キャリーナ=ニークヴィスト 2

「ベル? どうかした?」


 急に黙り込んだ私を見て、クロードが心配そうに顔を覗きこんできた。私はハッとして表情を取り繕う。


「ううん、なんでもないの。──ニーグレンの王女殿下は、どんな方なのかしら?」

「ニーグレンの王女? 噂によると、とても聡明で美しく、優しい王女殿下だそうだよ。会ってみたいよなぁ」


 クロードはまだ見ぬ異国の王女に憧れるように、ほうっと息を吐いて宙を見つめる。


「へえ。クロードは隣国の王女様みたいな女の人がいいんだ?」


 一段低い声が聞こえて横を見れば、同席していたオリーフィアが冷めた目でクロードを見つめている。

 クロードはすぐにしまったという顔をして、弁解を始めた。


「いや、王女様を悪く言うわけにはいかないだろ? 僕はどちらかと言うと、華やかすぎる女の人より朴訥とした子が好きでね。うん。そうなんだよ」


 不機嫌なオリーフィアにクロードが必死に弁解している姿がなんとも可愛らしく見えて、思わず口許が緩んでしまう。

 クロード、『朴訥としている』というのは、好きなレディに贈る言葉としてどうなの? 誉め言葉とは言えないし、どちらかと言うと朴訥としているのはクロードの方だと思うわ。

 だって、オリーフィアは大人しそうに見えるけれど、意外と喋るし、口が立つわよ?


 けれど、怒ったふりをしてもどことなく嬉しそうなオリーフィアにはきちんとクロードの気持ちが伝わっているのかな。本当に、お似合いの二人だわ。


「そうだ。キャリーナ殿下は僕達と歳が一つしか変わらないんだ。年齢が近いから、仲よくなれるかもしれないね。なにせ、聡明で美しく、優しいらしいから」


 その場の空気を変えようと、クロードが急に私に話を振る。その言葉を聞き、急激に心が凍てつくのを感じた。


 聡明? 

 美しい? 

 優しいですって?

 あの女が??


 正直、全く同意できない。


 美しいのは確かだけれど、美しさの陰に毒棘を隠した『毒蛾のような女』というのが私の見解ね。

 憮然とした表情から私の不満を敏感に察知したのか、クロードは益々焦ったように顔を引きつらせた。


「今頑張っているし、ベルも負けないくらい聡明な王女になれるよ!」


 すかさずフォローしたけれど、全然フォローになっていない。

 そもそも私はそんなことを心配しているのではないの。あの女──この国を滅ぼした人物が、『優しく聡明な王女』っていうことになっているのが納得いかないのよ。


 困り顔のクロード様が、ちらりと壁に掛かっている時計を見る。そして、助かったとばかりに表情を明るくした。


「時計を見て! そろそろ時間だよ。殿下を呼びに行こうか」


 振り向いて時計を確認すると、確かにお兄様と約束した時間が近い。


「本当だわ」


 私が広げていたノートをしまうと、クロードはほっと息を吐いたのだった。





 今朝の馬車の中で、お兄様は放課後に剣の練習をするつもりだと言っていた。

 私達は学園内の訓練場に向かうと、お兄様を探した。何人かの生徒が自主練習をしており、全部で十人くらいいる。

 お兄様の髪の毛はとても綺麗な金髪だ。太陽の光を浴びると遠目で見てもひと際美しく輝いており、すぐにその姿を認識した。すぐ近くには、ドウル様とエドもいるのが見えた。


「七回生は来年度行われる次の大会が最後になるだろ? だから、今から気合を入れて剣の練習をしているみたいだよ」


 訓練場を眺めていたクロードが耳元に口を寄せる。


「この前終わったばかりの気がするわよ? まだ一年近くあるのに?」

「毎年のことだよ」


 クロードは見慣れた光景だと苦笑した。


 グレール学園の学生にとっての剣術大会は、特別だ。学園生活のよき思い出という点でも特別だけれど、皆が気合を入れているのには別に理由がある。


 グレール学園はナジール国各地から優秀な子供達が集まってきて一流の教育を受けている。そのため、剣術大会では将来の王国騎士団のスカウトを兼ねて魔法騎士や近衛騎士の幹部達が見学に来ているのだ。

 剣術大会で決勝トーナメントに進出できるのは、六回生から八回生の予選を勝ち抜いたたったの十六人だけ。優勝すれば勿論だが、その決勝トーナメントの十六人に残れただけでも、かなりのアピールになるらしい。


 ちなみに今年度行われた剣術大会で優勝した八回生は、既に王国の騎士団への入隊が決定しており、近衛騎士になることが有力視されているそうだ。

 その他にも、何人かが王国騎士団や魔法騎士団にスカウトされたと聞いている。


「七回生で一番強いのはやっぱりドウル様らしいけど、最近エドワール様も凄いらしいよ」

「そうなの?」

「うん、先輩に聞いた。去年までは平均よりちょっと強いかな、くらいだったのに、いつの間にかクラスでも指折りだって。特にここ最近、ぐんぐん伸びているらしいよ。前回の剣術大会も、あと一試合勝てば決勝トーナメントに出れたらしいから、かなり惜しかったって」

「へえ」


 初めて聞く話に、私は意外に思ってエドを見つめた。

 視線の先にいるエドはこちらに気付いていないようで、剣の打ち合いの練習に集中している。


 前世のエドはとても剣術に長けていたけれど、この世界のエドはそこまで剣が得意ではないということはエド本人やお兄様から聞いて知っている。

 今年の年度始めに行われた剣術大会でも、エドは決勝トーナメントに出ることができなかった。ただ「駄目でした」とだけ言っていたから、そんなに惜しかったなんて知らなかったわ。今になってぐんぐんと伸びているということなのかしら。


「ところで、クロードは練習しないの?」


 私は不思議に思ってクロードにそう聞いた。のんびりと練習風景を眺めているクロードも、剣術大会の参加対象者のはずだ。クロードは右手を軽く振って見せる。


「僕はまだあと二回あるから。そもそも、騎士志望じゃないし」

「ふうん?」

「それに、ベルやフィアの相手もあるしね」

「まあ。わたくしのせい?」


 横で聞いていたオリーフィアが納得いかない様子で頬を膨らませる。クロードは両手のひらを天に向け、肩を竦めて見せた。

 どうやら、クロードは頭脳系専門で運動はあまり好きではないようだ。運動神経は悪くないのに、勿体ないわ。


 前世ではどうだったかしら。

 うーん、クロードは外交官だったので、剣の腕については思い出せない。


 ──カキーン!


 不意に金属と金属がぶつかり合う、ひと際大きな音がした。


「危ない!」

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