成人祝賀会 2
「そういえば、キャリーナ様。明日、明後日の予定はもう決まっていますか?」
「明日、明後日? どちらか一日は城下を観光するつもりだけれど、もう一日は何も予定はないわ」
「では、明日一日、わたくしが案内いたしますわ。そうね、どこがいいかしら……。馬で一時間くらいのところに、素敵な景勝地があるのだけど、どうかしら?」
「アナベル様が? まあ、嬉しい! 実はわたくし、乗馬は得意なの」
キャリーナは両手を顔の前で合わせると、嬉しそうに笑った。
暫く他愛もない話をしてからキャリーナがダンスに誘われてその場を離れると、ダニエルはテラスに出ないかと誘ってきた。王宮内であれば特に危険もないだろうと、私は一緒に外へと向かう。
さあっと風が吹き、木々の葉が揺れる。ここ最近はだいぶ暖かくなってきたので、風が心地よい。
ダニエルはテラスの手すりに肘を預けると、そこから所々を灯りに照らされた庭園を眺めた。私もダニエルの横に立ち、暗闇にぼんやりと浮かび上がる庭園を見つめた。
「さっきキャリーナ姫が言っていた魔術研究所の件だけど、本当に素晴らしかった。我が国もかなり力を入れているのだが、やはりナジール国は凄いな。だから、我が国から連れてきた魔術師達にレクチャーをお願いしたんだ。今頃、やっているはずだ」
「あら、そうなのですか?」
意外な話に、私は目を丸くした。
ダニエルによると、昨日はダニエルと共にサンルータ王国の魔術師達も一緒に見学して、皆様初めて見るナジール国の魔術研究所のレベルの高さにとても感銘を受けたそうだ。それで、直々に頼み込んで魔術研究所の王宮魔術師に魔術のレクチャーを受けているそうだ。
「講師は誰が?」
「なんという名だったかな? 黒髪に赤い瞳の……」
「ラプラシュリ様ですね。わたくしの魔術の先生ですわ」
特徴を聞いてすぐにエドだとわかった。エドの髪と目の色の組み合わせはとても珍しい。不吉な色の組み合わせだとして忌み嫌われることも多いけれど、エドの神秘的な雰囲気をより強調しているように見えて、私はとても好きだわ。
「ラプラシュリ殿は……」
「はい?」
「……いや、なんでもない」
ダニエルは言い淀むように口元に手を当て、首を振る。そして、ふうっと息を吐いた。
「国をよい方向に導こうと、日々努力しているつもりだ。だが、自分が想定してたこととは違うことが次々と起り、時々、本当にこれでよいのかとわからなくなる」
ダニエルの言葉は、私に言っているようでもあり、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。私は庭園をじっと見つめるダニエルの横顔を見つめた。
「何か、想定していなかったことが起きているのですか?」
「ああ、それはたくさん。こうなるはずだと思っていたことが、全く違っていたりする」
「例えば?」
「そうだな。例えば今さっきだったら、可憐な姫君達が馬に乗るのが得意だなんて、予想外だ。相乗りして花でも見に行こうと誘う絶好の場面だったのに、そのチャンスを与えられなかった」
ダニエルは両手のひらを上に向け、肩を竦める。
可憐な姫君達とは、キャリーナと私のことね。私もキャリーナが乗馬が得意だなんて、ちょっと意外だったわ。
ダニエルはくすくすと笑う私を見つめ、こう続けた。
「他にはこんなこともある。俺は、今回の訪問でナジール国と婚姻による強固な同盟関係の礎(いしずえ)を築くつもりだった。ところが、ナジール国はその至宝の希少性ゆえ、まだ手放せないそうだ」
私は目をぱちくりとさせる。
それはつまり、今回の訪問時にダニエルは私に婚約を申し込もうとしていた。けれど、お父様にまだ機が熟していないとやんわりと断られたということだろうか。確かに、前世ではこの成人祝賀会でダニエルに求婚された。
「それは……」
「それ以外にも色々あるが、最近一番大きかったのはそれかな。二年後に出直そうと思う」
ダニエルは朗らかに笑う。
きっと、私が気を遣わないようにしてくれているのだ。
そうわかったら、不意に笑みが零れた。
かつての世界で私が惹かれたダニエルは、こういう優しさに溢れた男性だった。なぜ急にあんなにも変わってしまったのかはわからないけれど、出会った頃のダニエルはこういう人だった。
「わたくしも、ナジール国をよい方向に導きたいと思っております。一緒ですわね」
「そうか。お互い、その望みが叶うよう努力しよう」
「ええ」
後方で扉が開き、別の誰かがテラスに出てくる気配がした。ダニエルはちらりと後ろを振り返る。
「そろそろ戻ろうか。主役不在では、参加されている方々に申し訳ない」
「そうですわね」
「戻るついでに、もう一曲ダンスを申し込んでも?」
ダニエルは微笑むと私に手を差し出す。
「もちろんです」
私は笑顔でその手を取ると、成人祝賀会の会場へと足を向けた。
華やかな喧噪の中、夜は更けてゆく。
◇ ◇ ◇
舞踏会の翌日、私はキャリーナやダニエル、それに他の来賓の方を数人を誘って、乗馬に出かけた。青空が広がる絶好のお出かけ日和で、目的地の小高い丘からはナジール国が遙か遠くまで見渡せる。
「南はあっちね。ニーグレン国も小さく見えるかしら?」
キャリーナは手で眉の上に傘をつくると、じっとそちらを見つめて目を細める。
「さすがに見えないだろ? 手前にある山なら見える。ほら、あれだ」
「あ、本当ね。あれはバレイ山脈だわ」
バレイ山脈は、ナジール国とサンルータ国、そしてニーグレン国の三国の国境にある山脈だ。ダニエルとキャリーナはすっかりと打ち解けたようで、遠くの景色を眺めながら楽しそうに会話していた。
帰りには皆様からのリクエストで王室御用達の魔法石のお店にお連れした。我が国は魔法の技術が高いだけでなく、魔法石の品質も世界最高峰なのだ。
「ねえ。アナベル様が着けているこれは魔法石なの?」
店内をぶらりと見ていたキャリーナが私の胸元の赤い石を指さす。そこには、かつての世界のエドから貰った魔法珠が輝いていた。
「これは……魔法石とは少し違うのです。これが魔法石ですわ」
私はいつも髪に付けている、エドから貰った赤い魔法石の髪飾りを指さす。
「お守りの加護を与えています。以前、ダニエル様が国の研究所で作成していた防御術と同じようなものですわ」
「ふーん、お守り……」
キャリーナは興味深げに私の髪に飾られた魔法石を見つめた。
「よろしければ、キャリーナ様にも作りましょうか? わたくしからのお土産に差し上げます」
「え? 本当? わあ、嬉しいわ」
キャリーナはぱっと表情を綻ばせ、嬉しそうに笑う。
ニーグレン国はさほど魔術が進んでいない国なので、こういう魔法の加護のあるお守りはとても珍しいのかもしれない。
──どうせだから、エドに作ってもらおうかな……。
私が作ることももちろん可能だけれど、優秀な魔術師であるエドが作った方が遙かに効き目が強い。早速戻ったら頼んでみよう。
「じゃあ、一緒に石を選びましょう」
「ええ、どれにしようかしら」
目を輝かせてショーケースを眺めるキャリーナを見て、私はとてもよいお土産を渡すことができそうだと口元を綻ばせたのだった。
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