キャリーナ=ニークヴィスト 1
何もしなくても、ときは無常に過ぎてゆく。
つまり、何が言いたいかというと、私の魔力が解放されようがされまいが、運命の日には着実に近づいてくるということだ。
グレール学園では六回生になり、この世界に転生して既に一年半近く経とうというのに、私は未だにうまく魔力を放出できずにいた。
エドにアドバイスされながら色々と試しているけれど、どうしてもできない。最初はまだまだ時間があると楽観視していた私も、一年半近く努力してどうしようもないことから、前回の人生と同様に最期まで魔術解放できない可能性もあり得ることを覚悟し始めていた。
しかし、何もせずに手をこまねいているわけではない。なぜなら、私は必ず未来を変えなければならないという崇高なる使命を持っているのだ。そのために、できることはしようと思った。
その一つが、周辺諸国の情勢についての知識を蓄えることだ。
この日、私はクラスメイトのクロードから最近の外交について、話を聞いていた。
クロードは、代々我が国の外交の要を担うジュディオン侯爵家の嫡男だ。将来のナジール国の外交を担うという自覚からか、まだ子供にも関わらず、普段から諸外国の情報にアンテナを張り巡らせてよく勉強している。
もちろん、国家機密に関わるような極秘事項はまだ知らないはずだけれど、学校の授業よりは遥かに詳しく、色々なことを教えてくれた。
「南方国家のニーグレン国だけど、最近、サンルータ王国とかの国を隔てる山脈に住む山岳民族が力を付けているらしいよ。高度の魔術を使う者が現れたため、それを盾にして様々な要求を突き付けてきて手を焼いているんだってさ」
「魔術? ニーグレン国に?」
それはいつものように楽にお喋りしながら話を聞いていたときのことだった。クロードが何気なく漏らした思わぬ情報に、私は眉根を寄せた。
ニーグレン国は、ナジール国の南方に位置する国家だ。
国土はナジール国やサンルータ王国に比べると一回り大きいが、国力は拮抗している。なぜ一回り大きいニーグレン国とナジール国の力関係が拮抗しているか。それは、ニーグレン国民は魔法が使えない人が多いからだ。
ナジール国は魔法に長けているが、サンルータ王国とニーグレン国は違う。それは恐らく、生まれつきの、人種の違いによるものだろうと考えられている。
「ニーグレン国に高度の魔術を使いこなす民族なんていたかしら?」
「ここ最近、急に現れたようだから、管理されていなかった突然変異じゃないかな?」
「突然変異……」
あまり魔力を持たなかった一族からある時に強力な魔力を持つ子供が生まれる突然変異は、稀に見られる。
多くの国ではそういった子供が生まれると、小さなうちに国の管理が行き届くところに呼び寄せて、国益にかなう魔術師へと養成する。よくあるのは、貴族の養子になって国立の魔術師養成機関に入れられることだ。
ニーグレン国やサンルータ王国などの魔法が盛んでない国では、強力な魔術を使える人間が敵になると大きな脅威となる。だから、その辺は徹底されているのだ。
しかし、広い国土で全ての国民を監視することは難しく、ごく稀に管理下に置かれないまま大人になる突然変異の魔法使いがいる。そういった魔法使いが国に好意的であればいいのだけれど、クロードの話し方だと今話題になっている魔法使いの一族はそうではなさそうだ。
「どんな状況なの?」
「僕が小耳にした話では、秀でた魔術をもつ子供を武器に、一族の重用を要求しているとかいないとか。聞いても『お前はまだ知らなくていい』って教えてくれないんだ」
クロードは不満げに口を尖らせた。
「ふうん……。その魔法使いはまだ子供なのね? 何歳くらいなのかしら……」
「さあ? わからないよ」
突然変異の強力な魔術師の誕生。
前世でそんな話を聞いたことがあったかしら? 記憶を辿ったけれど、なかったように思う。
でも、それは私が率先して周りから教えられること以外の情報を取りにいかなかったせいで、前世でも話に聞かなかっただけでその子はいたのかもしれない。
「ニーグレン国と言えば……」
苦しい思い出を脳裏に蘇らせて、私は小さく体を震わせた。
キャリーナ=ニークヴィスト。
かつて、サンルータ王国の王宮で私を地べたに這いつくばらせて『いい気味だ』と声高らかに嘲笑ったのは、ニーグレンの第一王女だった。燃えるような赤い髪とエメラルドのような緑の瞳を持った、妖艶な美しい女。けれど、その美しさに相反するように性格はとても冷たく、残虐だった。
またあの女に出会ったら……。
そんな想像をするだけで身が震える。
キャリーナは初めて会った日から、私にあからさまに敵意を露わにした。
もちろん、キャリーナと出会ったのは私がサンルータ王国の国王──ダニエルの怒りを買って自室軟禁を申し付けられた後なので、自身の将来の夫となる人の婚約者であり、後の敗戦国の王女という立場の私が目の上のたんこぶのような存在であることはわかる。
けれど──。
私はもう一度彼女の姿を脳裏に浮かべる。
──彼女の態度はそれだけでは説明がつかないほど憎悪に満ちていた。
なぜ、あそこまで憎まれたのだろうか。牢獄で何度も考えたけれど、とうとうわからなかった。
けれど、とにかく彼女とは今世では会いたくない。そんな気持ちは自然に湧いてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます