他人の魔法珠 2
「それ、エドの魔力の質と似ているでしょう?」
おずおずと、そう尋ねる。
似ているも何も、同じ人が作った魔法珠なのだから魔力の質は完全に同一のはずだ。エドは返事することなくじっと魔法珠を見つめていたけれど、暫くすると魔法珠を持っていない方の手のひらを上にして意識を集中させるような仕草を見せた。すぐに、そこに赤い珠が出現する。
「こちらは姫様が持っていた魔法珠、こちらが俺の魔法珠です」
「ええ」
「俺には同じに見えます」
「……ええ、似ているわね」
それはそうでしょうね。似ているというか、同じだと思うわ。
エドは顎に手を当ててまた黙り込み、二つの魔法珠を眺める。
「驚いたな。こんなに魔力の質が似ていることが、あるなんて」
小さな呟きが聞こえた。
「姫様。これは誰に貰ったのですか?」
不意に顔を上げたエドに見つめられ、私は言葉に詰まった。エドは純粋に興味を持っているようで、燃えるような深紅の瞳がまっすぐにこちらを見つめている。
私は言うべき言葉に迷った。『前世のあなたに貰いました』だなんて、言えるわけがない。
「とても……。とても大切な人に貰ったわ」
どう言うべきかと悩み、出てきたのはそんな言葉だった。前世において、エドは私にとってかけがえのない人だった。決して恋人ではなく、ただの護衛と護衛対象者だ。けれど、サンルータ王国で投獄された私にとって、彼がそばにいてくれたことは何にも代えがたい心の支えだったのだ。
「大切な人……」
エドは僅かに眉を寄せ、考え込むように二つの魔法珠を眺める。私は俄かに居心地の悪さを感じ、両手をお尻の後ろで組んで自分の指を弄(もてあそ)んだ。
「確かにこの魔法珠に込められた魔力は俺のそれにとても似ています。ただ、他人の魔法珠に魔力の質が似た誰かの魔力が込められるというのは聞いたことがありません。なぜなら、魔法珠はそれを作り出した魔法使いの半身のようなものだからです」
「そう……」
ということは、昨日薄くなったこの魔法珠に新たに補充された魔力は、今のエドの物ではないということなのだろうか。でも、前世のエドは死んだはずなのだ。
(もしかして、死んでないの?)
心臓がドクドクと激しく打つのを感じた。
このとき、私は初めてある可能性に行きついた。
あのとき、独房にいた私とエドの間には分厚い石の壁があった。
唯一繋がっていた空間は汚水を流すための十センチ四方の小さな排水溝の穴だけ。だから、私はエドの手から力が抜けたこととエドの返事がなくなったことで、彼が亡くなったのだと判断した。けれど、よくよく考えればきちんと確認したわけではないのだ。
けれど、やっぱりわからない。
私は時間逆行したのではないのだろうか?
そもそもこの世界は、元々いた世界とは全くの別物なの?
そうならば、魔法珠を私に託したエドは無事なのだろうか?
私が力尽きた後、サンルータ王宮では何がおこったのだろうか?
それに、時空も違う別の世界から魔力を送ることなどできるのだろうか?
わからないことだらけで、頭がこんがらがりそうだわ。
「姫様? お加減が悪いのですか?」
黙り込んで頭を抱えていると、エドに声を掛けられた。顔を上げると、心配そうにこちらを見つめているエドと目が合った。
本当に心配してくれているようで、彼の形のよい眉は僅かにひそめられている。
「ううんっ、大丈夫」
「しかし……。今日はもう帰りますか? 殿下をお呼びします」
なおも心配そうにこちらを見つめるエド。
かつての世界のエドも、よくこうやって私を心配してくれたわよね。
「大丈夫よ。ありがとう」
今の私に、かつてのあの世界に戻る術はない。
──どうせ死ぬならば、全く違う道を選べばよかったわ。楽しいときは大声を出して笑って、悲しいときは涙を流して泣くの。町で買い物して、好きなものを大口開けて食べて、恋に落ちて愛する人と結婚するの。
かつて牢獄の中で、私はそう願った。そして、この世界はその願いを叶えてあげると言った彼の贈り物なのだ。時間逆行であろうが、全くの異世界であろうが、それは変わらない。
ならば、私がやるべきことは一つしかないのだ。
エドが差し出した手から魔法珠を一つ、受け取る。元々私が持っていた、あの世界のエドがくれたものを。
「今日も魔法を教えてくれる?」
私は心配をかけないようにすっと顔を上げ、エドに微笑みかける。
この世界では以前のような悲劇を、絶対に起こさせはしない。そして、彼のためにも必ず皆を幸せにしてみせる。
私の強い意思を感じたのか、エドは少し驚いたように目をみはり、すぐに表情を和らげた。
「姫様は頑張り屋さんですね」
「努力に結果が付いてこないわ」
「大丈夫ですよ。誰よりも努力されていることは、俺がよく知っています。きっと報われます」
エドは自分の妹にするように、ポンと私の頭に手を乗せて撫でてくる。その途端、ふっと自分の中の緊張の糸が弛んだ気がした。
──大丈夫ですよ。
かつての仄暗い牢獄の中でもそうだった。エドの言葉には、私を安心させる不思議な力がある。
「ありがとう」
変わらず私を励ましてくれることがとても嬉しい。エドは燃えるような真っ赤な瞳でこちらを見つめると、「どういたしまして」と言って、にこりと微笑んだ。
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