに褒めるなんて、きっとどちらも相当の腕前なのだろう。
「王宮魔術師か魔法騎士。凄いのね」
王宮魔術師とは王国お抱えの極めて優秀な魔術師集団だ。ナジール国は魔法が盛んな国だけあり、王宮魔術師となると、世界最高峰の魔法の使い手と言っても過言ではない。
そして、魔法騎士は騎士の中でも魔術に優れた者達からなる騎士団だ。こちらも剣と魔法が共に優れていることは勿論、人々の範となる人格を備えたごく限られた者のみがなることができるエリート集団だった。
「どちらになろうと、姫様のことを、この命を懸けてお守りしますよ」
エドは器用に片眉を上げ、片手を胸に当てて誓いのポーズをとる。
「え? エドが守るのは俺だろう?」
「殿下のこともお守りします」
「
「殿下は大丈夫ですよ。ドウルもいますしね」
「お前な……」
「殿下の剣の腕が騎士にも勝るとお褒めしたのですよ」
「そうか?」
不満げに眉を寄せていたお兄様の表情はパッと明るくなる。明らかに手のひらで転がされているわ。
気安い二人の様子に、思わず噴き出してしまう。普段の二人のやり取りはよく知らないけれど、とても仲がよいことはわかった。
肩を揺らす私を見て、二人は顔を見合わせる。そして、また楽しそうに笑った。
──
────
────────
目覚めると、外はすっかりと明るくなっていた。カーテンの隙間から、明るい光が一筋の線を引いている。
「もう、朝なのね」
とてもよい気分だ。
ぐっと両腕を持ち上げ、伸びをする。そして立ち上がると、カーテンを引き、窓を開けた。朝の爽やかな風が、髪を撫でる。
振り返ると、ベッドサイドには昨日の夜並べた十三歳の誕生日プレゼントがおかれていた。キラキラと輝いているのは、エドがくれたクリスタルのダリアだろう。
──やってみたいとは、思いませんか?
先ほどの夢の、エドが語りかける落ち着いた口調がよみがえる。
「乗馬、やってみようかしら?」
危ないからとかつての人生ではやらなかったけれど、今世では色々なことにチャレンジしてみたい。実は六回生の後期の選択授業には乗馬がある。そこで、せっかくだから選択してみようかな。
私はベッドサイドに戻ると、クリスタルのダリアを両手で持ち上げた。
「偶然だけれど、一緒だわ」
かつての世界のエドが十四歳の誕生日にくれたのは生花のダリア、この世界のエドが十三歳の誕生日にくれたのはクリスタルのダリア。
正確に言えば少しずつ違うのだけど、ちょっとした偶然の重なりに、私は表情を綻ばせた。
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